第14話 立ち上がる教育者


「見つけたぞ、終夜鴉紋」


 呆然と立ち尽くす鴉紋達の前に、無数の騎士達が歩いて来る。先頭では一際体格の良い男が、きらびやかな金色の鎧を纏って巨大な槍を持っていた。


「メルト様ッ! お止めくださいと申した筈ですッ! 何故こんな虐殺をする必要があるのですか!」


 先頭のメルトという大男の前に、鉄の兜を被った一人の兵士が毅然として立ちはだかっていた。

 その様子を見た他の兵士達は、何やら彼に怒りを露にし始める。


「ダルフ! メルト様に向かって不敬であるぞ! どけ!」

「メルト様! 私も鴉紋とやらには並々ならぬ私怨がございます! しかし何故このような無益な殺生をッ! 彼等は家畜でも、生きているのです!」


 何処かで聞いた覚えのあるダルフと呼ばれた青年は、何を言われてもそこを動こうとはしない様子。すると足を止めたメルトが、鼻をほじりながら彼を見下ろし始めた。


「私の兄を殺した鴉紋という男は、イカれた事にロチアートに執着を示すという……だからだ」

「だから……?」

「見せしめだ。家畜に情を移すな、人間が殺されておるのだッ」


 メルトはその大槍を薙ぎ払ってダルフを殴り飛ばす。衝撃でダルフの鉄の兜は外れたが、その場に踏み留まり、顔を腫れ上がらせながらメルトを睨んだ。


「どけぃダルフッ!!」

「……ッ!!」


 メルトによるもう一撃を食らうと、ダルフは長いブロンドの髪を翻ひるがえしてふっ飛んでいった。


「鴉紋! 会いたかったぞ!」


 悠然と歩んできたメルトは、大きな声と共に槍の切っ先を鴉紋に向け、ニヒルな笑みを見せる。


「誰だお前は」

「ふん、態度のでかいガキめ。我は第20国家憲兵隊隊長。メルト・メニラ。貴様の殺したドルト・メニラの弟だ。敵をとらせてもらう」


 メルトを先頭にして、その後方に騎士達が隊列を成した。およそ150にも及ぶその数を目の当たりにして、フロンスは驚愕する。


「な……なんなのですかこの数は」

「ドルトの隊と合同し、貴様の討伐隊を編成したのだ。皆隊長の仇を討たんと、喜んで俺の指揮下に加わった」


 この世界には9の都があり、それぞれに国家憲兵隊が三部隊配置されている。例外を除き、その規模は一部隊につき100名。しかし目前に広がるのは約150もの兵士達だ。


「臭い。不愉快。汚らわしい。兵士達よこの村を焼き払え」


 メルトの号令で後方の兵達が辺りに火球を放ち始めた。無数に降り注ぐ火炎は、家を焼き、森を焼き、ロチアートを焼いていく。更に村の離れた所からも別動隊による焼き払いが決行されているのが見えた。


「どうだぁ~鴉紋。貴様の大好きなロチアート達が喜んで死んでいくぞ? ひとーり、ふたーり、さーんにん……」

「……この……屑野郎がッ!」


 歯を食いしばって怒りを露にする鴉紋に同調し、フロンスが続く。


「お辞めくださいっ! もうこれ以上私の子ども達を殺すのはっ!」


 しかしそれに答えたのはメルトでは無く、隣に居る兵士達だった。


「ロチアートが騎士に楯突くのか!」

「人間に、それもあろうことか我等騎士に反抗するとは言語道断!」


 すると意地の悪い笑みをしたメルトが、兵達を制して口を開き始める。


「ここの教育係か。家畜風情が意見するか? これは我等が都、ネツァクを守護せし偉大なる天使の子、マニエル様より許可された行為であるぞ」

「マニエル様……が?」


 その名を聞いたフロンスはたちまちに膝を着いて、反論の余地を失う。


「この農園は都の管理下にある。つまりマニエル様の物だ。そのマニエル様がこの農園の投棄をご決断なされたのだ」


 鴉紋には何の事かわからなかったが、都を守護する天使の子というのが、騎士達にとって絶対的な存在であるという事は窺い知れる。

 悲観に暮れたフロンスは、すすり泣く様に口を開いていった。


「そんな……マニエル様が……ならば、我々は何のため今日まで生きてきたのですか……子ども達は何のために産まれてきたというのですか? 騎士様……お答えください騎士様ッ!」


