第三章 農園の教育者
第11話 逃走
第三章 農園の教育者
ドルトの攻撃で深刻なダメージを負った鴉紋は、セイルと共に都を後にした。
途中何度か追手による魔法攻撃を受けたが、なんとか都を脱し、今は深い森に身を隠していた。
「鴉紋。出血が……」
セイルが言うように、鴉紋の体は焼け焦げて、そこからの出血がなかなか止まらなかった。
「あまり歩けそうにない。何処か、休めるところを」
「うん」
鴉紋はセイルに肩を貸されて歩き続けた。都から追ってくる兵士達から逃げるように、深い森の奥に向かって。
*
半日ほどさ迷い続けた後に、鴉紋は青ざめた顔で地に伏せた。
「鴉紋っ! 鴉紋!」
セイルが鴉紋の顔を心配そうに覗き込んでいると、藪の方から物音がした事に気が付く。
「誰……?」
藪から姿を現したのは、赤い瞳の中年男性と少年だった。二人とも背に篭かごを担いでいる。
「君たちは?」
中年男性の方が驚いたように二人を眺めている。
「フロンスさん! あの人怪我してる!」
「なんと、これは酷い。魔法攻撃……雷魔法によるダメージだ」
篭を捨てて走り寄ってきた、フロンスという中年男性が鴉紋の体を眺めている。そのフロンスに向かってセイルは涙を溜めて懇願していた。
「お願いします。この人を、鴉紋を助けて下さい!」
「……君は、我々と同じロチアートか?」
「フロンスさん……助けてあげようよ」
フロンスの袖を掴む少年に、彼は優しげな表情を向ける。
「君は優しい子だ、カース。ならばそうしよう」
*
鴉紋は身体中に包帯を巻かれた姿で飛び起きていた。
部屋の隅の椅子に腰掛けたフロンスが、読んでいた本を置いて立ち上がる。
「目覚めたか、鴉紋さん」
「あんたは……? セイル……セイルはっ!?」
鴉紋が声を上げて立ち上がろうとした瞬間に、セイルが扉を開けて室内に入ってきた。衣服をもらった様で、スカートの裾を掴んでモジモジとしている。
「鴉紋。私は大丈夫。フロンスが助けてくれたの」
「フロンス?」
赤い瞳が微笑みながらこちらを眺めているのに気付く。
「鴉紋さん、君が無事でよかった。回復魔法をかけなければ危ないところだったんですよ」
フロンスは両の掌に白い光を発光させて鴉紋に見せる。
「あんた、赤い瞳の……」
「そうです。ここはロチアートの、家畜の村なのです」
その言葉に、鴉紋は鋭い目付きとなってベッドに拳を叩き付けていた。
「お前達は家畜などでは無いっ!」
フロンスは驚いたような表情に変わって、次に眉を下げて感嘆の声を上げる。
「なんと慈悲深いお方だ。我々ロチアートをそんな風に思ってくれるとは……。それでは鴉紋さんの慈愛に感謝して、こちらも何があったのか……は聞かないでおきましょう」
「……感謝するフロンス」
鴉紋の腹がグーと鳴った。
「食事に致しましょうか、積もる話しはその時に」
フロンスが部屋から出ていって、セイルと二人きりになった。途端に走り寄ってきたセイルは、鴉紋の胸に飛び付いた。
「痛っ……たぁ!」
「鴉紋……無事で良かったよ」
「セイル……」
胸に抱いた温かい感覚は、やはり同じ人間の物としか思えなかった。
「セイル、何がどうなってる、ここは?」
「ここは、ネツァクの近隣にあるミーシャ農園よ。フロンスは多分ここの村の教育係」
「農園? 村? 赤い瞳の人達の村があるのか?」
「鴉紋……何も知らないの?」
鴉紋が申し訳なさそうに顔をしかめるのを見て、彼女は不思議そうに話し始めた。
「ここは都の管轄するロチアートの農園なの。他の農園と同じように放牧されて、ロチアートだけの村を形成している」
「放牧? 何故逃げないんだ?」
「……ロチアートはみんな人間に食べられる事だけを生き甲斐にしているの。だから逃げ出す人なんていないわ」
赤い瞳は家畜として膨大過ぎる年月を強いられた結果、人類に服従し、食べられる事だけを至上の喜びとするだけの、従順な家畜に成り下がっているのだ。
「なんでそんな……でも、お前は逃げ出したじゃないか」
「私は……」
セイルは言いづらそうに俯きながら、長い睫毛を伏せる。
「……異常なの。昔から私は生に執着があって、人間に食べられるのなんて絶対に嫌だった。けれど村のロチアート達はみんな喜んで食用肉として出荷されていく」
「……」
「村のロチアート達はそんな私を異常だと言った……ロチアートのくせに人間ぶっている、狂っていると」
「そういう事だったのか」
「鴉紋。私はやっぱり人間じゃあ無いのかな? 瞳の色が違うだけで、他の人間達と何が違うのかな……今もこうして鴉紋と普通に話しているのに、どうして私は食べられなくちゃいけないの?」
鴉紋は下を向いたセイルを胸に抱き締めた。かつて梨理にした様に力強く。
「……っ鴉紋?」
「セイル。お前は人間だ。俺と同じ人間だ。その思いは何一つ間違っちゃいない」
「私は……間違ってない?」
「この村の人達を全員救ってやる。みんな俺達と同じ人間なんだ! 同じ人間が、人間に食われて良い訳が無い!」
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