第112話 ダルフの前衛的ファッションショー 前半

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「あぁ美味かった」


 一度に4つものケーキを注文したダルフであったが、ペロリとすべて平らげてしまった様だ。向かいの席に座るリオンは既にケーキを食べ終えて、ティーカップを支えている。

 店内は繁盛しているが、二人はフードを外していた。リオンは元より反逆者として認識されていないが、ダルフも死んだ事になっているので人相書が出回ってはいないのだった。


「私、もうお腹いっぱいよ」


 ここにケーキを食べに来る前に、食事は別の店で済ませていた。ダルフが頑なに肉料理を食べようとしないので、リオンもそれに合わせて野菜のスープやパンを食べた。元々リオンは肉料理が好きな訳でも無いので、不満は言わなかった。

 ダルフは木製のテーブルに並んだ皿を積み上げながら、満足そうな表情をして大きく息を吐く。


「俺もだ。何日ぶりかのスイーツに満足した」

「半分こにしなくてよかったわね」


 ダルフはグラスの水を一気に飲み干すと、ヨシと言って立ち上がったので、リオンは眉を上げて彼の言葉を待った。


「服だったよな、ブティックに行こう」


 リオンは微かに嬉しそうな表情をしながら頷いて、ダルフの後に続いていった。



 麓の辺りまで下っていくと、ブティックが立ち並ぶ路地に辿り着いた。リオンはショーケースに並んだ衣服の説明をダルフに促し、何店舗目かになると「さっきの店にするわ」と言って足を止めた。


「一緒に行こうか、服選べないだろ?」

「ううん。イメージを伝えて持って来てもらうから大丈夫。あなたこそ自分の服を見てきたら? ここには女性物しか無いわ」

「そうか、分かったよ。じゃあ買い物を終えたらこの街灯の前に集合だ」


 ダルフが微笑みながら目前の街灯を叩いたので、リオンは頷いてから、ブティックの扉を開けた。


 見繕って貰った衣服を纏い、リオンはブティックを後にする。足元まである亜麻色のローブを脱いで、丈の短いフード付きの長袖を前を開けて着ている。

 満足そうなリオンが大手を振って待ち合わせ場所へと向かっていくと、既にそこに待機していたダルフが手を上げて彼女を呼ぶ。何故だか彼の周囲に少しの人だかりが出来ている。


「似合うじゃないか」

「うん、早かったのね」

「あぁ、ファッションには疎くてな、無難そうなのを選んだんだ」

「そう」

 

 リオンには見えていないが、ダルフは鼠径部まで見えそうなショートパンツと、黒い鎖帷子の様な透け透けの短いシャツを着ていた。周囲の人だかりはダルフの不審なファッションのせいで出来上がっていたのである。


「さぁ、防具も見に行こう」

「ええ」


 周囲の視線に気付かない二人は歩き始める。路地を進んで行く度に、民はざわめき、ダルフに指を差す。


「……何この音? あなたが歩く度にチャラチャラと鳴るんだけれど」

「ん、これか? 良く分からないが流行っているそうだ」

「そうなの、そんなのが?」

「服の事は分からないが、何やら前衛的だと言っていた。上着を羽織った方が良いとも言われたが、これから熱くなるし断ったよ」

「そう」


 チャラチャラと耳障りな音を立ててダルフは肩で風を切る。しかし流石に周囲の反応にリオンの方が気づき始めた様子だ。ダルフは構わずにニコニコと話し続ける。


「それよりリオン。なんで長袖なんだ、それじゃあ汗をかくじゃないか」

「……」

「リオン?」

「……ねぇ。あなた今どんな格好してる?」


 立ち止まってポカンとした表情をし始めたダルフの背後を、「なんだあいつー!!」と叫びながら少年が走り去っていった。

 嫌な気配に勘付いたリオンは、ダルフの衣服に触れて、その形状を確認する。上半身は冷たい鉄の感触に覆い尽くされ、下半身に関しては剥き出しの脚があるのみ。リオンが手を震わせながらその先を確認していくと、脛の辺りまでピンと靴下が引き上げられており、足元には鉛の塊の様な巨大な靴がある。


「どうしたんだよっ」


 周囲の目線に気付いたダルフは、キョロキョロと辺りを見回しながら恥ずかしそうにし始める。しかし彼は民に注目される理由が、往来の真ん中でリオンが自分の全身を撫であげ始めたからだと勘違いしているのだ。


「ぁあ、ダルフ……お願い、嘘だと言って……」


 リオンは彼の体から手を離すと、そっと呟いて足元を見つめたまま、全身を震え上がらせ始めた。


「どうしたんだ、みんなに笑われているじゃないか」


 リオンは黙り込んで、今起こっている事態を冷静に処理し始める。聡明な彼女でも解析に時間を要している。そうしている間にもダルフを囲む人だかりが数を増していく。

 ようやっと事態を飲み込んだリオンが、見たことも無い激怒の表情を上げた。


「――ッッダルフ!!」


 叩き付ける様にそう言い放つと、ダルフの手を引いて一目散にブティックまで駆け出したのだった。

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