 子ども達の事を思い大粒の涙を流すフロンスを、メルトはつまらなさそうに頬を掻いて眺める。


「貴様ら家畜の生き様など知るか。人間様が差し出せといったら自らの子を差し出し、死ねと言ったら喜んで火炎に飛び込んでいけ。ロチアートはただの飯だ。意思さえ持つな」

「そんな……我々はマニエル様に、都の為に……」

「貴様がマニエル様の名を口に出すな! 卑しき下等生物が! ――ッカァ!」


 メルトが槍の先から放った、一際大きな火炎がフロンスに迫っていく。

 それを鴉紋は黒い腕で殴り飛ばした。そしてフロンスの前に立ち、振り向かずにこう伝える。


「お前は人間だフロンス。俺もお前も、同じ様に誰かを愛した、人間だ!」

「鴉紋……さん……」


 メルトは腹を抱え、ゲラゲラと下品な笑みを鴉紋に向けてみせる。


「それか黒い腕というのは。なんと矮小な異能力だ」

「黙っていろ、すぐにお前の四肢をもいで、苦しみにのたうち回らせてやる」

「この数の兵を前に、まだその台詞が吐けるとは……では見せて貰おう」


 メルトの後方の兵達が腕を挙げて無数の火炎と雷撃を放ち始める。

 雨あられの連撃を、鴉紋の両腕が打ち落とし始めた。


「セイル! 俺の後ろに!」

「う、うん!」


 背後にセイルとフロンスを抱えた格好の鴉紋が、敵の絶え間ない攻撃に応戦する。しかしその数はドルトの時の比では無く、何時までも敵の攻撃の手は止まらない。


「ほぅら、やはりロチアートを守る。ハハハハ!」

「黙ってろメルト!」

「防御魔法を使えないのか? くくくどうするんだ鴉紋? 先程の威勢はどうした? 俺はまだ何もしていないぞ? ハハハハ」


 愉快そうなメルトの背後から繰り出されている魔法弾は、やはり止まることが無い。


「卑怯だぞメルト!」


 背後に匿った二人を守る為には応対する他無く、鴉紋は激しく体力を消耗していくばかり。


「何が卑怯か。少数の兵しか連れていなかった兄を、不意討ちして殺した貴様に言われたくはない!」


 メルトが槍の矛先を鴉紋に向けて、巨大な火炎の光線を放った。


「『炎弩砲えんどほう』――!!」

「ぐあっ……」


 他の魔法を防ぐ事を止めて、メルトからの一撃を両腕で防いだ鴉紋に魔法弾が突き刺さっていく。


「鴉紋!」

「鴉紋さん!」


 口から血を流した鴉紋であったが、再び二人を背にして攻撃を打ち落としていく。そんな彼の背後から、フロンスは気弱な声を上げ始めた。


「ダメです鴉紋さん。この数の兵士達の前で、我々になせる事はもう……。抗うほど悲痛な死を遂げるだけです」

「……許せるのかお前は」

「え」

「俺達の大切な人達を虫のように殺して喰らう、あの獣みたいなゴミ共を」

「それは……」


 フロンスの脳裏に子ども達の笑顔が思い起こされる。


「俺は許せない……許せないんだ。あいつら全員。奴ら全員がッ!」



 再び槍の矛先に赤い熱を溜め始めたメルト。それを察知した鴉紋は、左腕にセイルを抱き、掌でフロンスの首根っこを掴むと、残った右手で地を殴って飛び上がる。


「逃がさんぞ鴉紋!」


 後退した鴉紋達は死骸の転がる場所に降り立った。騎士が咆哮しながらに剣を振り上げて向かってくる。前衛に約100の兵士達。後衛には50の兵士を残して。

 地面に転がされたフロンスは、正気を疑う様な表情で鴉紋を見上げていった。


「鴉紋さん、あなたは一体……何をしようとしているのですか」


 夕暮れのオレンジの空の下、フロンスの見上げた鴉紋の姿は、禍々しく、そして途方もない怒りを全身に満ち溢れさせる、異形の者に見えた。


「……やはりあなたは……イカれている…………」


 フロンスは自分の頭を激しくかきむしりながら、動転した眼差しを向けていた。


 ――そこにメルトの熱線が鴉紋目掛けて飛んで来た。

 鴉紋は後退りながらそれを弾き飛ばしたが、今度は兵士達が剣を持って鴉紋に飛び掛かって来る。

 鴉紋は剣撃を捌き、幾つかの剣を砕いたが、近距離からも兵は火炎や雷撃を放ち、徐々に被弾していった。


「くそっ!」


 100の兵に何時しか円形に取り囲まれていた鴉紋達。防戦を強いられる中、騎士を掻き分けて、巨大な槍の刺突が襲い掛かって来た――


「あ……がああっ! ッつ!」

「鴉紋。我が兄の仇は自ら取らせてもらうぞ!」


