第99話 漆黒の炎の大弓 対 自在の神の剣
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鴉紋はセイルを片腕に抱き抱え、その暗黒を噴出して地下牢を舞い上がる。怒りに任せているのか、そのまま残った腕で何層もの天井を打ち破り、遂には宮殿を貫いて空に躍り出た。
「何処だガキ共ッ!」
高い高度から見下ろす都は静謐としている。星屑の散らばった夜空は寒く、セイルの身を震わせた。
「ここだよ終夜鴉紋」
「ッそこか!」
少年の声に振り返りながら、鴉紋はその腕を天に掲げる。すると上腕を白い魔方陣が取り囲む。
「『黒雷』ッッ!」
その黒い稲妻は、激しい音と共に赤土色の宮殿の前の広場に落雷する。
「ひぃぃいいっクラエー!!」
ヨフエは即座にその短剣を壁にして、自らとクラエを守る強靭な盾を造り上げて身を寄せる。黒き雷の威力は凄まじく、盾を形成していた刀身が粉々に飛散してキラキラと舞う。
「怖い怖い、流石の威力だよ、終夜鴉紋」
「無茶苦茶だよ~。民を避難させておいて良かったね」
「こんな事もあろうかとね」
双子の周囲を残し、黒い爆心地の様になった広場の中心で、ヨフエの短剣が元の姿へと形状を戻していく。盾は吹き飛ばしたが、双子にはダメージが無い様子である。
鴉紋はセイルを抱いたまま、その石畳の広場に向けて降下していく。
「セイル!」
「わかってる!」
風に乗って飛来しながら、鴉紋の腕でセイルが炎の大弓の標準を絞る。
「土や石くれだって関係無い。すぐにそこも火の海にしてあげる!」
双子は再びに壁の後ろに隠れるが、セイルの放った黒い炎が飛散し、石畳が燃え盛っていく。オレンジの明かりを灯す外灯が一つ、また一つと崩れ、闇を増やしていく。
そうこうしている間に、鴉紋とセイルは大広間へと降り立った。セイルは冷徹な眼差しを、鴉紋は激情に任せて面相を歪めている。
石畳の上にしゃがみこんで銀の壁に身を隠しながら、双子はヒソヒソと耳元で語り合った。
「ヨフエ。先に始末するのはセイルの方だ」
「いいけど、セイルちゃんは私の作品にするからキレイに……いッッ――――」
その瞬間、鴉紋とセイルに向けて銀の壁を展開している筈であるのに、剥き出しの左手の方角から漆黒の炎が飛んで来たのである。ヨフエは短剣の形状を変えて、そちらにも壁を展開する。
「ふぅ、間に合った~」
額の汗を拭うヨフエ。クラエは標準をしかめながら、矢じりの飛んで来た左手の方角に、縦になった桃色の魔方陣が浮かんでいる事を確認する。
「射角も何もあったもんじゃない。その場を動かずとも、転移魔法を利用して無限の弾道を叶えている」
「ねぇクラエ、それって何処からでも射貫かれる可能性があるって事?」
「うん」
「えー! めんどうくさーい! うん、セイルちゃんをグチャグチャにしよ!」
「作品はもういいのかい?」
「いい!」
「あ、そう」
話しを終えた双子は、黒と灰の虹彩をお互いに向かい合わせてから立ち上がる。そしてヨフエは短剣で造り上げた盾を元の姿に戻すと、その切っ先を、未だ離れた所に立ち尽くすセイルに向けて突き出した。
「ギューーン」
「何か来るっ」
ヨフエの短剣はその形状をレイピアの様に細く、真っ直ぐに変え、そのままセイルの元へと伸びていく。奇怪な攻撃にセイルは思わずその場を離れる。
「ギュギュギューーーン!!」
「わっ」
ヨフエの言葉に合わせて、その刀身はググンと伸びる速度を早くして、セイルを射程に捉えた。そしてヨフエ自身も前へと歩み出てくる。
「グサーー! グサグサグサグサ!!」
「キャッ」
レイピアはヨフエの言葉に合わせ、その切っ先を絶え間無くセイルに繰り出してくる。突き出したかと思えば瞬時に縮み、再びに突き出てくる。
