第18話 天使の子の力


 マニエルが指先で手元のハープを撫でると、後方から突風が巻き起こって、周囲に木々を散乱させた。


「その風がお前の能力か。風を操り、死人も使う」

「さんかく! それでは三角ですよ。反逆者の鴉紋さん」


 マニエルは余裕そうに笑いながら、手元のハープの音を立てる。すると後方から突風に乗った木の矢じりが顔面に飛んできた。


「くっ!」


 右腕でそれを叩き落とした鴉紋は、地に落ちた矢じりの形状を見て疑問を浮かべる。


 ――――なんだこの精巧された形状の木は?


「成る程、それが貴方の異能力ですか。ふふ…… ――えーい! それっ! それ!」


 気の抜けた掛け声に合わせて、再び木の矢じりが飛んでくる。鴉紋は全て弾き落としたが、それらは全て精巧な矢じりの形状をしている様である。


「まさか……お前は」


 更なる矢じりを避けようと、横に飛び退こうとした鴉紋の足元に、地面に生えた長い草がうねり、まとわりついた。


「ぐ……!」


 倒れ込んだ鴉紋の足や頬を、何本かの矢じりが掠めていく。

 目を丸くして足元の草を引き千切りながら、鴉紋は思い至る。


「まさか……お前は……自然を操れるのか!?」

「マルです!」


 予想だにしなかった衝撃の能力に、鴉紋は愕然とするしか無かった。


「めきめき〜っめきめき〜っ……フフ!」


 馬鹿げた声と共に、地に幾多も転がった木の枝や幹が、ハープの音色に合わせて瞬時に混じりあい、鋭利な槍の形となって迫り来た――


「がっ……! 何なんだその異能力は、そんなのありか!」


 ――――この自然全てが敵だと? 


 木の槍を黒い掌で掴んだ鴉紋は、地面を転がってその場を離れる。

 するとマニエルは、ふくれっ面をしてそこに不服を物語り始めた。


「私の能力はミハイル様から頂いたです。貴方の様にイレギュラーに発現した異能力などと同じにしないで頂きたいわ」


 地中に張った根が地から湧き出でて、鴉紋の四肢を巻き上げ始めた。みるみると締め上げられていく体が宙吊りになっていく。


「くそ……っなんでもありかよ!」


 次にマニエルが指を鳴らすと、地中から浮き出してきた大木の根が、彼女の背後で椅子の形状へと変化する。


「ふぁ〜〜あぁっ」


 彼女はあくびをしながらそれに座ると、悠然と足を組んで鴉紋を眺め始めた。


「正直興醒きょうざめです。こんな人に私の隊が二つも壊滅させられたなんて」


 呆れた様子のマニエルは、もう全てを終わらせる腹積もりなのか、背後の大木の幹をひしゃげた音を立てながら巨大な矢じりに変化させていく。


「ミハイル様が何故貴方に執心するのかわかりません」

「ミハイル……?」


 何処かで聞き覚えのある名に呼応する様に、鴉紋の黒き豪腕がドクンと脈打った。

 しかしそんな事など関係無く、ハープの音色に合わせて起こった突風に乗って、猛然と巨大な矢じりが鴉紋に迫っていた――!


「……ぉぉおおおッ!!!」


 鴉紋は両腕に巻き付いた根を、拍動する剛力で無理に引き剥がして拘束を解くと、正面から迫る自分の身長よりも巨大な矢じりに向かって拳を突き出していた――


「お馬鹿ですねぇ。私の『聖霊の領域』で形成した矢じりは鉄と同じ位に硬いのに」


 またしても呆れ顔をしたマニエルだったが、飛び散った木片に気付いて、すぐに目を見張る事になった。

 巨大な矢じりの衝撃で巻き起こった土煙の中から、鴉紋が悠然と現れて、掌に握った矢じりの破片を粉々にして地面に落とす。


「鉄と同じ位に……何だって?」

「そう……ですか。ならば更なる苦しみを貴方に送りましょう」


 マニエルは緑色の翼を羽ばたかせて上空に飛翔して、高くに留まる。


「騎士達から聞きました。貴方魔法は使わないんですって? ならばこの場合はどうします?」

「……っ」


 手元のハープを撫でて流麗な曲を奏で始めたマニエル。すると鴉紋の周囲の木片が引き合い、混じりあって、その形を人程までに大きくしていく。


「『再開の木偶』」


 鴉紋の目前で成す術もなく形成されたのは、二人のであった。


「なん……だこれは?」


 その禍々しさに吐き気さえも催す鴉紋。それは木々が重なりあって、辛うじて人の形の出来た粗末な身体の上に、生前のままのリアルな首を乗せたドルトとメルトの人形であった。


「赦さんぞ鴉紋。俺にあんな屈辱の死に方をさせたお前を」

「誇り高き騎士が貴様の様な反逆者に敗れたなど有り得ん。今すぐ肉塊にしてくれよう」


 流暢な口許で話し始めるドルトとメルト。そのあまりにも醜い容姿に鴉紋は絶句する。


「魔力を使うので、顔以外は適当です。ふふ、戦力としては申し分無いですから」

「なんて、ムゴい事をするんだお前は」

「ムゴいのは貴方でしょう鴉紋さん。ほら、お二方とも怒っているではないですか」

「死ね鴉紋。恥辱にまみれた死をお前に」

「殺してやる。小汚ないロチアート共々だ」


 更に形成された木の剣をドルトが、槍をメルトが手に携えて構える。


「まぁ可哀想なお二人さん。あそこの反逆者をやっつけてしまいましょう」

「やめろマニエル……! お前の部下の死を弄ぶ様な事は! お前の仲間だったんだろう!」


 メルトの突きが鴉紋の顔を掠めていく。続けてドルトの剣が迫り、鴉紋は後退する。


「マニエル!!」


 鴉紋は両腕で地面を殴って飛び上がった。空に漂うマニエルを地に叩き落とす為に。


「あら、貴方は空中で攻撃を避けられるのかしら?」


 木々で作った無数の矢じりが、地上から打ち上がっていた。


「――ぐぁあっ!!」


 何本かの矢じりを肩や足に受けた鴉紋は、そのまま地に落ちていく。


「身を捩って致命傷を避けたのですか。凄いじゃないですか」


 鴉紋はなんとか地面に着地すると、ニコニコと笑うマニエルを怒気の籠った瞳で見上げる。


「お前は殺す! 絶対にだ!」

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