第46話 悪は貴様だ


「なっ……一対一の決闘では無かったのですかっ!?」

「鴉紋! 鴉紋が!」


 突然の加勢にセイルとフロンスが侮蔑の目を騎士達に向ける。

 すると騎士達は悔しそうな面持ちで拳を握り込みながら、震える声を返した。


「我々は誇り高き騎士だ。この様な行為に反吐が出る程嫌悪するだけのプライドもある。だがしかし! 例え汚名を着て永劫罵られようと、貴様ら悪はここで断罪しなければならないのだ! それが民達の安寧となるならば、我等は喜んで卑怯者の名を頂戴する!」



 鴉紋に覆い被さる盾がバキバキと音を立てて突き破られていく。そのまま幾人かの騎士達も引き裂いて。


「お前達っ! どうしてっ!」


 瞳を見開いて悲痛の声をあげるダルフ。しかし覆い被さった騎士達はその身を呈して鴉紋を押さえ付ける事を辞めようとしない。


「隊長、あんたが死んだら全部終わりなんだ!」

「な……」

「あんたは俺達の、この世界の希望だ! この男を殺せるのは多分! 俺達の認めたあんただけだしなぁっ!」

「だから……って……」

「負けんなよダルフッ!」


 ダルフに向かって最後の微笑みを見せながら、騎士達がその醜悪な腕に掴まれ潰されていく。その様を立ち尽くして眺めるダルフ。


「皆殺しだ! 貴様ら全員肉塊にしてやるっ!!」


 鴉紋の腕が正面の盾と騎士を吹っ飛ばした。そこから憤激した鴉紋の瞳が覗いて、ダルフを射抜く。


「続けダルフ!」


 途端にその隙間に向けてガリオンが走り出した。その存在を認めた鴉紋は吠えながら拳を突き出すが、ガリオンによって勢い良く振り下ろされた戦槌がその肘を捉えて地に叩き付ける。


「がぁああっ!!」


 残った腕で自身に覆い被さる盾を貫き、剥ぎ取っていく鴉紋。


「ダルフっ!」ガリオンに続けて覆い被さる騎士達もダルフに振り返った。


「いけダルフっ!」

「貫けッ! その正義の剣を!」


 四つん這いになって呻き、身動きの取れぬ鴉紋が盾の隙間から見えている。


「みんな……っ!」


 立ち上がってクレイモアを構えたダルフに、ガリオンが豪快な笑顔を向ける。


「終わらせてしまえこの混沌を! ダルフッ! お前の剣で!!」


「離れろ貴様らぁあ!!」


 吠える鴉紋。

 ダルフの全身に電撃が駆け巡る。そして弾かれたように駆け抜けて、盾の隙間から覗く、情けない姿で四つん這いになった悪魔に向けて両腕で振り上げたクレイモアを、全力で持って振り下ろした。


「――――ガアアッッ!!!」


 一気に散開した盾の群れが立ち退いて、そこに残った鴉紋の背にクレイモアが炸裂していた。凄まじい渾身の一撃。骨を砕いた音と共に、鈍重な鉄塊が辺りの土も草木も吹き飛ばし、鴉紋の下の地面に幾重ものひび割れを作る。

 鴉紋はその一撃に白目を一気に充血させて真っ赤にすると、口と打たれた背から血を噴き上げた。


「やったのか?」


 ピクリとも動かない鴉紋を見下ろして、ダルフは呟いた。


「お……ぉお!」

「うおおおおおお!」

「やった!! ダルフがやったぞぉおお!!」


 騎士達が勝鬨をあげる。随分興奮した様子で手に握った盾を振り上げた。

 大の男が抱き締めあい、涙を流して騒ぎ始める。


「ダルフッ!」


 鴉紋の肘に戦槌を振り下ろしていたガリオンがそれを肩に担ぎ上げ、溌剌とした笑みをダルフの正面に向けた。

 そして抱き締めた。子どもにする様にダルフの事を力強く。


「痛い! 痛いってガリオン! っはは! 

ハハハハ――――――――――」






 ガリオンに抱き上げられて子どもの様に無邪気な笑顔をしていたダルフの表情が、途端に筋肉が抜け落ちでもしたかの様に――――ストンと冷めた。







「ガァハハハハやったなダルフ! これでお前の両親も報われた! 正義が悪を討ったのだっ!」


 ダルフの視界は、ガリオンに抱き上げられる直前まで地に伏せた鴉紋を捉えていた。そして刹那に抱き上げられて再びそこを見下ろした時に、その衝撃に辺りがスローモーションとなる。

 顔の前でそよぐガリオンの兜の上のクレストの隙間から、コンマ数秒前まで血を吹いて倒れていた男が、静かに立ち尽くしているのが見えた。誰もがそれに気付いていない様に、拳を振り上げて喜ぶ騎士達に紛れて。黒い両腕をだらりと下げて、呆然と。


 朝の日差しは何時しか途切れ、重い雲が流れてきていた。


 ダルフの目前にあった兄弟子の兜が、大きな黒い掌に背後から掴まれて、そのまま引き抜かれた。


「…………ぁ」


 ダルフを抱いていた腕は途端に力が抜け落ちて、脊髄毎引き抜かれた首の断面から噴水の様に血を散らす。


「……だまれ…………ゴミめら」


 その男は掌に抱えたガリオンの頭部を握り潰して破裂させた。肉片や脳症が飛び散りグヂュリといった音だけが残る。


「ぁ……ぁぁあ! ガリオ…………」

「何が正義、何が悪だ。どうして梨理は殺されてスープにされなくちゃならなかった。どうしてネルは死ななければならなかった」

「ガ…………リオン」

「貴様らが赤い瞳の人間にロチアートと、家畜の烙印を押して虐げたからだ! 貴様達のせいだ!」


 鴉紋はその肉塊の付着した掌をそのまま握り締めて、動揺するダルフの胸に拳を打ち抜いた。


 ――――コヒュ、と息を吐いてダルフは眼窩から血を流して吹き飛んだ。そして仰向けになって、意識も朦朧と貫かれた右の胸に手を当てる。肺が潰されて呼吸もままならず、ダルフの意識は闇に引きずり込まれていきそうになる。


「え、え?」

「……ダルフ?」


 一瞬にして変わってしまった状況に、騎士達は思考が追い付かずに慌てふためいていた。


 鴉紋は一度よろめいて血を吐いたが、そのまま両の拳を握り込んで天に吠えた。暴虐の風巻が辺りに吹き荒れて、捻れ上がっていくのを、辺りの騎士達は追い付かぬ思考のままに、肌に感じていた。


「ウォォオオアアアアアアッッ!!!!!!」


 咆哮に合わせて傷口から血を噴き出しながらも、鴉紋は周辺の騎士達を殴り、引き裂きながら走り始めた。


 ――――やめろ……やめろ鴉紋。


 仰向けで、雨を予感させる灰色の乱層雲を見上げながらに、ダルフは叫んだ。しかし破られた肺は言葉を紡いでいなかった。


 ――――友を、俺の仲間を傷付けるな。


 呼吸も出来ない。撃ち抜かれた右の胸からの夥しい出血が止まらない。


 意識が強奪されていく。消えていく。


 落ちた瞼の向こうに、鴉紋に殺された両親の微笑む姿が浮かんだ。

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