第二十二章 栄光の都

第114話 呪いの視界

   第二十二章 栄光の都


 ダルフとリオンは王都ティファレトで一ヶ月程の休息を取り、そこから南西にあるホドへと向かった。心地の良い春の気候に心落ち着かせながら、改めて新調した衣服を揺らし、緑の茂る平原を行く。程なくして現れた大河に沿って、都へと辿り着いた。

 高い外壁に囲われた都の内部へと、共に歩いてきた大河は難無く続いて行くが、二人はそういう訳にも行かず、巨大な市門へと立ち寄る。

 ナイトメアの影響により、市門は閉ざされていた。長い泰平の期間ずっと開け放しにされていた木製の扉は、久方ぶりに閉じられて、歪な形の日焼けを露にしている。

 長槍と盾を持った門番が二人、目を細くして二人の訪問者を見つけた様だ。

 二人は頷き合ってから彼等に近付いて行く。


「あんたらは……?」


 三白眼でダルフを睨めつけ始めた門番に、リオンは溜息をつく。


「ダルフ・ロードシャインだ。ミハイル様からの命でここに来た。天使の子ラル・デフォイット様に謁見願いたい」


 門番は互いに顔を見合わせると、怪訝な顔付きのまま、ダルフの全身を舐めるように観察した。

 リオンはダルフの背後から、何やらうんざりした様子で門番を交互に見やっている。

 

「……あんたが、反逆者の」

「ミハイル様より恩赦を頂いている。……伝令は受けているか?」


 門番は流し目で視線を合わせながら、ふてぶてしく口を開く。


「聞いてるよ……ついてきな」

「あぁ、ありがとう」


 巨大な市門が開くと、門番の一人が二人の前を先立って歩き始めた。残った市門に残った男は、鋭い視線を二人を差し向けながら、大きく鼻を鳴らした。

 石畳の敷かれた都へと立ち入ると、多くの民が二人の様子を窺っていた。ダルフは堂々としていたが、リオンは視界を閉ざすようにしてフードを深く被る。

 先を歩く門番は一度も振り返らず、一言も口を効かず、大河に沿った道筋で宮殿へと向かって行く。往来の民も、険しい面相をして二人をジッと見つめている。悪態をつく若者も多く、血の気が多い都の様だ。

 リオンがダルフの衣服の裾を掴む。


「私達、良く思われていないみたいよ、分かってる?」

「馬鹿にするな、流石に俺でも分かっている。……元反逆者がこの都に来る事が、民達にも知れ渡っているのかもしれない」


 群衆からは発せられる黒く、禍々しい感情に囲まれて、リオンは頭痛に苛まれる。彼女は人の感情に酷く敏感でありながら、否が応でもそれを直視せざるを得ないのだ。

 彼女には眼球が無い。けれど彼女には特有のがあり、魔力探知にて周囲の物や地形、人の判別が出来る。


「醜いわ……醜いものは、嫌い……」

 リオンは一人囁く。


 ただそれだけでなく、彼女の視界には、強制的に人のが映り込むのだ。対象の特性、感情、気質等、全てがそこに現れ、ある程度の感情すらも窺い知れる。

 一見便利な能力にも思えるが、彼女はこの視界の事をと呼んで忌み嫌っていた。

 理由は二つある。一つはその視界により、民、騎士、聖人、天使の子、いかなる人間の心にも、どす黒く、汚らしく、矮小で、低俗な心が深く渦巻いているという事実を見せ付けられるという事。

 そして二つ目は、醜いものを嫌う彼女にとって悪夢でしか無いその視界が、どうあっても閉ざす事が出来ない、という事であった。

 故に彼女は、人を嫌い、避ける様にしてウィレムの森で暮らしていたのだ。


 やがて二人の前に円柱形の茶色の城が姿を表した。まるでワンホールのチョコレートケーキの様でもある。

 手前には大河が横切り、城に渡る為の大橋には、左右断続的に天使の立ち姿の石の彫像が置かれている。よく見るとチョコレートケーキの頂点にも、剣を振りかざした天使が居る様だ。


 うららかな空の下。強風打ち付ける大橋を渡り切ると、道案内をしていた門番が、城の前で警護にあたる3人の騎士に二人の素性を伝えた。

 すると警護の騎士はみるみると怪訝な顔付きとなって、二人をチラリと流し見た。

 門番が二人になんの挨拶も無く踵を返していくと、警護の騎士は二人に待つ様に伝え、一人の騎士が城内へと走って行った。おそらくは天使の子ラル・デフォイットにこの反逆者をどう扱うかを伺いに行ったのであろう。

 ダルフが小声でリオンの耳元に話す。


「なぁリオン。俺はもう反逆者では無い筈だよな?」

「言ったでしょう、この世に二組しかいない反逆者のレッテルは、そう簡単に拭い去れるものじゃないの」


 気まずい空気の中、程なくして一人の騎士が戻って来ると、命令的な口振りを二人向ける。


「ラル様より、城内へ連れて来いとのお達しだ。ついて来い」


 乱暴な言葉遣いに首を竦めながらも、二人は黙って言われる通りにした。


 茶色い外壁にやや貧相な印象があったダルフは、城内へと立ち入ると驚く事になった。所狭しと金縁の絵画や彫刻が点在し、以外にも内部は金色が強く強調され、荘厳の一言に尽きたのだ。

 騎士や祭服の修道士や女中からの数多の注目を受けながらに、二人は騎士に続く。

 

「リオン……?」


 リオンが再びにダルフの背を引っ掴んでいる。いつも通りの無表情であったが、彼女の手が少し震えている。

 ダルフは後ろ手に、彼女の手を強く握り締めながら歩き始めた。


「ダルフ……悪い事は言わないから、やっぱり引き返しましょう。この人達と協力するなんて、絶対に不可能だわ」


 リオンは城内ですれ違っていく人々の、邪悪な感情に取巻かれていた。全ての者から、二人に対する強い敵意や悪意をひしひしと感じるのだ。

 ダルフは首を振る。


「しかし、共闘しなければこの都に未来は無い……ミハイル様にもそう言われたんだ」

「こんなに多くの人々から悪意を向けられているのに、あなたはまだこの人達の身を案じるの?」

「民草の為、悪に堕ちると決めたあの日から、嫌われ者になる覚悟は出来ている」


 リオンは眉を下げながら、素っ気なく返す。


「そ、勝手にすれば」


 二人の前を歩く騎士が、大きな観音開きの鉄扉の前で立ち止まる。


「お喋りはそこまでにしておけ」

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