第113話 ダルフの前衛的ファッションショー 後編


 ブティックに飛び込んだ二人。ダルフは訳が分からず慌てふためいて、リオンは鬼の形相をしている。


「信じられない……あなたは正気なの?」

「なんの話しだ?」

「あなたのおぞましいファッションの話しよ! いい!? チェインメイルは衣服じゃない、防具よ!」

「しかし商人は前衛的ファッションだって……」


 いつに無いリオンの迫力に気圧されるダルフ。そんな騒ぎを聞き付けたか、商人が店の奥から現れた。


「あんらぁ〜、さっきの男前じゃない。どうしたの?」


 爆発したような黄色い毛髪を揺らし、奇抜な格好をした、ガタイのデカイ初老の男が二人の前に現れる。歩く度にクネクネと揺れながら、星型のサングラスを自慢げに押し上げている。


「なになに〜? オンナ連れだったの? ヤダー、タイプだったのにー、ショック〜」


 リオンは裏声で妙な言葉遣いをする商人に詰め寄っていった。奇怪な商人は2メートル程の上背があり、浅黒い肌は筋肉で盛り上がっている。しかしリオンが物怖じする訳も無く、男を見上げて堂々と口を開き始める。


「あなたね、彼にあんな服を売りつけたのは」

「ヤッダ〜なにこの子怖〜い。私ヘイト集めてる? ヤッダ〜」


 リオンは眉間に深く皺を刻みながら腕を組み、恫喝する様に続ける。


「まともな服を持って来て」


 しかし商人は不満そうにして唇に手を当てる。


「え〜、超イケてるのに〜、上着も着ずに出ていったのには驚いたけど、それもまた前衛的かなってインスパイアされたのよ〜?」

「いいから早く!」


 商人はビクリとしてから下唇を突き出すと、「っは〜い」と言って巨体をくねらせながら店の奥へと引っ込んでいった。


「リオン、失礼じゃないかMr.ピーターに」

「Mr.ピーター?」

「そうだ、彼は数年前まで王都の騎士だったそうだ、余り失礼はするな」


 リオンが怪訝な表情を向ける。どうやら我を見失う程に動揺しているのか、表情がよく表れている。


「あなた、まさか名乗って無いでしょうね、人相書は無くても、反逆者として名前は知れ渡っているのよ?」


 先程自分が公衆の目前で思わず彼の名を叫んだ事は棚に置きながら、リオンは詰め寄っていく。


「ぁ……いや」

「ミハイルに許されたからと言って、反逆者の汚名はそう拭えるものじゃないのよ」


 ピーターが店の奥から山のように衣服を抱え込んで来て、ダルフの前に投げ出した。


「は〜いダルフくん」

「あ……」

「……。ダルフ」


 リオンは深く嘆息して肩を深く落とす。


「不用心にも程があるわ! 名を名乗るなんて何考えてるのよ!」

「騎士として名乗られた気がして、つい答えてしまったんだ……」


 ピーターは柔和な表情をして二人の会話に口を挟む。


「あらそんな事〜? 私、ヴェルト隊長には相当な大恩があるの。だから悪いようになんて出来る訳ないでしょ」

「……そうらしいんだ、昔父さんの元で騎士をしていたらしい。それで思わず……」


 頭痛がし始めて、頭を振るリオン。Mr.ピーターはダルフに飛び付いて、撫でる様に肩を触り始めた。


「そ・れ・に・元々男前には優しくするって決めてるの……」


 ダルフの体をすっかりと堪能したMr.ピーターは、ひと呼吸置いてから椅子に腰掛けると、唐突に神妙な気配を漂わせ始めた。


「難民を守る為にイェソドの暴君を倒したんでしょう? 私はね、大きな声では言えないけど、貴方の行いに賛同していたの。騎士とはかく有るべきだと。何よりヴェルト隊長の意思が息子に受け継がれている事が嬉しかった……死亡したって聞いたから、今日は本当に驚いた」


