第37話 帰郷


 次の日、休養を取った後、都ネツァクに向けて日の照る湿地帯をひた歩く一行。濡れた草木を掻き分けて都に近付く度に、フロンスの表情に影が射し始めた事に鴉紋は気が付いていた。


「フロンス、寄らなくていいのか?」


 鴉紋が言っているのは、かつてフロンスが教育係として子ども達を育てていた、都の外周にあるミーシャ農園の事である。

 しかし先の焼き払いの後、ミーシャ農園がどうなっているのかは不明のままだった。


「いや……しかし、そんな事をしている暇など……」


 やはりその事を考えていたのか、フロンスはすぐに察しがついたように言葉を返す。


「すぐにこの都は戦場となる。もし農園がまだ機能していたとするならば、農園にはお前の子ども達が居る筈だ……それと、メリラとかいう教育係も」

「……メリラ」


 メリラとはフロンスと共に農園で教育係をしていた女性の名であった。戦火の中に消えていった後にどうなったのかはわかっていない。フロンスにとって家族といっても差し支えないメリラと子ども達の事を、心優しい彼が心配していない筈も無かった。


 会話を小耳に挟んでいたセイルが後方のフロンスに振り返る。


「フロンス、気になるなら寄っていったら? 農園は都の外周にあるんでしょう? ついでだし」

「ですが……あの子達はあの時も鴉紋さんの手を取らなかった……メリラも含めて」


 農園が焼き払いにあっている時でも、子ども達は喰われる事を望み、鴉紋の助けを拒んだ。その悲惨な光景を思い起こしながらフロンスは続ける。


「今更農園に行っても都に密告される可能性もありますし、私達が立ち寄ればまた農園に焼き払いの命が出る事も……」

「どちらにせよこの都は戦場となる。先の焼き払いで都に不信感を覚えている可能性も高い。あらかじめそれを伝える事で一人でも多くの子ども達を救える可能性があるならそうすべきた」

「……鴉紋さん」

「農園? 肉喰えるのか? じゃあ行こうぜー」


 ふらふらと退屈そうに歩くシクスの軽口にセイルが眉間を寄せる。


「シクス!」

「へいへい」

「いいのですか、鴉紋さん」

「いいに決まっている。心に陰りがあっては戦いにも影響が生じる」

「ありがとうございます皆さん。それでは遠目から無事を確かめ、教育係にだけこの事実を伝え、備えるように助言致します」


 そうして鴉紋達は都に入る前に、その外周に魔物避けとして点在する農園のうち、正門からみて東にあるミーシャ農園に立ち寄る事となった。


 ******


「おお、我が故郷。まだ残っていましたか」


 ミーシャ農園は焼き払い後もその形を留めたまま農園として機能している様子であった。遠くから子ども達の笑い声が聞こえ、レンガ造りの屋根が連なっている。火災の後は全くと言って良い程に感じられない。


「あれは、ウェルディ! それにペルネまで……二年であんなに大きくなって……良かった。子ども達は皆死んだ訳ではない様です」


 頬を好調させたフロンスが腰を屈めてフードを深く被り直す。


「良かったなフロンス」

「はい! とりあえず、藪に隠れて教育係の宿舎に向かいます。皆さんは農園から少し離れた所で…………」


 藪に入って行こうとしたフロンスだったが、目前で生い茂った草木が揺れ、そこからひょっこりと八才位の少女が顔を出した。


「あー! フロンスさん!」


 無邪気な笑顔がフロンスを見て一層に輝きだした。


「なっ……ネル…………ですか? 大きくなって」

「おいおいおっさん。それ所じゃねぇんじゃねぇの?」


 三人は一様に額に手をやって落胆している。


「ネル! 何故こんな所に!」

「かくれんぼ! フロンスさん今まで何処に行ってたの!?」

「いやそれは……まさか、何も聞いていないのですか?」

「うん! メリラさんにフロンスさんの事を聞くといつもうつ向いて泣いちゃうんだよ? だから誰もフロンスさんの事を聞けないの」

「メリラ! やはりメリラは生きているのですね!」

「……うん、いつも家に居るよ? それより! 早くみんなに教えてあげなくちゃ! フロンスさんが帰って来たって!」

「待ちなさいネル! ……そ、そうだ。私達も今かくれんぼをしているのです! 誰にも見つからない様にメリラの所にまで共にいきましょう」

「フロンスさんのお友達!」


 ネルが歯の抜けた顔で鴉紋達を見上げて微笑んだ。


「こんにちは、私セイル」

「よ~うまそうな嬢ちゃんだなぁ」

「……はぁ。フロンス、さっさと用を済ませるぞ」

「こっちだよお姉ちゃん達! ネルはかくれんぼが得意なの! だから誰にも見つからない様にメリラさんの所まで連れていってあげる!!」

「ネル! わかったから大きな声を出さないでください」


 四人は幼き少女を先頭にして、腰を屈めて藪に入っていった。

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