第19話 愛の再会


 しかし即座にドルトとメルトが飛び掛かって来る。鴉紋は傷付いた足と肩にむち打ちながら、歯を食いしばってそれを避けた。

 連撃の合間を縫って鴉紋も反撃するが、鉄のように硬い身体は軽い一撃では砕けない。


「そうです。私が一人でここに来たのは別にも理由があるのですよ。貴方に聞きたい事があるのです。ふふふふ」


 マニエルは上空で優雅に翼を羽ばたかせながら、地上で必死に闘う鴉紋に語りかける。


「貴方はどうして戦うのですか?」


 鴉紋はマニエルの言葉を耳に入れながらも返答しなかった。目前から迫るドルトの剣をかわして、力を込めた一撃で左足を粉砕する。


「そこのロチアートの為ですか? ついこの間会ったその子達の為に、この世界そのものを敵に回すんですか?」


 砕いたメルトの左足が即座に再生していた。苦虫を噛み潰した表情の鴉紋に、ドルトの槍が迫って腹を掠めていく。出血に衣服が赤く染まっていく。


「本当にそれだけですか〜? たった一人でこの世界そのものを敵に回すなんて、ただの自殺ではないですか? どうしてです? 一人で何かを変えられるとでも思ったのでしょうか?」


 楽しそうにパチ、パチと音頭を取る様に手を叩き始めたマニエル。それに合わせてドルトとメルトの挟撃が鴉紋を襲う。


「貴方はロチアート達に肩を入れるらしいですね。ならばやはり、ロチアートの為にこの世界と戦うのですか? ですがロチアート達は貴方に助けを求めましたか? 貴方の申し出に喜んで手を取る者は居たのですか?」


 鬼のような形相で顔を上げた鴉紋は、髪を逆立てて地盤を思い切り殴り込んだ。

 そして地が揺れてよろめいたドルトのリアルな顔面に向かって、鴉紋は拳を撃ち抜いた。

 またもや再生するかと思われた木偶は、バラバラと崩れて灰となっていく。

 次に鴉紋は土煙の中から繰り出されたメルトの槍を首を捻ってかわすと、メルトの顔も同じように砕いた。メルトもまた灰となる。しかしマニエルは動じる事もせず、語り掛けるその口を止めない。


「どうしてこんな無謀な戦いに身を投じるのですか? 貴方が助けるべき人なんて、助けを求める人なんて居るのですか? どうしてなのです、鴉紋さん? どうしてなのかな〜?」


 顔を上げた鴉紋の背後に、マニエルが突風に乗って飛来していた。


「な……」

「『愛の探求』」


 鴉紋の背にそっと触れたマニエルは、再び上空に飛翔していく。背後に向けて放った鴉紋の裏拳が空を切る。


「まぁ! まぁまぁ! 鴉紋さん、貴方の愛する人が見えましたよ! しかしまぁ……なんと……くく」


『愛の探求』で鴉紋の愛する者を垣間見たマニエル。その能力は対象の姿だけで無く、その愛の顛末と経緯すらもが彼女に筒抜けとなる。


「ぷ……くく……うふふふ」


 脳に走った愛の悲惨な結末を知って、マニエルは笑いを堪えきれずに声を漏らし始めた。


「何を見たマニエル!」

「あは……あーっハハハ! あ、あ、鴉紋、さん! 貴方の愛する人と、その最後ですよ!」

「なに!?」

「あれぇ鴉紋さん。貴方、ロチアートを本当に愛していたのですねぇ。……ぷ……ですが、もうその家畜も……あは!」

「何がおかしいッ!!」

「ごめんなさいね。今会わせてあげますから」


 そういうとマニエルは上空でハープを奏で始めた。周囲の木片が再び一つに固まっていく。


「まさか……! やめろ……やめろマニエル!!」


 直ぐに形を成した木偶。同じように醜く粗雑な胴体の上に、これ以上無くリアルな梨理の表情が現れる。


「あ…………あ……」


 あまりに細部まで再現された梨理の顔に、鴉紋の中に様々な感情が巻き起こって言葉を失う。



 少し離れた所で行く末を見守っていたセイルが、頭を出してその様子覗き込みながら囁く。


「あれが……鴉紋の愛した……」



五百森梨理いおもり りり。ですか、ロチアートに大層な名前までつけて……くく。あらあら、ですがそうなるとやはり貴方は何のために戦うのですか? 大切な人はもうこの世には居ないではないですか?」