 ピーターが真面目に話す様を眺め、リオンは不承不承とダルフを責め立てるのを辞める事にした様だ。


「もういいわ、さっさとまともな服を選んで」


 ピーターが組んだ足を解いて立ち上がり、衣服の山を探り始める。


「これなんかどう〜? ダルフくんに超似合う前衛的な……」

「あなたは選ばなくていいわピーター」

「やだ〜小娘に舐めた口利かれてるー。私はファッションリーダーなのよ〜?」


 前に出て来ようとするピーターをリオンは後方に押しやる。


「ダルフ、一つ一つ説明していって。私には見えないから」

「あぁ」


 積み上がった山を崩しながら、ダルフは衣類を広げ、リオンに説明していく。


「フリフリの付いた透けた紫色のチュニック……」

「ダサい」

「紙で出来たひだひだの帽子……」

「脆い」

「鉄製のフード付きローブ……」

「重い」

「ビリビリに破れた短いスカート」

「キモい」

「ぬめりけのあるぐしょ濡れ靴」

「吐き気がする」

「石で出来た外套」

「ピーターッ!!!」


 呼び付けられたピーターが不思議そうに顔を出す。選ばれなかった衣服を取ると、顔の前で広げながらクルクルと回る。


「なによー、どれも前衛的で素晴らしいじゃな〜い。センス無いわねぇアンタ」


 再びに苛つき始めたリオンが、大股でピーターに詰寄り始めた――


「薄緑色の絹の上衣」


 引き続き衣類の山を拾い上げていたダルフの言葉に、リオンがピタリと動きを止める。 


「……それは悪くないわ」

「黒の長ズボン……生地もしっかりしている」

「うん」

「濃い茶色のブーツ」

「いいじゃない。なんだ、普通のもあるんじゃない」


 ピーターは鼻の下のヒゲを撫でながら、怪訝な声と共にリオンを見つめる。


「あれが普通……? アンタおかしいわよ」

「あなたが一般的センスからかけ離れてるのよ」

「そうかしら……いや、アンタもしかして超前衛的?」

「なんなのよ前衛的、前衛的って……」


 ダルフは選ばれた衣服を試着室で着用すると、リオンの前に姿を現した。そして嬉しそうにはにかむ。


「サイズもピッタリだ、着心地も良いし、変な音もしない」

「一応確かめるわ」


 リオンは上から順にダルフの衣服に触れて確認していく。確かに生地や素材にも問題は無い様だ。


「いいじゃないダルフ」

「ぁあ、通気性も良いし、これで大丈夫そうだ」


 ピーターは顎に手をやりながら、イマイチ納得のいかない表情で唸る。


「うーん、私にはあんまり分からないわねぇ」


 ダルフは新しい服の着心地を確かめながらピーターの眼前に来ると、手を差し出した。


「ありがとうMr.ピーター」

「困った事があったら私に相談なさい。ダルフくんの為だったら何処まででも行くわ。隊長に借りた恩を返したいの。……貴方もタイプだしね」


 二人はガッチリと握手を交わして微笑みあう。


「あなたは自分のした事に胸を張っても良いと、私は思うわ」


 ピーターは緩く微笑んだまま、ダルフの眼前に拳を突き出した。それはダルフの父、ヴェルトの好んでいた仕草である。


「ヴェルト隊長もきっとこう言ったと思うわ。「良くやった馬鹿息子」って……そうでしょ?」

「……懐かしいな」


 ダルフは照れくさそうにしながら、突き出された拳を突き合わせる。


「行きましょうダルフ」


 入って来た扉の手前で、壁に背をもたげたリオンが催促する。ダルフは溌剌と返答を返すと、リオンの元へと駆け寄っていった。

 木製の扉が開かれると、カランコロンとドアベルが鳴る。西日が射し込んで、二人は逆光に目を覆った。


「いってらっしゃ〜い」


 小さな机に突っ伏しながら頬杖をついたピーターは、逆光に目を細くしながらも、光の中へと繰り出していく二人の後ろ姿を見つめる。


「若いっていいわね……」


 ダルフの背面だけが網目になって、背も尻も丸出しになった奇怪なファッションを物憂げに眺めながら、彼には到底理解出来ないセンスに深い溜め息をついた。



 その後、数分も経たぬうちに二人はまたブティックに飛び込んで来たのだった。

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