第33話 不死の殺し方

「黙ッ! クソっ!! 家畜と賊と人間もどき! もう魔力も無い癖に! 図に乗るな! ブッッっち殺してやるッ!!!」

「それが聖人様の台詞かよ」


 いよいよザドルが鴉紋達に水龍を解き放とうとするその時、鴉紋とセイルの前に立ったガッシュが、ダガーを顔の前で構え、赤い右目をザドルに向ける。


「俺が魔力を使いきって突っ込む。その隙にお前らは奴の懐に飛び込め」

「私達にあなたを信用しろっていうの? さっき私を殺そうとした癖に!」

「このままだと三人とも殺されるから最後の賭けを提案してやってんだろうが」

「三人で同時に突っ込んでいっても、あの水龍にまとめて殺られるだけでしょ!」

「違げぇよ」

「え?」

「……話してる時間がねぇ!」


 ガッシュは振り返ると、左の茶色の瞳でセイルを眺めた。何か意味がありげな真っ直ぐな視線。赤い右目の隠れた彼の姿は、ただの一人の人間に見える。


「……うん」


 意図を汲んだらしいセイルが頷いてみせた。


「神の名の元に貴様らを粛清します! そして我が友と、民の安寧の為に! 神に遣わされた私自らでッ!!」


 肌を真っ赤に染めて憤怒するザドルに、ガッシュが駆ける。――左に回り込みながら。


「鉄槌ぃいッ!」

「『げん』――!」


 ガッシュが無数の掌が組み合って構成された巨人を目前に展開する。しかしどういう訳だか半透明で、形もおぼろげである。


「僅かな魔力で振り絞った様ですがっ! 見苦しいですッ!」

「うるせー! まだまだこっからよ!」


 ガッシュが辺りの地盤を引っくり返す。地に投げ捨てられた無数のロチアートの剥製が、額縁の下の、かつてあった筈の下半身を身に付けて、ザドルに襲い掛かり始める。

 しかし魔力切れなのか、これもまた半透明で透けたまま、彼等は各々に怨嗟えんさを吐き始めた。


「使徒さまぁぁあ!」

「どうして、こんな仕打ち……死んでからも、見せ物なんか」

「喰ってやる! 使徒様がそうした様に私も貴方をぉぉ」


 ザドルは水龍を体の周りで旋回させ始める。


「醜い――ッデスッ!」


 そして瓦礫を巻き上げて、そのままロチアートや掌の巨人までもを水龍で呑み込んだ。


「無っっ!! 駄っっ!!」


 苛烈な水龍の猛攻で、ガッシュの作り出した幻想の住人は、その体内に取り込まれて切り裂かれていく。水龍の短くなった胴体が真っ赤に染まり、ロチアートの四肢が体内を浮遊している。


「おいおい使徒様! ロチアート達への慈悲はどうした、なんて酷い殺し方しやがる」

「貴方の作り出した陳腐ちんぷな幻術でしょう!」


 続けてガッシュがダガーを構えてザドルに向かっていった。刀身を大太刀の如く長くして。


「神の裁きをぉお!!」


 ザドルが真っ直ぐに駆けてくるガッシュに水龍を放つ。

 それと同時に、舞い上がった地盤の後ろから、鴉紋とセイルがザドルの背に忍び寄り始めた。怒りに駆られた天使の子は、二人に気付く素振りもない。

げん』の制約によって姿を包み隠せないのは、術者当人のみである。それを利用したガッシュからの提案を、二人は充分に汲み取っている様子だった。


「死ねよ! お高くとまった使徒様よぉお!」

「混血のならず者が、誰に物を言っている!」


 挑発しながらガッシュはダガーを振りかぶる。その後方からは、密かに鴉紋とセイルが迫っていた。

 ガッシュに気を取られ、怒りに我を忘れたザドルの背後で、遂には鴉紋が腕を振り上げた。――


 その強襲が決まると思った刹那――


「知っていましたアアアアア!!!!」


 ギョロリと後方に目玉を動かして、ザドルが胸の前で十字を切った。


「な……っ」


『信仰の結集』で瞬時に魔力を回復したザドルは、前方のガッシュと後方の鴉紋とセイルに向けて、これまでよりも一際大きい二体の水龍を同時に解き放っていた。


「『双龍そうりゅう』――!!」

「ァアっっ!!?」


 ここまでザドルのひた隠していた大技によって、彼等は一挙に水龍に呑み込まれる。二対の水龍が壁を突き抜けて大聖堂を半壊させていく。


「ふっ……あははぁ……」


 そして三人は、ザドルの目前でたゆたう巨大な水龍の体内で血を噴き上げていった。


「あはぁ……!」


 ザドルは限界まで目を見開くと、半壊させた大聖堂から降り注ぐ、オレンジ色の西日を一身に浴びて歓喜した。


「あぁ哀れぇええ!! 裁きが! 鉄槌が! 天誅が審判がぁぁあ!!! っっカミィィイイイイ!!!」


 そして拳を力強く握り締めると、ニタリニタリと、水龍の体内で引き裂かれていく反逆者達を恍惚こうこつと眺める。


「ばぁぁぁあカッッッ!! わはーははは! 愚かにも使徒の御前で刃を向けた報いですぅう!!」


 パタパタと嬉しそうに翼をはためかせるザドル。彼の元に戻ってきた水龍は、先の大技によって体を小さくさせて、鴉紋達をくるみ込むぎりぎりのサイズにまで縮んでいった。


 ――そしてガッシュを残し、水龍の中を漂っていた鴉紋とセイルの姿が煙の様に


「あ………………?」


 狐につままれたかの様な面持ちになったザドルは、目を細くして声を失った。


 




















「何時まで見下ろした気になっているんだ?」


「はえッッッッッッッッ!!!!???」


 すっとんきょうな声を出したザドルは、直ぐ背後から耳許に囁かれ始めた声に、滝の様な冷や汗を垂らし始めた。

 訳の分からないままに、怒気の込められた鴉紋の声が、彼の耳に続けられていく。

 触れ合う程の至近距離から――!