 突如襲いかかってきたメルトの槍は炎を纏っていて、攻撃を受けた左腕が発火した。鴉紋は腕を襲う灼熱に悶えながらも、連続の槍を腕で受け続ける。


「防戦一方か。その体たらくでどう兄を出し抜いて殺したのだ!」


 メルトが頭上で槍を回すと、更なる火炎が槍を包んでいく。


「『炎斬えんざん』!!」

「鴉紋ッ!」


 セイルの悲鳴が辺りに響いた。

 鴉紋の顔面に槍が迫り行くのが見える。


 疲弊した鴉紋は、その一撃を間違いなく防――


「な……っ!」


 ――――筈であった。


 鴉紋の顔の前で白い魔方陣が宙に浮いている。メルトの繰り出した渾身の一撃は、その防御魔法によって弾かれたのだった。


「フロンス?」


 静かに立ち上がったフロンスは、意を決した真っ直ぐな眼差しをメルトに向け始めていた。

 家畜を見下ろしたまま、メルトは鼻を鳴らす。


「ロチアートごときが魔法を扱うとは……貴様何処でそれを」

「村の子ども達を守る者として、防御魔法位は身に付けていますよ。教育係がそういった魔法を習得する事は常識かと思いますが」

「貴様。舐めた口を利くではないか……だが貴様一人が加勢した所で何になるというのだ」

「……一人ではありません」

「なんだと?」


 メルトは眉をピクリと上げて周囲を見渡すが、やはり彼等の他には、地に転がった無数の死骸位しか無い。


「かっかっか、良いだろう。家畜の惨めな人生最後の大舞台だ。虚勢を張る位させてやる」


 彼の発言を虚勢と断言したメルトであったが、そこには確かに腹を据えた男の表情がそこに落ちている。先程までへりくだっていた騎士にも物怖じしないその佇まいは、何処か威厳すらも灯している様に見えた。


「鴉紋さん。どうせこの場で朽果てる運命だったこの身、貴方の狂気に全てをかけてみたい」

「フロンス」


 そして彼は前に出ると、厳格な声音で激白を始める。


「私はロチアートだ。しかし、一介の人間と何が違う。何故この胸に迸るへの愛を押し殺さねばならない。人間と同じ様に他者を愛してはならないのだと……教育係にまで任命された私が、あろう事かそんな思いを胸に秘めていた事は、私以外の誰一人も知りません」

「貴様ぁっ家畜の分際で! それは人間に近付こうとする禁忌の思考であるぞ!」

「――――ッ」


 フロンスに向けて強烈に繰り出された槍を止めていたのは――鴉紋だった。柄を握って完全にその勢いを止めている。

 そして顔の目前に差し迫った切っ先を前にして、フロンスは続ける。


「私は自分が何者であるのかを知りたい。ロチアートでありながらサハトを愛するこの感情が何なのか、ロチアートとは、私とは何なのかを!

 鴉紋さん。あなたと一緒なら、胸を張ってこの世界に問い掛けられる」


 メルトは後方に飛び退いて鴉紋の手から槍を振りほどいた。そうして口をへの字にして、不愉快そうな声を発する。


「貴様も大罪人だ、楽には死なせんぞ! たった二人でこの数に何が出来るッ! やれ兵士た――――ッ!?」


 メルトが言葉を中断したのは、首元に痛烈な痛みを覚えたからだった。何者かが夕闇に紛れ、背後から首元に噛み付いて来た事実に、彼の思考はまだ追い付けていない。


「――なァッ! なァんだこれはッ!!」


 黒焦げのそれを即座に振り払ったメルトだったが、首の肉を深く喰い千切られ、多量の鮮血を噴き上げる。


「うがァァァッ!」


 苦悶の表情を上げたメルトは、目前で繰り広げられる地獄のような光景に衝撃を覚え、動きを止めた。


「メルト様! うわぁあっ! なんなんだこれは!?」

「近寄るな! ギャアア!」

「焼き殺せ焼き殺せっ! アァアッ!」


 兵士達の足元から、無数に転がった黒焦げの死骸がフラフラと立ち上がっている。ロチアート達は体を焼かれ、腕を切り落とされても動じること無く、目前の兵士に襲い掛かっていく。

 目を白黒とさせたメルトは、未だ理解が出来ずに立ち尽くしていた。


「なんだ……ぁ? これ? は?」


 無惨な亡骸達による襲撃は、集団に恐怖とパニックを巻き起こし、伝播させていく。


 足元に巨大な紫色の魔方陣を張ったフロンスは、そのロチアートの証である赤い瞳でもって、メルトを睨み付けた。


「一人では無いと行った筈だ」

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