第13話 教育された子ども達
「子どもたちが……子どもたちが!」
「いかんメリラ、行くな!」
子ども達を思い狼狽ろうばいしたメリラはフロンスの忠告も聞かずに爆炎の上がった方角へ走り出してしまった。
怯えたセイルが鴉紋の背に引っ付いている。
「鴉紋、怖い」
「まさか……都の奴らがここまで来たのか」
「鴉紋さん! どういう事なのです! 説明を!」
鴉紋に詰め寄ったフロンスは、眉間にシワを寄せながら真剣な面持ちをしていた。
「都で憲兵隊の隊長を名乗るドルトという男を殺した。そうして俺達はここまで逃げてきたんだ」
「な……」
フロンスは後退って顔に手をやると、まるで夢の話でも聞いているような心地になった。
「天使の子に仕える憲兵隊の隊長を……殺した? なんと愚かなッ!」
フロンスが鴉紋に掴みかかろうとすると、セイルが鴉紋の前に出て両腕を広げていた。
フロンスはセイルを見下ろすと、その震えた肩に気付く。彼女は小さな体で必死に鴉紋を守ろうとしているのだ。
「鴉紋さん……それは一体何故なのです。どんな理由があってあなたはそんな……」
そして鴉紋はフロンスへと短く答えた。
「セイルの為に」
「な……」
あの時生きたいと願った、ただ一人のロチアートの為に、鴉紋は全てを敵に回した。
フロンスは何か思った様に神妙な顔付きへと変わり、短く溜息をして、やや落ち付いてから続けていった。
「たった一人の、ロチアートを守るために……ですか?」
「セイルは俺に生きたいと願った。一人の人間として俺に助けを求めていた。そして俺には、それを叶えるだけの力と、怒りがあった」
「は……ハハ……ハハハハ……イカれている、イカれているが…………」
フロンスは夕暮れの空を仰いで一度よろめくと、鴉紋をそっと見据える。
「あなたは一人のロチアートに。愛を……注いだのですね……強大すぎる世界が敵になったとしても」
その言葉に反応を示したセイルは、耳を赤くしながら鴉紋の方にチラリと振り返る。
「ああ」
セイルはますますと顔を赤に染めていった。
「ならば……私と同じなのですね」
「は?」
「愚かだとわかっていながらに、一人のロチアートを愛した。私は貴方と違って、堂々とそう言い放つ事は出来ませんでしたけど」
「フロンス?」
肩を落として、鴉紋に対する敵意を失ってしまった様子のフロンス。すると彼の元に、村の方々から子ども達が集まってきた。
「フロンスさん!」
「みんな、フロンスさんの所へ集まれ」
「おお、子供達よ、無事だったか!」
瞬く間に、五十名程のロチアートがフロンスの周りに集まった。不思議な事に皆は朗らかに笑っている。ちなみにフロンスと年頃を同じにする者は一人もおらず、子供や、成人手前の人間しかいない様子だ。
「子ども達よ、何があったのか説明できるか?」
「うん!」
一人の少年が無邪気な笑顔でもってフロンスに答え始める。
「ネツァクの騎士様達が来てくれたんだ」
「……やはりか」
「最初は魔物かと思ったんだけど、違ったんだ! でも何でか魔法で僕達の家を焼いていくんだ」
「だから、僕達フロンスさんにお別れを言いに来たんだ!」
「え?」
フロンスの表情が固まった。しかし子供達は嬉しそうに話し続けるのである。
「騎士様達が僕らを殺したら、きっと美味しく食べてくれるんだよね!」
「私達、まだランク付けをされてないけど、お肉が必要になったからこの村に来てくれたんですよね!」
「は……待て……待てお前達……!」
「他の皆は騎士様を見たら、喜んで炎の中に飛び込んで行っちゃったんだ、でも僕達は最後に勉強を教えてくれたフロンスさんにお礼が言いたくて!」
「待つんだ……頼みますから……」
「ありがとうフロンスさん! 僕達もやっと食べて貰えるんだね! 育ててくれてありがとう!」
「あぁ……あぁぁ……!!」
教育係故にフロンスしか知らない知識は幾つもある。しかしランク付けをしない農園の焼き払いは、疫病が蔓延まんえんした際の屠殺とさつしか聞いたことがなかった。今回の件は都の騎士を殺した大罪人が農園に流れ着いたという報告による炙り出しの為だったが、村のロチアートがただ単に焼き殺され、喰われる事も無いという事をフロンスだけが理解していた。
「やめるんだ……やめるんだ子供達よ」
震えながら大粒の涙を流すフロンス。しかしロチアート達は今から楽園にでも行けるかの様な面持ちで微笑んでいる。
子どもが喜んで死んでいく光景に、鴉紋は声を震わせて訴える。
「お前達……何を言っている、目を覚ませ! どうして喜んで喰われようとする!」
「あっ、人間様だ! お兄さんも僕達を食べてくれるの?」
「お前達はみんな人間だ! 瞳が赤いだけで、俺と何一つ変わらない……人間だ! 俺が全員守ってやる…………だからッ」
「人間? 何言ってるの人間様。面白いなぁハハハ」
屈託の無い笑みに包まれながら、鴉紋は過激に訴え続ける。
「だからッ生きたいと……生きたいと願ってくれ! お前達の事は、俺が守るから! だから生きたいと! せめてそう言ってくれッ!」
「僕達は人間様に食べられる為に生きてたんだよ、だからもう、そんな事思う必要無いじゃないかハハハ!」
「……ッ」
狂喜に包まれた子ども達。フロンスは止めることが出来ないと悟って静かに泣く。鴉紋はロチアート達の価値観に絶望して立ち尽くした。
「フロンスっ!」
鴉紋は項垂れたフロンスの胸ぐらを掴む。すると彼は沈んだ瞳を彷徨さまよわせた。
「無駄……です。それに、この子達に真実も伝えられない。私達はこれから騎士様達に皆殺しにされるのです。ならばせめて、夢を見せたまま……」
「じゃあフロンスさん! 僕達は行きます!」
「待てッ! 俺から離れたら守れなくなる!」
鴉紋の言葉はもはや届かずに、子供達は笑顔で駆けていく。
「止められない……止められないんです。止められないんです。子ども達よ、どうか安らかに……あぁぁあぁぁ」
「殺させるかよ!」
鴉紋が子ども達の後を追っていく。
「ハ――――っ!」
――すると突然に、正面から迫ってきた巨大な炎の塊が、子ども達を一網打尽に包む。
鴉紋は瞬時に変化した黒い両腕で自分の身を守った。
「あぁ、子ども達……ッ子ども達よ!」
鴉紋の眼前の炎の中に、先程まで生きていた少年少女達が悶え、倒れていくシルエットが無数に映る。
「ぁぁぁぁあついぃいいいッ!!」
「ギャアアアッ!!」
「アーハハハハ! アーハハハハ!」
「だすげてぇフロンスざんぅぅう!!」
巨大な炎の渦の中から様々な阿鼻叫喚あびきょうかんが溢れだしている。そして次第に炎が弱まっていくと、そこには黒焦げになった無数の死骸が転がっているだけだった。
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