「貴様は今」

「ぇッッ!」

「この腕の届く距離に居るぞ」

「……ハぁッハぁッああああぁぁ!!!?」

「お前を地に引き摺り落とせる距離に!!!」


 そろそろと振り返ったザドルが見たのは、直ぐ背後で、桃色の魔方陣に身を寄せあっていた鴉紋とセイルの姿であった。


「なん……で? 転移の魔法陣なんて、何処にも……」

 

 ガッシュは制約により、自身を『幻』の影響下に置けない。つまり自らの姿を偽ったり、分身を作り出す事は出来ないのである。

 ――しかし、自分以外の人間はその範疇では無い。

 つまりガッシュは以外の幻想を作り出したのだ。

 鴉紋とセイルは、彼が始めて思い描いたであった……そしてだからこそ、ザドルもその先入観によって、その姿を疑う事を忘れてしまっていた。


「全部、幻じゅっっ!!!!!?」


 鴉紋はセイルを左腕に抱いたまま、既に右腕を限界まで引き絞っていた。


「神いいいいいいいいッッ!!!」

「堕ちろ天使!!」

 

 鴉紋が振り抜いた黒い拳は、ザドルの胸を、その肉片を丸毎弾き飛ばして貫いた。


「……っっぼぉおおおおおああ!!!!??」


 大量の血を吹いて鴉紋の腕に宙ぶらりんになったザドル。その瞬間に水龍の姿は消えて、ガッシュはズタボロの姿のままに投げ出された。


「……に…………兄ちゃん……やったのかよ」


 水龍の打ち崩した瓦礫の上に投げ出されたガッシュは、ギリギリの所で、吹き抜けとなった城の最上階から落ちずに済んだ。しかし全身に受けたダメージで、もはや指の一本だって動かせそうにない。

 全身からおびただしい出血を流しながらも、瞳を上げるガッシュ。

 その先にあった鴉紋の姿に、彼はとろける様な息を吐いた。


 ――――その姿


 天井から落ちる西日に染まりて漆黒の影となり、髪を逆立てギラギラと歯を剥き出しにしながら、真っ白な瞳を見開いている。その黒き存在は、オレンジ色に照らされた神々しい天使の胸を貫いて、口許に微かな微笑みを携えていた。瞳の奥に愉悦と復讐の大火を逆巻かせて。


 それはまるで


 ――――それは最早であり。

 ――――――であり。

 ――――――――であった。


「『信仰の奇跡』!」


 鴉紋が腕を引き抜くと同時に、体を再生させていくザドル。

 鴉紋は仰向けに倒れたザドルに馬乗りになった。そして舌なめずりをしながら待ち望む。

 そしてザドルはマウントを取られた姿で蘇生を果たす。


「言って見ろよ。私に慈悲はありません。この都に貧富の差を作り出した私は愚者ですって!」

「馬鹿な! 私は常に民の為に、神の教えに習って大いなる慈ビョョッッ!!」


 鴉紋の掌が、ザドルの口元を砕いて下顎を引き抜いた。


「ひゅー!! コヒュ!!」


 絶望的な表情を浮かべたザドルが、涙を流して事切れる。


 ――そして再生する。


「『信仰の奇跡』ぃぃ!」

「さぁ言えよ。神なんて居ませんと!」

「おばえは!! 分かっているのか!! 私を一度殺す度に500人の民達ガッッッぼ!!!」


 顔面の中心を拳で潰されて、赤い血液が鴉紋を返り血に染めていく。



 ――そして再生する。


「神はどうした?」

「あぐまぁぁあ!!!!!」

「助けに来たのかよ?」

「……っっブグボゥゥウっっ!!!!」


 もう一度頭を潰されるザドル。

 ――そして再生する。


「クソぉおおお! ドラゴンよ! 民よ! 魔力をおお!!」


 胸の前で十字を切ろうとしたザドルの腕を掴み、捻じり折る黒い手。ザドルの魔力を回復させる『信仰の結集』が、その動作をトリガーとしている事に鴉紋は気付いていた。


「いぎゃああああ!! 痛い!! いだぁぉあいい!!」

「ほら見ろよ自分の顔。殺される人間の表情を」


 顔の横に落ちたステンドグラスに、自らの血の気の引いた表情を見るザドル


「人は皆、殺される時にはこういう表情をするんだ」

「――――っ!!」


 鴉紋の拳がザドルの体内に侵入して心臓をわしづかむ。


「痛ッッ! あつあつあつぃい!! ウワアアアアんッッ!! ギィぴッッ!?」


 そして引きずり出した心臓を目前で握り潰した。

 ――そして再生する。


 セイルは目を背け、ガッシュは呆気に取られたままその所業を眺め、やがては声を漏らし始めた。


「うわぁぁ! わぁぉぁあああんんん!! ママァァアアハアア!!!!!」


 笑う度に全身の骨が軋み、激痛が襲うのも構わずに、ガッシュは笑った。


「……あ……アハハっ! …………アヒッヒヒ!!」


 高らかに、夕陽の落ちる高い都のてっぺんで。

 神の醜い断末魔を聞きながら。

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