第50話 醜い土人形


「これは余りにも数が……100いや、200は……」


 マニエルのハープの音に合わせて大広間の土が蠢き、それぞれが土人形の兵となっていく。その余りの数にフロンスは矢じりで腹を貫かれたサハトを手近に来させた。


「きゃあッ……ッ!」

「まだ増えるのですかッ!」


 鴉紋達の足元からもそれは沸き出して、背中を合わせた三人を分断していく。サハトが頭を砕くが、とてもその増殖は止められない。


「セイル……フロンス」


 フロンスとセイルが土人形に押し流されながら鴉紋に手を伸ばすが、その激流は止まらない。

 鴉紋がふらふらと立ち上がって辺りを見回すと、土色の軍隊が途方もなく列を作っている光景しか見えなくなっていた。


「ふふ、楽には死なせない」


 セイルが『黒炎』で、フロンスが『狂魂』で作ったサハトを使用して土人形達に応戦していく。しかし無限に沸き出す彼等の手数に圧倒され、徐々に攻撃を受け始めるしか無かった。怒涛に迫る土人形に対応を余儀無くされ、マニエルに攻撃を加える事も出来ない上に、セイルは膨大な魔力を消費する『煉獄』をもう放つ事が叶わない。



「いた……っ!」

「ぐっ!」


 土人形がセイルとフロンスに激しく襲い掛かる。しかし鴉紋を取り囲んだ人形達は、もったいぶる様にして、ゆらゆらと揺れるだけで攻撃を行わない。


「いたぶって殺してあげる……お嬢さんとおじさんも……そして鴉紋。貴方は飛びっ切りに、極上に……ッ」


 一体の土人形が鴉紋の足元から現れて、腹を殴って捻り上げる。


「マニ……エル!」


 歯を食い縛った鴉紋が顔を上げる。その様をマニエルは嬉々として眺めながら、頬に手を当ててうっとりとした。


「どうするのあも~ん。仲間がいたぶられてるわよ……ほら、貴方が弱いばっかりに、一方的に……」


 セイルの腹を土人形が蹴り上げ、防御魔法を打ち破った土の剣が、フロンスを切り裂いていく。


「うぁ……っ」

「い……!」


 セイルは呼吸がままならず四つん這いの姿で嘔吐をし、フロンスは切り裂かれた腹を前屈みになって抑え込んでいた。


「やめろッ! 殺すぞマニエル!!」

「だからどうやって~? 全部全部ぜ~んぶ。貴方が弱いのが悪いんでしょ。何の勝ち目も無く啖呵を切るんだもの……こんな事になるのは目に見えていたのに……くっく可哀想なお仲間さん。ほらやっちゃえ!」


 マニエルの指示に従ってセイルとフロンスが更に横腹を蹴られ、切り裂かれる。二人の悲痛の声が大広間に響き始めた。


「マニエルッッ!!」

「貴方のせいでいたぶられてる仲間の事、どう思うの? 可哀想だよねぇ? でもこうなったのは貴方のせい。勝ち目も無く私に挑んだ貴方のね」


 声を張り上げる事しか出来なかった鴉紋が烈火の如く猛り狂って、目前の土人形を殴り、後方の兵も巻き込んで吹き飛ばした。

 そしてよれよれとセイルの元へ向かおうとするが、他の土人形達に殴り、蹴られて押し戻される。


「ぐぅ……んぬぅぅぅう!!!」


 まともに応戦する事も出来ない鴉紋は、怒ったままに血を吹いた。


「謝って」


 マニエルが恍惚として鴉紋に告げる。


「僕が悪かったでちゅ、全て全て間違っていました。だから許ちて下さいマニエル様。仲間達を一思いに殺してくだちゃい…………そう言ってごらんなさい……そしたら、考えてあげる。ふふ! 考えるだけかもしれないけれど~!」


 フロンスとセイルの一際大きな叫喚が起こる。

 

「「ああああっっ!!」」


 サハトはいつしか葬られ、術者のフロンスがうつ伏せに押さえ付けられている。そして彼の肘を踏みつけたままの土人形が、猛烈な力で左腕を関節の反対向きへと持ち上げている。ビキビキとフロンスの左腕が音を立て始めた。


「ぅッッ!! ぐっ!!!」


 セイル仰向けにされ、身動きのとれぬ様に拘束されたまま、右足のふくらはぎを何度も何度も踏みつけられていた。皮膚は破れ、肉が捲れて見えている。そこを何度も踏みつけて、足の形状を変えていっている。



