第9話 魔法

「ん~」


 大男は顎に手をやりながら、鴉紋と少女を眺める。


「信じられんな。ロチアートを守る為に殺しをしたというのか、異能力者の青年」

「ロチアートじゃねぇ……! 梨理は人間だ!」

「ふむ、そういう事か」


 男は髭を撫でつけながら厳格な表情で腰から抜刀し、切っ先を鴉紋に向けて名乗りを上げる。


「我こそは、天使の子マニエル様に忠誠を誓いしセフトの騎士。第十九国家憲兵隊隊長ドルト・メニラ。殺しをした大罪人の貴様は、今ここで即刻この剣の錆びにしてくれよう」

「天使の子? セフト?」


 鴉紋にはドルトと名乗る男の言葉のほとんどが理解出来なかった。

 そしてハッキリとした二重の瞳が鴉紋に向けられる。


「貴様の名は?」


 濃厚な戦いの気配を感じて、鴉紋は少女を背の方に押しやる。


「終夜鴉紋」

「そうか鴉紋……!」


 異様なスピードで間を詰めてきたドルトの剣を、鴉紋はギリギリで右腕で受ける。鉄と鉄をぶつけた様な音と共に火花が散った。


「ん? なんだ貴様のその異能力は」

「知るかよそんな事」

「ふむ。だが……硬く、力がある。それだけの地味な能力だ」


 ドルトは一度飛び退くと、地に横たわった顔面を潰された男を見て眉間にシワを寄せる。


「先日のナハト村の虐殺……ヴェルト隊長をやったのも、貴様の仕業だな」


 その名を耳にすると、脳裏にあの忌々しい老人の顔が浮かぶ。

 凄惨な記憶を振り払う様にして、鴉紋は荒い口調になっていった。


「あいつらは人を殺して俺に食わせた! 俺の大切な人を、生きる意味を!」

「大罪人め。それはロチアートだろう」

「……っ!?」

「ロチアートは人ではない。だ。そんな事はこの世界の全ての者が知っている」


 ドルトが再び斬りかかる。縦に、斜めに、時には突きも交えて。


「く……」


 鴉紋は大男ながらスピードのあるドルトの剣撃を受けるだけで精一杯だ。


「左半身の守りが薄いな……カァッ!!」

「……ぐぁっ!!」


 黒くなった右腕を避ける様に、左半身に回り込みながら攻撃を繰り出し始めたドルト。その剣撃が捌ききれずに、頬や左腕にダメージを受けて出血する。


「……何がロチアートだ。あの子を見てみろ。あの子は痛いと泣き叫ぶんだ。生きたいと叫ぶんだ。瞳が赤いだけで、あとは俺達と何一つ変わらない。同じ人間だろう!!」


 鴉紋は襲い来るドルトの剣を右手で掴み取り、握り込んで砕いた。しかしドルトは怯みもせず、未だ精悍な顔付きを崩さない。


「笑止。我らは太古よりロチアートを家畜として飼い慣らしてきた。我々が食べるために奴等は生かされているのだ」


 ドルトが手を挙げ、後方の兵に合図をする。


「――――っ!? ぐあぁあ!」


 ドルトの後方から鋭い雷撃が飛んできて、鴉紋はそれを腹にくらった。始めて受ける衝撃は、内蔵に直接電流を流されているかの様な痛烈な物だった。


「があっ……なんだ、それは」

「……なんだとはなんだ鴉紋。これが魔術でなくてなんだ」


 再びドルトが手を挙げると、後方の兵達から無数の雷撃や炎の塊が飛んできた。それを右腕で薙ぎ払うが、軌道の読めない魔術での攻撃は幾つか鴉紋の体を貫いていって、燃えるような痛みと内蔵を痺れさす様な痛みに倒れ込む。


「魔術攻撃が弱点だったか、やれ! 誉れ高き魔術師たちよ」

「アアァアアッ!!」


 兵達は倒れ込んだ鴉紋に躊躇無く魔法を放ち続けた。その全てを受けながら、鴉紋は少女を見る。


「あ……もん……あもん」


 少女は拳を握り締めて、小さな声で何度も鴉紋の名を呼んでいた。

 だが鴉紋は少女の顔を見ながら、遂には動かなくなった。続け様に喰らった雷撃に、身体中が麻痺しているのだ。

 それを眺めたドルトは深い息を吐きながら、切っ先の折れた剣を鞘に納める。そして既に勝敗は決したと言いたげに踵を返し始める。


「そこのロチアートも回収しておけ。マキマの肉屋は俺の行き着けだ」


 だがそこに未だ、たどたどしい息がある事にドルトは気付いた。


「なんだまだ息があったか鴉紋。ならば……」


 ドルトはボロ雑巾の様になって横たわる鴉紋の前に仁王立ちになって、その両腕を挙げていく。


「民衆の避難は済んでいるな?」

「ハッ、ドルト様。殺人を犯した大罪人に死を」


 ドルトの構えた両手の中心に、巨大な電気の塊が形成され始めた。バチバチと音を立てる光の瞬きを、鴉紋は見上げている事しか出来ない。


「あもん……あもん! あもんっ!!」


 少女の必死の叫びが鴉紋の耳に届くと同時に、ドルトの両腕から落雷その物の様な巨大な電撃が放たれていた。


「『雷弩砲らいどほう』――ッ!!」

「カッ――――っ……梨……理…………」


 鴉紋は巨大な雷でもってその身を貫かれ、黒く肉を焦がしながら吹き飛んでいく。そして後方の鉄製の噴水に強烈に背をぶつけ、水面に沈む。


「あ……あぁ…………あああ!」


 少女は黒焦げになって宙を舞っていく鴉紋の姿を見つめながら、悲痛の声を上げていた。


「ドルト様。雷の大魔法お見事で御座いました」

「罪人は体の一片も残さず浄化されました、お見事という他無い」


 兵達の称賛を受けたドルトだったが、依然険しい表情を崩さない。


「……。本当にそう思うか」

「はい?」

「私は罪人にも敬意を払い、全力でこの大魔法を放つ。この雷撃を受けた者はこれまで、皆すべからく散りとなって霧散し、体の一部分でさえ残さなかった」

「……」

「しかし……あの男。鴉紋はどうだ。絶命している事は確かだが、体の原型はほぼ留めたままであろう」

「……ドルト様」

「ハッハッハ! あやつが異様だったのか私が衰えたかのどちらかだ! さぁ帰るぞ、ロチアートを忘れるな」

「ハッ、ドルト様」


 鴉紋は水面の中で、息も出来ずにただ横たわる。身体中が黒焦げになり、更に麻痺して動くことも叶わなかった。

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