第79話 本当の君


 今日初めて出会った青年に、気付くと心のうちを洗いざらい話し込んでいた。これは彼の纏う甘い薫りのせいだったりするのだろうか? 奇妙にも心を開きかけている自分を自覚する。

 彼が女の子にモテる事に理由を付けるとするならば、少なくとも一つの要素としてはこういった部分は上がるのだろう。


 全てを話し終えると、膝に落とした視線をゼルに向ける。彼は横顔に垂れた長い髪を耳にかけると、真剣な面持ちで顎に手をやって背中を丸めている。そしてゆったりと話し始めたのだった。


「本心を覆い隠し、傷付くのを恐れ、同調しようとする君は、まるでの様だ」

「そうかなぁ?」


 人間と表現された事を少し嬉しく思っていた私だったが、ゼルは厳しい目付きをしている。


「喜んでいるのかい? 僕は君を貶したんだ。偽りの人格では、相手の心を揺り動かす事は出来ない。そう言ったんだ」

「偽りの人格……? 違う、私は偽ってなんかない」


 ゼルは溜め息をつきながら背すじを伸ばす。何が言いたいというのだろう。私の肩がわなわなと震えだした。


「鴉紋とかいう人間に好かれる為に、人間を演じているのかい?」


 私が誰に思いを寄せているかは伏せて話したのだが、全てお見通しの様だ。


「違うわ! 演じてなんかいない、これは本当の私、これが私なの!」


 逆上する私を、ゼルは何処か侮蔑でもするかの様な流し目で見ている。そして立ち上がり、髪をかきあげた。


「あの人間の何処がそんなにいいんだい? 項垂れちまって、てんで腑抜けじゃないか……第一どうして人間がロチアートに加担するんだい?」

「それは、鴉紋の大切な人が赤い瞳で、殺されたからよ! だからロチアートを守るために!」

「それだけ? それだけの事でこの世界中の人間達からロチアートを守ってるっていうのかい?」

「あなたに大切な人を殺された鴉紋の痛みが分かる筈がない!」

「君には分かるのかい?」

「……っ」

「僕はね、都の騎士達に母親を目の前で連れ去られた。数えきれないほどの家族も……彼等が今どうしているのかも分からない」

「連れ去ら……」

「君よりかはその気持ちは理解している筈だ……だが、それでも終夜鴉紋の考えは分からない。君はそれが不可思議だと、明らかに不自然な結論を辿っていると思わないのかい?」

「それは……っ」


 鴉紋の内に迸る、異常に思える程の執念。幾度か感じた事のあるその違和感に、次の言葉が出てこず、答えに窮してしまう。そしてゼルは続けた。月明かりの下で踊っているかの様なステップを踏みながら。


「何か裏があるんだ。人間というのは皆すべからく利己的な生物だからね……そうだな、いざとなったら、ここまで引っ張り出してきた君達の事だって、放っぽりだして逃げてしまうに決まっている。利用されているんだ。純朴なロチアートの心を、君の心を」

「違うわ!!」


 私は立ち上がり、叫びながら彼を睨み付けていた。鴉紋の事を馬鹿にする奴は、誰であろうと許せないと思ったから。


「君は自分を見失っている」


 ゼルは私の剣幕に物怖じもせず、飄々と風のように舞いながら語る。


「君はロチアートらしく、ロチアートと恋をするべきだ」

「今は、そんな話しをしているんじゃないでしょう!」

「とても深くに押し留めて、自分でも何処にやったか分からなくなっているんだ」


 彼は踊るのを辞めたかと思うと、私の目前で立ち尽くし、長い指を差し向けて私の顎を持ち上げた。目前の彼の妖しげな視線が、強制的に私の視線と交わる。長い髪が私の額にかかって風にそよぎ、むず痒かった。


「なにするの……!」


 そのまま甘い吐息と共に、彼は余裕そうに口を開いた。


「俺ならきっと、忘れてしまったを呼び覚ます事が出来る」

「やめて、離して!」


 ゼルの垂れた大きな瞳が一度弓の様になった。そして指先で捕らえた私の顔に、ゆっくりと近付いてきた。

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