「グサグサグサグサグサグサグサグサーーッ!!」
ヨフエの言葉が速くなるのに合わせ、その刺突は天から降り注ぐ雨あられの様に激しく、そして剣速を上げていく。何とか避けているセイルであったが、その剣速に追い付かれ始めていた。
「テレポートで一旦っ」
「ダメ~! バッキンバッキンバッキン!! キャハハ!」
セイルが桃色の魔方陣を起こそうとすると、ヨフエが口にする擬音を変えた。すると即座にレイピアの様に鋭利だった刀身が、巨大な鉄塊の様な形状となって、振り下ろされてくる。重い鈍器が振り下ろされる度に、石畳が砕けて散っていく。
「こんなのどうすればいいのッ」
「ぶわわ~~~っ!!」
「今度は何っ!?」
矢継ぎ早に変化していく攻撃。今度は鉄塊の様であった刀身が瞬く間に紙のように広がったかと思うと、大口を開いてセイルを巨大な銀の球体に包み込んでしまった。
するとヨフエはニッカリと大きな歯を見せて笑う。
「あとは簡単! せ~のっグッチュン!!」
即座にその球体が縮まって、内部に閉じ込められたセイルを押し潰そうとした。
「ヤバ……ッ」
――――瞬間。その球体を打ち破りながら、無理矢理に捩じ込まれて来る黒い腕があった。破られた球体の刀身が再生していくのも構わず、ベキベキと音を立てながらそれをひっぺがし、セイルを引っ張り上げる。
「ありがとう鴉紋、危なかった!」
救出されたセイルを見つめ、ヨフエは頬を目一杯に膨らませ、風船の様になりながら地団駄を踏み始めた。
「んもーー!! なんでなんでなんでーー!!」
前に出て少し距離の出来たヨフエの背中に、クラエが栗色のふわふわとした髪をそよがせながら、涼しげに語りかける。
「それじゃあ駄目だよヨフエ。終夜鴉紋が近くに居るんだから、意表を突くでもしなくちゃあ」
「じゃあどうすればいいの!」
「僕に良い考えが――――」
双子の会話の最中に、鴉紋が黒い腕を空に掲げていた。
「『黒雷』!!」
「うわーーー!! クラエーー!!」
「うわわ、わわわ!!」
慌てながらもヨフエは短剣を変化させ、空に巨大な銀の傘を形成する。
轟音が落ち、凄まじい爆発音と共に空に開かれた銀の傘は破壊され、砕けた刀身を辺りに散らせる。舌打ちする鴉紋を、腰を抜かして半べそをかいたクラエが糾弾する。
「しゅ、終夜鴉紋っ! こんなに近くに君もセイルも居るっていうのに、危ないじゃないか! 咄嗟にヨフエが短剣を変化させていなかったら、今頃どうなっていたか……っ!」
「あぁ? 生憎俺は頭が悪くてよ……てめぇみたいにお利口ちゃんじゃねぇから……!」
ヨフエが尻餅をついたクラエの元に駆け寄り、寄り添いながら鴉紋を睨んだ。
「ちょっとー! クラエは弱いんだからね、本当に本当にスッゴい弱いんだから!」
「……」
「運動神経なんてからっきしで、泳げないし体力も無いし……信じられないと思うんだけど、スキップだって出来ないんだからね! 信じられる? スキップが出来ないんだよ!? そんな人間だってこの世に居るんだから!」
「あの……ヨフエ」
「戦い向きの能力はなーんにも無いし、弱いクラエを狙うのはずるっ子なんだからね、終夜鴉紋! クラエは本当に超雑魚なんだから!」
首を捻ってゴキリと鳴らしながら鴉紋は、苛烈な視線をヨフエに向ける。
「うるせぇ、てめぇらだってセイルを狙っただろうが」
「ふーんだ! だってテレポートが鬱陶しいんだもん!」
ヨフエが片方の下まぶたを押し下げながら、舌を突き出すと、鴉紋が怒りながら背中の闇を広げ、彼女に向けて踏み出そうとする。
「ごめん、ちょっと作戦会議」
「はぁっ!?」
するとヨフエが指示されたままに短剣を球体に変化させ、自らとクラエの姿をその内部に隠した。石畳の上に一つ、双子をピッタリに包み込むサイズの銀の玉が鎮座する。
