第98話 ロチアートの始祖


 凄まじい焔を巻き上げながら、特大の漆黒の矢じりがヨフエとクラエに放たれる。


「危ないクラエ、こっち来て!」


 身を寄せあった双子に迫る灼熱を、再びヨフエの短剣が壁の形状となって遮るが、打ち込まれた黒い炎は、茫漠たるエネルギーを辺りに飛散させる。黒い炎が土壁に、巨大な鉄柵に、天井に、地面に飛んで燃え広がる。

 セイルは自らの攻撃が防がれる事にも構わず、再びに矢じりを形成して、横向きに構えた炎の大弓の弦を引く。


「その剣が燃えないというのなら、それ以外の全てを焼き尽くしてあげる」


 再びに放たれた矢じりが、壁に阻まれて漆黒を飛び散らせる。瞬く間に広大な地下牢が鈍い光に覆われ始める。彼等を包む炎が、所狭しと燃え広がっていく。


「ぅぇえ~どうしようクラエ、苺じゃなかったら良かったのかなー?」

「そういう事じゃないと思う」

「でもでも~、チョコレートケーキだったら良かったのかも」


 うるうると瞳を湿らせるヨフエの背後で、クラエは腕を組み、手元に発光する白い本を現して視線を落とし始めた。


「それより、何処かで聞いた覚えがある、彼女の黒い炎は何なんだろう。本来燃える筈の無い土の地面や、石の天井まで焼き焦がされ、今僕達は無機質な地下にて炎に巻かれ始めている……確か同じ様な能力を何処かで……」

「クラエー、いつまでこうしていればいいの? あっつくなって来たけど!」


 ページに指を這わせていたクラエの手元が、ピタリと止まった。そしてにんまり笑うと、短剣の壁の前にひょっこり顔を出し、セイルに向けて口を開いていた。


「そうか、君はの血をより濃く受け継いでいるんだね。君の行使している能力と同じものが、この僕の本に記されているよ」


 聞いた覚えも無いその名を聞くと、鴉紋の黒き両腕が、宿主の意思を飛び越え、ビクリと飛び上がり、力み、震えながら、みるみると膨張し始めた。


「グザ……ファン? ……ッ」

「ふふ……やはり反応がある。君達にとってこれは実に面白い偶然……いや因果だったのかな、終夜鴉紋?」


 彼の異変に気が付いたセイルが、苛烈な表情を向けてクラエに問い掛ける。ヨフエが展開していた銀の壁を手元の短剣に戻すと、口元を綻ばせた少年の姿が露になった。


「何なのそのグザファンって!」


 すると小馬鹿にする様な、呆れる様な面持ちのクラエが首を傾げる。


「知らないの? 始まりのロチアートの事。君もロチアートだっていうのに」

「始まりの……?」


 鴉紋は今にも暴れだしそうな両腕を何とか鎮めながら、眉間にシワを寄せてクラエの言葉に耳を傾ける。


「始まりのtraitor裏切り者rotiartロチアートの始者がグザファンだ。そうセイル……君はご先祖様と同じ能力を発現しているんだ」

「グザファン? 裏切り者? 何なの、その話しと私達に何の関係があるって言うの?」


 セイルの後方で奥歯を噛み締めながら頬を盛り上げている鴉紋は、遂に低い呻き声を漏らし始め、我を忘れそうな程に赫怒している事が分かる、激し過ぎる瞳を持ち上げる。


「アッハッハ! 関係? ……無いよ。にはね」


 含みのある言い方をしながら、クラエは表情を天に向けて心地良さそうに笑った。その背後では漆黒の炎がごうごうと燃え広がって、壁や天井を覆い始めている。


「クラエー! 暑いよー! げほっげほ……火事だよここ!」

「……続きを聞きたいだろう終夜鴉紋? ここに留まっていてはお互いに、ゆっくり話も出来ないんじゃない?」


 広がっていく闇の炎は、鴉紋達の周囲にも取り巻き、玉のような汗を噴き出させている。


「それに僕は暑いのが嫌いなんだ。どうだい終夜鴉紋?」

「っえー! お外に行くの? お外は寒いよ? 私は寒いのが嫌いだもん! もし行くんならフッカフカの外套を取って来させて!」


 双子の言葉を聞きながら、何も語らぬ鴉紋がセイルの前に出て歩み始める。そしてクラエは続ける。


「屋外に出れば君の『黒雷』も使えるし、良い提案だと思うんだけど」


 鴉紋はただクラエを睨み、見上げながら、悠然と炎の中を歩んでいく。少年の問いにもまるで答えようとしない。


「ねぇって終夜鴉紋。このままでは全員焼け死んでしまうだろう。どうなんだい?」

「……」

「っもう、君が何を考えているのかまるで分からないや……何とか言ったらどうなんだい?」


 歩んで来る鴉紋を待ち受けながら、ヨフエがチョイチョイとクラエの肩を突っつく。


「何ヨフエ? 今忙しいんだけど」

「私多分、終夜鴉紋の考えてる事が分かるみたい」

「えぇ? 考えるも何も、倫理的にこの状況では僕の提案を飲むしか無いだろう?」


 するとヨフエは首を横に振りながら、不気味そうに鴉紋を眺めだした。そしてヒソヒソとクラエの耳元で呟く。


「答えはノー。クラエの話しには乗ってこない」

「……そんな訳無いだろう。この状況では一般的に……」

「ううん、だって終夜鴉紋は――――」


 ピタリと歩みを止めた鴉紋の背に、爆裂的なまでの暗黒のエネルギーが噴出し始めた。そして穴を開けられてしまいそうな位に真っ直ぐで苛烈な黒い視線が、激情のままクラエに向けらる。


「黙れ……ッ!! 俺がここで殺るって決めたらッここで殺るに決まってんだろうガッ!!」


 その暗黒に乗って、疾風迅雷と鴉紋は双子に向けて飛び上がっていた。

 慌てるクラエの隣で、ヨフエは彼の首根っこを持ち、飛び上がりながら続きの言葉を話す。


「――――そんなの関係無い位、めっっっちゃくっっちゃに怒ってるもんッ!!」

「あわわわわ!! そんなの非論理的だぁあッッ!!」


 先程まで双子が立ち尽くしていた地に拳を叩き付けた鴉紋。クラエは地盤が激しくひっくり返り、舞い上がった瓦礫越しに、怒り狂う悪魔の相貌を目撃して、心底肝を冷やした。

 ヨフエはそのままクラエを吊り下げて、天井に空いた風穴へと飛び上がっていく。


「逃げてんじゃあねえエェッッ!! ッ誰が裏切り者だ! その言葉を口にした事! 後悔させてヤルッ!!」


 鴉紋の暗黒の翼が何処までも広がってクラエに差し向けられたが、ヨフエは全力で飛んで速度を上げ、闇の追撃はぶら下がるクラエの鼻先を掠めただけで済んだ。

 動転しながら鼻先をさするクラエ。


「い、いい、い……何時から怒ってるんだい!?」

「グザファンの話しをし始めてから! ぅもー、クラエはシンパシーが足りないよ!」

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