 梨理の木偶が鴉紋に歩み寄って、ゆっくりと口を開き始めた。


「どうして助けてくれなかったの……鴉紋」

「……ッ!」


 不気味な木偶の体に生前のままの梨理の顔。そして声音までも同じにする存在に絶句して、鴉紋は身をすくませる。


「痛かった……痛かったの」

「梨、理…………」


 その瞬間、梨理の木偶が強烈な蹴りを鴉紋の腹にくらわせていた。


「ぐ……おっっ!」

「死にたくなかった。どうして助けてくれなかったの?」


 うつ伏せになって血を吐く鴉紋の横腹を、梨理の木偶が蹴り上げる。彼は愛した女を前に、反撃の手が無い。例え木偶だとしても、拳を握り込む事が出来ない。


「っ!」

「私の。どんな味がしたの?」

「うッ……うぅ……梨理。許してくれ梨……」


 更に蹴り上げられた鴉紋の横腹から、骨の折れる音がした。

 未だ悶絶したまま涙を流し始めた鴉紋を見て、マニエルは恍惚の表情で笑い転げた。最早上品に振る舞う事も忘れ、大口を開けて腹を捩りながら。


「あーははは! あは、あは! 鴉紋さん! どうひて、どうひて戦うのですか? ロチアートの為ですか? 梨理さんの為ですか? アーハハッ! どちらももう救えないではないですか!」


 鴉紋を引き起こし、正面から首を絞めて持ち上げる梨理の木偶。怯えた顔の目前にある梨理そのものの相貌が、彼を怨むかの様に睨みつける。


「エヒッ、エヒッ! ああっ、わかった! 貴方は死に急いでいるのでは? だからこんな無謀な戦いに身を投じるのですね? たった一人で世界を敵に回すのですね? アハーハーハーっ! 早く梨理さんの元に行きたいから!」


 ギリギリと締め上げられる首に鴉紋が嗚咽を漏らし始めると、マニエルはまた嬉しそうに手を叩いた。


「愛する人に恨まれて、締め上げられてゆっくりと死ねるなんて、鴉紋さん。ロマンチックですよ、うふふふ」

「あぁ……ヵ……」


「鴉紋!」


 セイルがフロンスの側を離れて走り始めた。危機迫ったその形相は正に必死である。


 梨理の木偶は鴉紋の首を締め上げながら、再びその口を開く。


「……鴉紋、生きて」

「……っ!」

「知っていましたか鴉紋さん? いや知らないでしょうねぇ、貴方の大切な梨理さんは、死の間際にこう漏らしたのですよ」


 ――知っている。俺はそれを知っている!


「鴉紋さん! 貴方に向けてね。ですが、貴方は愚かしくも自滅の道を選んだのです。これでは梨理さんが報われないでは無いですか! ひはははっ!」


 ――――自滅? 


「……ちが、う……!」

「はぁ?」


 唐突に気の抜けた表情を律したマニエルは、次に厳格な言葉使いと声音でもって、鴉紋に最後の問いを投げ掛ける。


「では答えてみろ鴉紋。お前が肩を入れるロチアートは助けなど求めてはいない。お前の愛した者はもうこの世には居ない。何故お前は戦うのだ」


 これが天使の子の威厳とでも云うのだろうか。突如変貌した重厚な物言いに、辺り一帯が張りつめた様に緊張する。


「鴉紋を放してっ!」


 セイルが鴉紋の元に走り寄って来た。それを見たマニエルはさも面倒そうな表情をして、梨理の木偶の空いた左腕を鋭利な形状へと変化させていく。それで少女を一突きにする為に。


「来る……な……!」

「待ってて鴉紋!」

「……ふん。語る言葉も持たぬか。もう良い、共に死ね」


 鴉紋の目前に迫ったセイルに向けて、梨理の木偶が槍の様な左腕を突き出した。

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