第67話 正義の対立

「ウワァアアアア!!」


 リットーが涙を、嗚咽を漏らしながら咆哮し、民に向けて駆け出した。騎士達も青ざめた顔で兜の面頬を下ろし、その後に続く。ルイリの次の標的とならぬ様に、言われたまま、殺戮を決心する。それはまさに狂気の渦だった。

 ダルフが大手を広げて先頭を走るリットーの前に出た。


「やめろリットーさん! こんな事は間違っている!」

「退いてくれダルフくん!!」

「あんたは民達に食糧をやった! 逃げろと言ってくれた! それはあなたが、民を、人を殺したくはないからだろう!」

「退け!!」駆けるリットーがランスを構える。

「あなたの心にはある筈だ! 真の正義の心が! こんな事を間違っていると思う心がっ!」

「ァアアアアッッ!!」


 リットーのランスがダルフの左腕を貫いた。怯んだダルフを追い越して、その背後の民に向けて駆けていき、後に続く騎士もダルフも捨て置いていく。

 迫り来る脅威に、民は散り散りに逃げ惑う。


「くっ……何故だ……くそ!」


 土を殴り込んだダルフは、ここまでの辛く険しかった旅路を思い返す。

 ――――何故だ、どうしてこんな事に、彼等はただ生きたいと、そう願って現世にしがみついていただけだ。助けを求めて、死に物狂いで魔物の跋扈する荒野をひた歩いて来たんだ。なのに……俺は一体何の為に民をここまで……。


 ダルフがクレイモアの柄を握り込んだのを、ルイリは眉をつり上げて見下ろしていた。


「邪魔をするなよダルフ。これはセフトの意志だ。正義の意志だ」

「何が正義だっ!」


 ルイリが指先を天に掲げ結集する。


「咲け」

「ぎゃあああ!!」


 一人の民の体内を白き百合が食い破る。


「やめろ! 民に手を出すな!!」

「『繚乱』――――囲い」


 ルイリがそう言って指先を広げると、民達を囲う様にして巨大な白百合が地面に咲いた。


「何なんだよこの花はっ!」


 バギットが大槌で打ち込んでも白百合はビクともしない。高さ二メートルにもなる白百合の囲いに、民は逃げ場を失った。ダルフもその範疇に囲まれている。

 バギットとグレオが武器を手に取って民の前に出て、迫り来る騎士とつばぜり合う。

 ルイリの能力を見抜いたグレオが民に伝える。


「これは体内に花を咲かせる能力じゃない! 空間に花を咲かせる能力だ! だからみんな、動くのを止めるな! 立ち止まれば体内から花に押し潰される!」


「何が正義かだと……?」


 クレイモアを握り込んで、激情を向けるダルフにルイリは告げた。


「どうやら隊長より、てめぇの部下のが利口だった様だな」

「なに?」

「数千の民がここを訪れた時。私が民を殺すと、てめぇの騎士達は同じ様に憤慨した」


 ダルフの脳裏に仲間達の姿が去来する。


「当然だ! 貴様の正義は間違っている! 俺の仲間達は真の正義をその胸に宿していた!」

「……だがすぐに死を受け入れて項垂れたぞ。それがの決断ならばと」

「馬鹿な! 彼等がそんな事で民を見殺しになど、する筈がない!」

「ちっ、わかってねぇな……私はに仕えし9人の天使の子の一人、ルイリ・ルーベスタだぞ?」

「セフト……」

「セフトと世界は同義語だ。私がこの雪を黒だと言ったら黒だ。世界の平和は我等が決める。悪か正義も我等が決める。取捨選択も我等がする。民の生殺与奪も我等にある。そうして今日の安寧を作り上げたのが、我々セフトだ」


 この世界唯一の統治機構であるセフト。彼等こそがこの世界の平和を保つ唯一の存在であり、法律である。故にセフトが瓦解すれば、世は無法地帯と化し、人の時代は終わる。端的に言えば、この世界はセフトの元で成り立っているといって等しい。


「私に楯突く事は、その世界に反旗を翻すと同じ。てめぇが今しようとしている事はそういう事だ。てめぇの部下達はいち早くそれを察し、跪いて首を差し出したが、てめぇはどうだ? まだ自分の愚かさに気付いてもいねぇじゃねぇか……グズが」

「そ……んな……っ!」

「さぁ武器をおろせ。そのこうべを垂らして首をつき出せ。百合の花の様に」

「……っ」

「てめぇが正義で居たいのならば、世界の意志の為、ここで死ね。セフトの騎士よ」


 背後で民が一人、また一人と正気ではない瞳をした騎士に殺されていく。その叫びが聞こえる。


「旦那!」「ダルフさん!」


 グレオとバギットが彼の名を呼ぶ。ぎこちない素人の戦い方ながら、傷付きつつ、何とか奮闘して民を守っている。その瞳は必死そのものである。


「彼等を守ると……誓ったんだ!!」

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