第45話 正義の騎士


 巨大なクレイモアを片手に、鬼の相貌で悠然と歩み始めたダルフ。


「みんなは手を出さないでくれ、奴を殺せるのは俺だけだ」


 集団を抜けて歩み始めた隊長に向けて、大柄のプレートメイルに身を包んで戦槌を持った男が、ダルフに声を掛ける。


「おいダルフ。本当にやるのか」

「あぁ、死人を出したくない。ガリオンは手筈通り、奴の仲間を牽制する為に隊を率いてくれ」


 ガリオンと呼ばれた大柄の男が、兜に取り付けたクレストという長い毛髪の装飾を縦に揺らす。


「死ぬなよダルフ」


 かつての兄弟子として、ガリオンはダルフの背にそう残した。ダルフは少し平静を取り戻したか、緩く口許を微笑ませる。


「……あぁ、ガリオンも。そしてみんなもだ」


 ダルフ・ロードシャインという男は余程人望があるらしく、それに答えるかの様に、彼を取り巻いた騎士達は武器を振り上げながら、懸命な面持ちで各々にダルフを鼓吹した。


「負けんなよ隊長!」

「お前ならきっと大丈夫だ、ダルフ!」

「友よ、民達の命運はお前の剣にかかっている。そしてその剣を振れるのは、やはりお前だけだろう」


 

 鴉紋も同じ様にセイルとフロンスを置いて大胆に歩みを始めた。


「お前達も手を出すな」

「でも鴉紋っ」

「……鴉紋さん」


 鴉紋にはダルフの行動の意図が読み取れていた。故に一対一の決闘を挑まれたという事実を受け止めてその誘いに乗ったのだ。


 鴉紋の虚空の様な漆黒の瞳と、ダルフの小麦色の瞳が交錯した。互いに歩み、その距離を縮めていく。

 大聖堂の前の大広間で、雌雄を決する二人を囲んで見守る騎士とセイル達。


「鴉紋っ負けないで!」

「鴉紋さん、いざとなれば私達が!」


「ダルフ! 我等騎士の誇りよ!」

「悪を討て、民達の為に!」


 二人の距離が五メートル程になった。辺りの声援はいつしか止んで、固唾を飲んで全ての者は黙りこくった。


「舞い戻ったぞ鴉紋。貴様を殺す為だけに……死の淵から這いずって」

「死に損ないが……すぐに貴様も、貴様の仲間も皆殺しにしてやる」


 二人の語気が意外にも物静かであると全ての者が思った。


 ――――その刹那。


 ダルフは両足に電気を纏って加速し、鴉紋は両手を地に叩き付けて飛来した。

 ダルフの両腕で振り上げたクレイモアと、鴉紋の黒き豪腕がつばぜり合って、鉄が激しくぶつかり合う音と、火花を散らす。


「ッ鴉紋!!」

「ダルフッッ!!」


 そのとてつもない衝撃が辺りにも届くかの様に、全ての者は一歩後退っていた。

 額をつき合わせて激情に歪んだ二人。歯を剥き出して瞳を滾らせながら、鴉紋はダルフの振り下ろしたクレイモアの刀身を掌握して、砕く為に力を込める。


「なっ!」


 声を上げたのは鴉紋である。握り込んだ重厚なクレイモアに、ヒビ一つも入らなかったからだ。


「ッハァ!!」


 鴉紋の腕が、ダルフの振り抜いたクレイモアに押し負けて弾かれた。

 これまで押し負ける事も、この手で砕けぬ物も無かった鴉紋は、目を白黒とさせて体制を崩しながら、ダルフのクレイモアを睨み付ける。

 従来の物の数倍も固く、重く、特別な鉱物を混ぜて打たれた特別製のクレイモアを、ダルフは軽々と片腕に持ち替えて切っ先を鴉紋に向ける。


「両親の敵……そしてこの世界の平和の為に、俺は貴様という唯一の悪を討つ!」


 ダルフの攻勢に騎士は声を上げ、セイルとフロンスは鴉紋が押し負けた事が信じられずに瞳を見開いた。


「考えられない位に強くなってる……っ! あのダルフという男!」

「確か二年前には鴉紋さんに一方的に蹂躙されたのでは無かったですか?」

「たった二年で、あれだけの力の差を縮めるなんて……一体どんな……」


 ダルフのつり上がった眦と、真っ赤にして額にたてた青筋に、果てしの無い思いが宿っている事にセイルは気付いて言葉を漏らしていた


「執念……?」

 

 ダルフは全身に電気を纏って筋肉を刺激しながら、鴉紋でも反応の遅れる様な高速的な詰め寄りから、クレイモアの切っ先を突きだした。

 しかし鴉紋の黒き豪腕も砕けぬのは同じ事であった。ダルフの苛烈なる突きを顔面の前で受け、踏ん張った足腰が後方に押しやられ土に筋を作るも、踏み留まっている。そして呻くようにダルフに言う。


