第12話 熱き思い

   *


 フロンスに呼ばれた鴉紋は、セイルと共に食卓を囲む。


「フロンス、お前だけか」

「ええ、ここは教育係の宿舎ですので、私ともう一人。今料理を作っているメリラの二人です。今頃それぞれの家で子供達も食事をしているかと」


 メリラという中年の女性が奥から現れると、鴉紋とセイルに挨拶をしてから、料理をテーブルに並べてまた奥に引っ込んでいった。野菜や穀物が中心の品々にホッとすると、鴉紋は空腹に任せてそれらを食べ始める。


「さぞ空腹だった様ですね。二日間も眠っていたので無理もないでしょう」

「二日、そんなに? フロンス、すまないな。何から何まで世話になって」

「良いのです」

「……フロンス、他にも色々と聞いていいか」


 じゃが芋のスープを飲んでいた手を止めて、フロンスは微笑んだ。彼の理知的な瞳を見つめ、鴉紋は根本的な疑問を問い掛けていた。


「どうして人間が人間の肉を食べるんだ」


 フロンスは途端にむせ込むと、胸を叩いてから水を飲んだ。


「人間が人間を……? いやいやそんな事は致しません! そんな事は禁忌中の禁忌で、悪魔の行為と呼ばれています。考えすらもしません……」


 そして何やら鴉紋が冗談を言っているとでも思ったのか、今度は腹を抱えて笑い出した。


「我々が食べるのはロチアートじゃないですか、鴉紋さん」


 フロンスは自分自身もロチアートでありながら、さも当然のようにそう答えて見せた。

 鴉紋は奥歯を噛み締めながら質問を続ける。


「他の動物は食わないのか、魚や豚や牛だとか、他に動物が居るだろう」

「動物? 聞いたことのない単語です。しかし、この世界には人類とロチアートと魔物しか居ませんから。食べられる肉はロチアートだけではないですか。魔物の肉は強い毒性がありますし」


 フロンスは鴉紋のあまりの無知に、今度は心配そうな表情を向け始めていた。

 鴉紋はつぶらな瞳で自分を見上げているセイルの手を握る。何やら赤くなっていくセイルに気付かずに、鴉紋は一人思いに耽ふける。


 ――セイルの言うとおりだ。このロチアートと呼ばれる赤い瞳は、自身も人間であるという事を完全に忘れてしまっている。


「フロンス。信じられないかもしれないが、俺はこことは別の世界から来たんだ」

「はい?」

「えっ?」


 セイルとフロンスが仰天して飛び上がるのを、鴉紋は冷静な態度で見ていた。


「俺の居た世界では、赤い瞳も含めてすべての人類が共存していた」

「鴉紋、別の世界って、それ本当に?」

「ああ」

「あっはっはっは! 鴉紋さん、お戯たわむれが過ぎますよ」


 セイルは笑わずに、真っ直ぐに鴉紋を見上げていた。


 そこでメリラが奥の部屋から大皿を持って現れて、テーブルの真ん中にそれを置いた。


「鴉紋さんとセイルちゃん。お客人が来たから今日はご馳走にしたわ、沢山食べてって」

「これは……」


 テーブルの真ん中に置かれた大皿に乗っているのは、巨大な肉の塊であった。


「お前ら……お前らさえも…………っ」

「痛いよ鴉紋」


 セイルの手を強く握りしめる鴉紋は、再びあの晩の梨理の姿を思い出して、怒りに体を震わせ始める。

 フロンスは物憂げな様子で鴉紋へと告げる。


「ええ、Eランクに認定された肉は、我々の農園で頂く事になります」

「ランク……?」


 都から指名され出荷が決まったロチアートは、病気の有無や体の欠損、脂肪、筋肉、性別、容姿を測る検査にかけられてA~Eまでのランク付けをされ、都の管理施設に送られてから市場に流通する。しかし最低のEランクに選定された者は管理施設にも送られず、ロチアートの村で食料とされるのだ。


「ええ、彼は腎臓に先天性の病がありましたから……」

「うぁぁぁああっ!!」


 血の気の引いた顔で絶叫する鴉紋。よく見ると、やはり巨大な肉には人の面影が窺えた。


「鴉紋さん!?」


 テーブルに乗った肉を見下ろしながら、鴉紋はこの怒りを何処にぶつければいいのかも分からずに、地べたに膝を着いて嘆く。


「お前らも! お前らも人間の肉を、仲間の肉を食べるのかっ! どうして……」


 涙を流して訴える鴉紋に、メリラが批判的な眼差しを向けた。


「ロチアートが……人間ですって……? そんな事を考えるあなたの方がおかしいわ」


 しかしフロンスがメリラの肩に手を置き、その先の言葉を制した。


「鴉紋さん……あなたの目に宿る怒り……まさか本当にあなたは別の世界から」

「フロンス、あなた!」

「ロチアートも人間……ですか、鴉紋さん」

「そうだっ! 何がおかしい!」


 フロンスはその真っ直ぐな瞳を見下ろしてから、何やら思うことがあったかの様に、椅子にふんぞり返って視線をさ迷わせる。


「もし仮に……そう、仮に私が人間だったとするのならば、他者を愛するという感情も赦されるのでしょうか」


 絶句し、瞳を吊り上げながらメリラが彼を糾弾する。


「フロンスっ!」

「いや、わかっているよメリラ。我々はロチアート。家畜なんだ。家畜が人間のように恋をする事など、あってはならないのだから」


 ――その時、近くから何かを吹き飛ばすような爆発音が村中に響き渡った。


 驚いた四人は家から飛び出して、夕暮れの村を見回す。するとすぐ側の空に黒煙が立ち上っていた。


「こ……これはっ!」


 フロンスが驚愕の声を上げると、一つ、二つと村の各所で爆炎が上がり始めた。

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