第36話 スプラッシュフロンス
水辺の近くで各々休息をとる鴉紋達。強い日照りによる疲労と体温の上昇による口渇から、いの一番にシクスが円形に広がる水場に身を投げた。
ドボンと頭まで沈み、浮き上がってくる。他の三人は羨ましそうにそれを眺めていた。
「っひゃー! 気持ちいい! 飲めるぜこの水!」
すると暑い日差しの中、フロンスが大岩から勢い良く立ち上がって、シクスに向かって注意し始める。
「シクスさん! 夜間は冷えますので衣服を濡らすのは危険ですと申した筈です!」
「でもよー。こう熱くちゃ参っちまうよ」
「私も、入りたい」
「ぬ……セイルさんまで」
「だって、もう何日も歩いてお風呂にも入ってないもん」
「フロンス。替えの衣服を持って無かったか? ここで体力を奪われ続けるのも危険だろう」
「まさか鴉紋さんも入る気ですか? しかし替えの衣服はローブ一着だけしか……」
腕を組んで考え込んだ三人。シクスだけは朗らかな笑顔で「あはははは」と笑いながら背泳ぎを始める。
「やっぱり、私も……」
立ち上がりかけたセイルに向かって、フロンスが意を決した様な声をあげた。
「わかりましたッ!!!」
唐突な激しい声に何事かと窺う鴉紋とセイル。するとフロンスはおもむろに懐から針と糸を取り出す。
「今こそ、元世話係としての私のスキルが試される時」
「何をする気だ?」
瞳に炎を宿らせた中年男性は、理知的な瞳を見開いて鴉紋にその堀の深い表情を向ける。
「魔物との闘いで無力であった私は、今ここでお三方の安全な旅路の為に闘うのです!」
「つまり。なんだ?」
フロンスは足元のずだ袋から一着のローブを取り出して手に取った。
「作るのです! 全員分の水着を今ここで!」
その後フロンスは無意味に「うおおお」と叫び体力を浪費しながら、華麗な手付きで全員分の水着を一着のローブから繕った。
「はぁ……はぁ……出来ました」
鴉紋とセイルに手渡される手製の水着。呆気に取られた鴉紋とセイルは目を見合わせて苦笑いする。
すると背後の水場から様子を窺うシクスが、呑気に泳ぎながら心無い言葉を投げる。
「バカンスじゃねぇんだ。別に裸で入ればいいじゃねぇか。嬢ちゃんはそこの岩の陰にでも隠れてよー」
「んなぁッ!!」
青天の霹靂に打たれたフロンス。
彼の性格上産まれてしまった過剰な責任感に囚われて、単純な事を失念していたフロンスは、膝から崩れ落ちて地に手を着いた。
「……どうして教えてくれなかったのですか」
ドキリとする鴉紋とセイル。
「……い、いやフロンス」
「二人とも気付いていた筈です! しかし中年男性が無我夢中に水着を繕う姿にかける言葉を失った! 違いますか!?」
激しい叱責に言葉を開いたのは、視線を泳がせたセイルであった。
「私は……裸より、水着があった方が……」
「俺もだフロンス。裸で入るのには俺も少し抵抗が……」
「二人とも目が泳いでいるッ!!」
「……」
「……」
「……」
「いいから早く入っちまえよ」
シクスの言葉に突き動かされる様に、三人は黙々と水着に着替え始める。
「シクスさん! 貴方も早くその衣服を脱いでこの素晴らしい水着に着替えるのですッ!」
「でけぇ声出すなよおっさんー」
******
「入ろうフロンス」
「……」
水着に着替えたセイルが、すっかりと押し黙ってうつ向いてしまったフロンスに声をかける。生地が足りなかったのだろうか、彼の水着だけ妙に小さくパツンパツンであった。その恥を上塗りする様な滑稽な姿に、鴉紋もセイルも触れない様にしている。暗黙の了解だった。
「……」
「フロンス、いつまで落ち込んでいる。今後もこの様な事があるかもしれない、お前のした事は無駄じゃないんだ」
「っ……鴉紋さん。……こんな私にもその様な言葉を……」
「なぁ~んだーー!? おっさんの水着小せぇえーーっ!! ヒィィハハハハハハ!!」
空気の読めないシクスが腹を抱えて転げ回る。一度顔を上げかけたフロンスは、再び深くうつ向いて喋らなくなった。
「シクス!」
「なな! 何怒ってんだ兄貴!?」
シクスは鴉紋の鋭い視線に戸惑い、笑うことを止めた。
「シクス、魔物の匂いはするか?」
「いんや、しねぇぜ」
「わかった」
四人は水場へと入っていき、活力を取り戻していく。
「気持ちいいねー鴉紋」
「あぁ」
「生き返るぜー」
「……」
それぞれが肩まで使って身を清めていたが、フロンスだけは浅瀬で突っ立ったままうつ向いている。
思わずセイルが声を掛ける。
「ねぇ、フロンスも体温が上がっている筈だからこっちに……」
「セイル。ソッとしておいてやれ」
「うん」
「こっち来いよおっさん!」
「バカやめろシクス!」
シクスがフロンスにジャブジャブと水を浴びせるが、彼は人形の様にされるがままである。
「何なんだよおっさん! 熱出ても看病してやんねぇからな~」
「……はっ、確かに旅路に差し支えます。私も肩まで浸かるとします」
シクスの一言で正気に戻ったフロンスが、肩まで水面に浸かっていった。
「ふぅ、とりあえずフロンスは大丈夫か」
「ね、ねぇ鴉紋……」
フロンスの様子を鴉紋が窺っていると、セイルが鴉紋の前で立ち上がって、濡れた水着をさらけ出した。
「ど、どうかな?」
「どうって?」
「だからー、可愛い……かなって……?」
頬を赤らめながら身を捩り鴉紋をチラチラ覗くセイル。鴉紋に自分の水着姿についての感想を窺っているらしい。
「……まぁ」
「うん」
「……可愛いんじゃ――――」
「ヌゥぅぅあああああッ!!!!」
「なッ! どうしたフロンス!」
会話を断ち切った野太い悲鳴に振り返ると、立ち上がったフロンスの全身に巨大な貝が無数にまとわりついていた。それぞれが黒いもやの様なものを全身に纏っている。
「ありゃ魔物じゃねぇか! すまん兄貴、水中の中までは匂いがしなかったぜ!」
「大丈夫かフロンス!」
「だ……大丈夫です。驚きましたが、全身がヌメヌメするだけで危害はありません」
平静を保ったフロンスだったが、その貝の魔物の出す粘液によって水着が徐々に溶けている様だった。
「馬鹿な! わ、私の水着が!」
「まさか……セイル!?」
何かを予感した鴉紋はセイルの方に振り返っていた。
「……? 大丈夫だよ鴉紋」
セイルは何事も無かった様子で、キョトンとしている。
「グゥアアアアアアっ!!!!」
貝の魔物が水中から跳ね出て来て、更にフロンスの全身を覆っていった。痛みは無い様子だが、フロンスは自作の水着が溶けてしまう事に愕然として絶叫していた。
フロンスを覗く三人は水場から上がり、その悲惨な光景を、皆一様に苦虫を噛み潰した表情で眺めているしかなかった。
「があああッッどうして私ばっかりぃぃーー!!!」
やがてフロンスは産まれたままの姿を鴉紋達にさらけ出し、泣きながら水場を上がって来た。
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