 ――――ゴギャ

 ――――ベギ


 と鈍い音と共に、二人が痛烈な叫びを上げた。


「ガアアアアアッ!!」

「ぎぐぅうううッッ!!」


 残虐な光景を目を剥いて覗いていたマニエルが、そのまま鴉紋に向き直った。


「ッハ!! ほうら、早く謝って。鴉紋」

「貴様ッッ!!」

「もう一本いっとく?」

「…………………………る…………な……ッ!」


 屈辱を刻んだ表情で鴉紋が何か苛烈に訴え始めた。


「ん~? ハッキリと! キビキビと! 先ずはごめんなちゃい。でなければ奴等をもっと痛め付けるわよ?」

「でき……ッッ………………んな…………」

「…え…?」


 拳を握り締めた鴉紋が、上体を反らす程にマニエルに向けて絶叫する。


「ぁぁあああッッ!! ンッッ出来るかッんな事ガッ!!」


 その答えを聞いたマニエルは、途端に表情を消しながら頭をご機嫌に左右に揺らすのも止めた。

 一気にしらけた様な侮蔑の眼差しをして、怒り心頭の男のような口調で蔑み始める。


「はぁ? …………この……糞業突く張りが。……てめぇはつくづく頭が悪いんだなぁ」

「……っ」

「子どもだ。やはり貴様は子ども、ガキ。どうにもならない事がある事もわからずに、ただ地団駄を踏む糞ガキ。周りも見えずに自らの欲求の為だけに怒り散らす……くっそ! ガ! キ! ただの馬鹿かてめぇはよぉー!! 低能が! あああんっ!? てめぇのその態度が、その何者も省みない不遜な態度が、あいつらに更なる痛みと恐怖を与える事位わかんねぇのかなぁーー!!」


「あ……もん……」

「あもん……さ」


 微かな声が聞こえてきて、マニエルは敵といえども同情を隠せない様な面持ちで呆れる。


「頭が悪過ぎて話しにもならない。はぁ、こんな愚かな奴について来た貴方達には同情します……流石に、この私でも笑えない……」


 しかし次に聞こえてきたか細い二つの声は、彼を非難するのだと思ったマニエルの予想を裏切り、彼女を再びに激昂させる内容であった。


 虚ろな瞳のフロンスが話し始めた。


「マニエルさん……貴女の方こそ何もわかっていない」

「……?」

「我々の自我を呼び起こし、同じ人間なんだと思い出させてくれたのは、鴉紋さんです」

「ぁ?」

「それまでの私は……私達は、ただ喰われる事を待っているだけで、生きているとはいえず、人ですらも無かった……だから、我々にとって鴉紋さんはなのです。憎むなどとんでも無い。ロチアートの希望の全てなんです!」

「……やめなさい」


 次に話し出したのは顔のひきつったセイルだ。


「私達は本当は死ぬ筈だった。みんな。貴方達に喰われて……」

「……やめろっ」

「私達の、ロチアートの、ネルの様な子ども達の命運は全部……鴉紋に掛かってる……だから……だから、その……!」

「てめぇら……っ!」


 セイルの言わんとした事がわかったマニエルは、眉間にシワを寄せて額に筋を立てて激怒した。


「その天使を……ぶっ飛ばして、鴉紋!!」


 瞬間セイルとフロンスは癇癪を起こして怒るマニエルの土人形によりそこから蹴り飛ばされた。更に突風に吹き飛ばされて地面に打ち付けられる。


「――――っぐぁ!」

「――――づっっ!」


「だったらそこで見ていろ家畜共! 貴様らの希望とやらが力無く倒れ、落涙してひれ伏す様をッ!」


 マニエルは二人の過信する希望が儚く破れ去る様を見せつける為に、あえて二人を殺さずに、瀕死の姿にして隅に追いやった。


「策もなく、ただ好き勝手に吠えるだけの死に体に、ここから何が出来る……。見ていろ、貴様らの希望が哀れに砕け散る所を見せてやる」


 小鼻をピくつかせながらマニエルは、真っ赤になった顔を鴉紋に向けてこう言い放った。


「『再開の木偶』」


 マニエルの能力によって鴉紋の正面に立つ土人形の顔面が蠢いて変形していく。それを見た鴉紋は酷く動揺して後退りながら、滝のような冷や汗を垂らし始める。


「やめろ……マニエル…………やめろ」


 やがてその土人形の顔面が、鴉紋のの形を作り出した。肌の色も、髪の質感も、赤い瞳も、雰囲気も、ヘアピンも、吐息も、声音も、仕草も同じにした本物その物の精巧な人形が口許を滑らかに動かして、言った。


「好きだよ、鴉紋」


 かつて自らの能力『愛の探求』により最愛の人物とその顛末を読み取ったマニエルが、意地の悪いニヒルな笑みで鴉紋の表情を窺った。


 マニエルの思った通りに、彼は絶叫した。激しくなった秋雨の中で、彼女に向ける激し過ぎる悔恨の念と、悲しみを暴発させて。


「ギャャアアアアアァァァァアッッッ!!!!!」


 ――――五百森 梨理いおもり りり。かつて愛を誓いあった最愛の女が、この世界全てを破壊すると誓った理由の女が、実物そのものの顔を、石や土くれで雑多に出来上がった醜い胴体の上に乗せて、彼を見つめていた。

 醜悪たる姿で。

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