「悪はお前達だ……お前達だ」

「黙れ鴉紋。貴様が悪でなくてなんだ! 貴様が陥落させたケセドの民達がどうなったか知っているかッ!?」


 完全に勢いの消えたクレイモアを押し退けて鴉紋は飛び上がり、ダルフの顔面に拳を繰り出した。


「……つッ」


 ダルフは首を捩って鴉紋の拳をすんでの所でかわしたが、頬に赤い裂傷を一つ作った。そして飛び退いて距離を取る。


「鴉紋! 貴様は自分が悪だと自覚していないのかっ! あれだけの事をして、多くの人々の命を弄んでおきながら!」

「お前達がこれまでに喰った人間の数に比べれば、微々たるものだろう」

「……ッ!」


 飛び上がって拳を振り下ろしてきた鴉紋をダルフは横に転がって避ける。そこにあった土は衝撃で掘り返されて地形を変える。


「陥落したケセドの都には多くの魔物が侵入して人々の肉を食いちぎった!」


 ダルフが上段から繰り出したクレイモアの一撃を、鴉紋は頭上で受ける。衝撃で地面が沈んだが、残った腕がダルフの腹を掠めて甲冑を剥ぎ落とす。


「残された民達は難民となり、ここネツァクに辿り着くまでにほとんどの者が魔物によって狩り殺された! 誰もが友を、親を、子を目の前で殺されたんだっ!」


 鴉紋はダルフに飛び付いてクレイモアを両腕で固定しながら、膝を繰り出してダルフの顎を砕いた。血を吹き出しながらも、ダルフが鴉紋を振り払う。


「お前のせいで! お前という悪意が都に訪れた為にっ!!」


 徐々に劣勢となってきたダルフだったが、血を吐きながらも獣の様な瞳を辞める事はしなかった。


「で、何が言いたいんだお前は」

「……ぐ……はぁ……はぁ……お前は悪だ! お前さえ居なければ、この世界は! 民達は!」


 鴉紋は猛るその拳を振り上げて、ダルフの腹部に向かって振り抜いた。


「ぶッッ…………ぉぉおおお!!!」


 クレイモアの刀身で受けたダルフはその衝撃に吹き飛ばされて、後方で様子を見ていた騎士達の群れの中に突っ込んでいった。


「隊長!」

「ダルフ! 無事かっ!?」


 ガリオンが兵を押し退けて大木に背を預けた姿のダルフに走り寄る。

 白目を剥いていたダルフが血を吐きながら意識を取り戻す。クレイモアを地に着いてよろよろと体を引き起こしていく。その満身創痍の姿を見た騎士達は狼狽するしかなかった。


「倒れる訳には……いかない! 両親の敵を取るまでッ!! 奴を殺すまではっ!!」


 ぼろ雑巾の様になりながらも、ダルフは宿った大火を衰えさせる事無く立ち上がって、歩み寄って来る鴉紋に向けてクレイモアを握り締める。


「殺す! 殺す! 殺すッッ!! 鴉紋ッッ!」


「待て、ダルフ……」


 猛るダルフの肩に手を置いたのはガリオンであった。兜の上のクレストを靡かせて、かつて兄弟子としてダルフに説いた時と同じ、鋭い瞳を向かい合わせにする。


「悪意に悪意で応えるなダルフ」


 遠い過去に、幾度も言われた兄弟子からの言葉。


「……っ!?」


 ガリオンの背後からこちらに歩んで来る黒い腕の悪魔の姿が見える。今すぐにでも体制を整えなければならない状況であるが、それでもガリオンはダルフの視線を自らに向けさせて口を開いた。


「忘れるな……我々は騎士だ。この世界の民を守るの騎士。悪意に向ける激情に、自らも悪意を混じり込ませてどうする」

「ガリオン……」

「悪意に相対した時こそ、我を忘れてしまいそうな激情に飲まれた時こそ、何時如何なる時も、騎士として正義を携えろ。

 ……もっともこれは、ヴェルト隊長からの受け売りの言葉だけどな」

「父さんの?」


 かつての隊長の言葉を聞いた騎士達は、示し会わせる事もなく、各々の持ち上げていた兜の面頬を下ろしていた。


「そして時に……誇り高き騎士は、その高潔なるプライドをも捨てる。それは――――」


 ダルフにとどめを刺す為に、地に手を着いて飛来して来た鴉紋が、ガリオンの直ぐ背後で拳を振り上げた――


「――何ッッ!」


 飛来して来た鴉紋を、無数の盾が止めていた。ダルフを取り囲んでいた騎士達が一同に覆い被さったのだ。

 クルリと振り返ったガリオンが、その背で言葉の続きを紡ぐ。


「――――正義の執行の為に」

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