「……。舐めやがって、茶番はお仕舞いにしてやる」
「待って鴉紋、罠かも!」
眉をピくつかせながら苛立ちを露にする男を、セイルが止めた。かなり踏み出した末にかろうじて足を止めた鴉紋が振り返る。
「罠だと? あんなもの粉々にして、中身毎すり潰せばいい!」
「駄目! あの球体は自在に変化できるの! 近付いた途端に槍が突き出したきて、串刺しにされるかもしれない!」
「関係あるか、その槍もぶち壊す!」
「っもう! 意固地にならないで、私に良い考えがあるから」
セイルは自らの足元と、その銀の球体の真下に、桃色のサークルを展開する。すると一変して、思惑を察した鴉紋が口角を吊り上げて微笑を始める。
「くっはは……そいつは良い考えだセイル」
「……このまま釜茹でにして焼き殺す。ね、良い考えでしょう?」
彼女もまた微笑みながら、足元の転移の魔方陣に両の掌を着く。
「『
そして転移先である球体の真下に向けて、全てを焼き尽くす漆黒の炎を解き放とうとした。
――――その時。
「――――ぃっ……ぐっ!」
少女のか弱い呻き声。気付いた時には、セイルの展開した足元の魔方陣より、何本もの蔦のようになった銀の刃が湧き出でて、彼女の腹部や腕を滅多刺しにしていた。
「セイル!」
思わぬ所からの反撃に驚嘆した鴉紋が、うねる触手に串刺しにされたセイルの元へと飛び上がる。
「ぐぅッ」
しかし数本の刃がしなり、鞭のようになって鴉紋を薙ぎ払った。セイルはその触手に貫かれたまま、宙に浮いて吐血する。
「おやおや? 転移魔法を多用する君が、その性質を理解しきれていなかった様子だ」
「キャハハ! うね、うね、う~ねっ!」
銀の球体を解除して、双子がその姿を現した。クラエは何時の間にやら手元に極太の銃口の拳銃を手にして、ヨフエは足元に展開されている桃色のサークルに向けて、短剣を突き立てている。
「魔方陣AからBへ物質が転移するのなら、君が転移を実行する瞬間、BからAにだって物質を転移出来ても不思議では無いだろう? 球体では無くドーム型の形状に身を包んでいた僕らの足元には、君の桃色の魔方陣が良く見えていたし」
「私は未だによく分からないけど! キャハ!」
クラエは簡単そうに説明するが、転移魔法とは術者が対象とした物質のみを瞬間的に転移する能力である。それ故に転移先から転移元への逆転移は、シビアなタイミングと独特の魔力介入が必要である。しかし、理屈を覆している神の短剣『ヘレヴヤフキエル』の前では、複雑な魔力介入すらも意味を成さず、優先されるという事をクラエは知っていた。
「テメェェッ!! セイルを離しやがれッ!!」
鴉紋は激憤してその触手を掴み、闇の翼も駆使してそれを激しく砕いていく。しかしセイルに突き立った刃はその身を捩らせ、彼女の体をクラエの前へと投げ出していた。
「大丈夫だよ終夜鴉紋。ヨフエの剣では死なない……いや、
「私達、殺しはしないもん! 殺しは悪い事だもんね!」
邪気も無く、天使のように双子は微笑み会う。そしてクラエがセイルに向けて手元の拳銃の引き金を引いた。極太の銃口より発射されたのは弾丸では無く、紫色に発光する網であった。地に投げ出されながら全身から血を流すセイルに、それは深く絡み付く。
「魔力を封じる鉱石ベルンスポイアで作った網だよ。マニエルの死んだ今、自然界に存在しないこの鉱石は、とても貴重な物なんだ」
今は亡き天使の子が創り上げた鉱石に包まれたセイルは、魔力を練り上げる事も叶わず、また深く絡み付いた細かい網を抜ける事も出来ず、ただ少年を睨み上げる事しか出来ない。
まるで、死んだ筈のあの女の呪縛に、絡み付かれている様だった。
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