第82話 生物作品


「とはいえ、ゼルさんはもう既に……という事も考えられますよ?」

「大体よー、何であいつらはわざわざ野生のロチアートを捕まえて拐ってくんだよ? 都には農園が幾つもある。食い物には困んねぇだろ」


 シクスが胸元からタバコを取り出して、火をつけながら木に寄り掛かってアーノルドに問い掛けている。


「アーノルド。それに関しては俺も気になっていた。お前たちは何故、そして何時から奴等に追われている。知っている事を教えてくれ」


 アーノルドは前に出て、膝を着いて鴉紋を見上げる。彼の家族達も、弱々しい視線を向き合わせながら、その後ろに座り込んだ。


「ええ、勿論お話しさせて頂きます。我々はビナ・コクマの天使の子……厳密に申し上げますと、ビナに属する天使の子より、の狩りの対象とされているので御座いまして……故に、ゼルもしばしの間は生きていると思われるのです」

「不殺って言った? どうしてなの?」


 私の問いに、一人の青年が肩を震わせながら答えた。


「先程シクスさんが言った様に、食材としてのロチアートは事足りている……俺達が狩りの対象とされているのは、食べる目的じゃないらしいんです」

「食べないなら、どうして狩りの対象なんかになるの?」

「それは――――」


 視線を反らし始めた彼等に代わって、アーノルドが淡々と答える。


、だそうです。生きた私達を使った、芸術の作品を」

「作品……? どういう事なの、ロチアートで、私達を使って芸術作品を作ってるっていうの?」

「我々はそれを見たことがありません、想像もつきませんが、騎士達がそう、口々に話すのです。……そして、とても醜い物だとも」

「芸術……そんな物の為に、どうして」


 生きたロチアート達を使って、命を使って、何て悪趣味な……

 苛立ちを募らせ、小鼻をピクつかせる鴉紋。そして絶句する私にアーノルドは続ける。


「ビナの天使の子は、どういう訳か、代々芸術という物に余念が無いのです。そしてそれは、三年前に新たなる天使の子となった、当代ヨフエ・インプリートも例に漏れなかった」


 ヨフエ……その名はさっきベダが口にしていた。天使の子の命により彼等は脅かされ、移動式テントでの生活を余儀無くされているらしい。


「どうして野生のロチアートじゃなきゃいけねぇんだよ? ロチアートなら農園に腐るほど居るだろうが」

「それは分かりません。ですが、執拗に野生のロチアートに拘るのです」

「けっ、だったら逃げればいいじゃねぇかよ、この土地をよ」


 幾人かのロチアートがシクスに冷ややかな視線を送っているのに私は気が付く。


「何処に逃げるって言うんだよ」

「はぁ?」


 そして悔しそうに、口々に事情を話し始めた。


「先祖から受け継いできた住み慣れた土地。豊潤な作物」

「それに、この辺りは広大な荒野に囲まれているんです。ここを出れば家族は痩せ衰え、着実に一人、二人と死んでいきます」

「それだったら、毎日腹一杯に食えるこの土地に留まる方が得策なんだ。憲兵隊が狩りに来ても、誰も被害に合わない事も多い……それは、ゼルが居たからだけれど。アイツが俺達を一人で守り続けていたから」


 シクスが煙草を捨て、靴で踏みながら唾を吐いた。


「だぁ、もうわかったよ辛気臭ぇな」


 思わず私はシクスに歩み寄った。すると彼は、首の骨を鳴らしながら遠ざかっていき、大木に背を預けてまた煙草に火を点け始める。


「シクス。態度悪いよ」

「うっせぇなぁ」

「事情はわかったわ。……それと、もう一つ聞かせてアーノルド」


 私を見上げ、シワだらけになったアーノルドの額。私の頭にはあの恐ろしい騎士達の狂態と、瞳孔の開いた様なベダの不気味な瞳が浮かんでいる。


「ベダと、仲間の騎士達の事なんだけれど……」

「やはりその事ですか」


 するとアーノルドは申し訳なさそうに瞳を伏せる。その反応に半ば期待を弱めながら私は続けた。


「あの人達、何なの? どう考えてもだった。仲間の事を何とも思ってもいない様に、傷付け、それでいてヘラヘラと笑いながら、子どもみたいな事ばかり話していた……アーノルド、教えて、あの人達は……」

「それがわからないのですセイル様」


 想像通りの返答から、アーノルドは続ける。私がベダ達の話しを始めた辺りから、彼の言う家族達は、何処と無く瞳を震わせている様な気がする。


「第七隊だけじゃなく、ビナに属する第八隊、第九隊もあの様な、ネジの外れた様子で我々の狩りに興じているのです。……ただ分かっている事といえば、彼等は皆、徐々に徐々に、あの様な恐ろしい様子へと変貌していったという事です」


 すると血相を変えたフロンスがアーノルドの前で膝を着いた。


「三年前? どういう訳です、彼等はそれまでは、その様な様子では無かったと?」

「はいシクス様。彼等は先代の天使の子の時までは、毅然として、何と言いますか、騎士然とした厳格な佇まいをしていました」

「どういう事なのアーノルド?」


 まさか、あり得ない。人格が変えられたとでもいうの? そんな事、どんな魔法を持ってしたって出来る筈がない。だってそれは、魔法という概念の理を越えている。フロンスも同じ事を思い至り、血相を変えていたのだろう。

 奇怪な謎を残したまま、アーノルドはそのとおぼしき人物の名を連ねた。


「三年前。ヨフエ・インプリートと、双子の兄クラエ・インプリートが天使の子の座に着いた時より、彼等は狂い始めたのです」

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