第107話 覇者の根城

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 緻密な装飾の施された三層にもなる修道院は、厳格な雰囲気を解き放っている様にも感じられる。

 修道院に侵入するには円柱の二つ並んだ門を抜けて、急勾配の階段を上る必要があった。しかしそこには銀色の甲冑に身を包んだ騎士が二名、十字架の彫刻のある大盾を持って門番をしている。

 物陰に隠れて様子を窺っていたダルフは、今度はリオンの顔をまじまじと眺めながら思案する。


「流石に修道院にはやすやす立ち入れないか……他に侵入口は無いしどうしたものか」

「空から小窓に飛び込んでいったら? 食いっぱぐれてお腹が空いたの。早くしましょう」

「事を荒立てたくないんだ」

「なんだ、その方が面白そうなのに」


 腕を組んだダルフに、リオンは指を立てて一つ案を出す。


「私達はビナ・コクマから遅れて来た難民なのよ」


 一方的にそう告げると、物陰からダルフの手を引いて引っ張り出してしまった。門番がハッとする様に二人の姿を認める。


「リ……リオン何勝手にっ!」

「大丈夫よ。それと、ここからは不用意に名を呼ばないでね」


 二名の騎士が階段に立入ろうとした二人を止める。そうしてジロジロとその姿を眺めてから、今度は心配する様な口調を見せた。


「まさかあんた達」


 リオンは顔色一つ変えずに背の高い騎士に相貌を見せ、淡々としていた。


「このみずぼらしい格好を見れば分かるでしょう? ビナ・コクマから来たの」


 すると騎士達は肩を飛び上がらせてから、二人の労をねぎらい始めたのだった。


「君達も途中ではぐれたりしたのかい? 何人か居るんだ。それは難儀だったなぁ……ほらほら入りなさい、お腹が空いているだろう。君達の仲間も数日前から修道院で保護しているんだ」


 一人の騎士がもう一人に向けて相槌を打つと、私達の前に立って階段を上り始めた。


「さぁ案内しよう」


 一人の門番を残して、二人はあっさりと急勾配の階段を上る事となる。途中騎士が振り返ってダルフの腰に下げたクレイモアを目に付けた。


「大層な剣だねぇ。君は剣をやるのかい?」

「え……あぁ、まぁ」


 リオンが前髪を払いながら二人の会話に口を挟む。


「この人はただの商人だけど、元々騎士の家系なの。家宝だからって使えもしないのに持って来たみたい」

「おお、そうであったか! 確かにその大剣は素人に扱えそうな物では無い。ご先祖はさぞ高名な騎士だったのであろうな」


 見るからに動揺するダルフを、リオンがため息混じりにフォローする。騎士は疑う様子も無く二人の案内を続けた。

 一度警備室を経由してから再びに階段を上り始めると、騎士は唸る様に再び話し始めた。


「それにしても都の陥落が相次いでいる。ナイトメアの存在に他の都の民も恐怖しているだろう」


 ダルフはやや驚きながらその名をオウム返しにする。


「ナイトメア?」

「そうだ。この世の最悪。終夜鴉紋とその一団だ」


 リオンが目頭を寄せてダルフの耳元に囁く。


「あなたのせいじゃないの? 馬鹿げた名前」


 騎士は二人の前を歩きながら続ける。


「その点、君達の決断は正しかった。王都には三千名の騎士と、大天使ミハイル様が居る。奴等とてこの都には手出しが出来まい」


 王都は他の都と比較しても圧倒的に規模が大きい。敷地にしても巨大であるのだが、何よりも各千名にもなる3つの騎士団は計三千名の騎士で構成されているのだ。

 階段を三層まで登り切ってしばらく行くと、二重の円柱の並んだ回廊が現れる。無限に続いていきそうな円柱の向こうには緑の豊かな中庭があり、春風を匂わせた。次に大きなアーチを潜り抜けて、二人は騎士に続いていく。何処もかしこも緻密な作りをしていて厳かである。

 内部に侵入してみると分かるが、ゴシック様式だけで無く、ロマネスク様式、ルネッサンス様式……と様々な時代に増改築を繰り返した痕跡が散見された。不思議な事に、返ってそれが不可思議で神聖的な雰囲気を解き放っている様にも感じられる。

 次に高くアーチ状になった天井の大きなホールに通される。正面の壁には巨大な十字架があり、手前にはズラリと長机と椅子が並び、壁に無数に取り付けられたアーチ状のガラスは、細やかな装飾をして陽光を射し込んでいる。


「ここは食堂だよ、後で食事も届けよう」


 礼拝堂かと思われたホールは食堂であったらしく、奥に隣接した部屋からは食事の匂いが漂って来た。するとリオンがあっけらかんと話し始める。


「今すぐ食べられないの? 私、この人のせいで食いっぱぐれてお腹が空いてるの」

「……おい」


 すると騎士は申し訳なさそうに眉根を寄せながらこう続ける。


「すまないが難民達はいち早く迎賓の間へ通すようにミハイル様から言われているんだ」


 食堂を抜けて再び階段が現れる。折角上ったのに、また下りるつもりらしい。言われるがままに騎士の背後に続いていると、石階段の途中に、ライトアップされるレリーフが一つあった。思わず息を呑んで立ち止まったダルフの背に、リオンがぶつかって鼻を打ち付けていた。


「どうしたの?」


 瞳を奪われるダルフに気が付いて、騎士はニコリとした笑みを見せる。


「俺もここに来た時は同じ様な反応をしたよ。それはミハイル様のレリーフだ」


 それは、ひび割れ、崩れ、年季の入ったレリーフであったが、言い表せぬ程に美しく、神聖な気配に満ち溢れていた。大天使ミカエルがその翼を大きく広げる光景は得も言えぬパワーを内包し、ただ石に彫られた美術品であるという事すらも忘却しそうになる。


「さぁ迎賓の間はこの階下です。膨大な数でしたので別室にも民が溢れ返っています。ですから知人がここに居なくても慌てないで、きっと大丈夫だから」


 階段を下りるとポーチがあり、そこから目的の部屋へと続く扉を潜る。

 大きな石造りの暖炉の奥、広大な空間には、身を寄せる数多の民が座り込んでいた。数人はこちらを窺っているが、ほとんどは二人を気にもせずザワザワと話し合っている。

 先程の食堂と造りは似ていて、高い天井がアーチ状になっている。縦長の窓ガラスが並んで緻密な装飾を輝かせていた。


「まず礼拝堂でお祈りをしましょうか」


 騎士についていくと、隣接した小さな部屋に通された。どうやらそこは礼拝堂となっている様子で、正面の壁に打ち付けられた十字架と、その背後にステンドグラスが一枚ある。

 十字架の手前で膝を付いた二人は、主に祈りを捧げた。反逆者となった身分でこんな事をして良いのかともダルフは思う。

 神は平等だ、という言葉は有名だが、それは人類が都合の良い様に解釈、捏造した話しに過ぎず、聖書のどこを見渡したってそんな文言は一節も出て来ないのだから。

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