なけなしの勇気だったんだい 彼女(降りていく小説)




 あれは忘れもしない十年前の彼の誕生日も終わった寒い残夜。

 走り続けた所為でひどく匂うはずの汗や加齢臭よりも届く。

 彼のご両親が、彼が好きだという薔薇の花の匂いが強く。

 苦手だったけど彼が好きだったから我慢できた最初は。

 けれどいつしか彼と一緒にいる未来が見えなくなり。

 薔薇の花の匂いに軽い吐き気を覚えた時に悟った。

 これ以上一緒にいたら彼を嫌いになってしまう。

 嫌いになりたくなかったから別離を決意した。

 好きだったはずなのにどうしてこうなった。

 ずっとずっとだ匂い続けるの薔薇の花が。

 消えてほしいのにいざそうなるとなぜ。

 何かが押し寄せて粉々に砕いていく。

 痛みと苦しみで悲鳴を上げる老躯。

 耐えて耐えて耐え抜いたずっと。

 忘れようとしたの一心不乱に。

 けれど無駄だったのだ全部。

 お友達からお願いします。

 差し出されたのは薔薇。

 睨むのは仕方ないの。

 彼にも自分自身に。

 伝えなくちゃね。

 彼に一箱渡す。

 友達からね。

 目を細め。

 見るの。

 眩い。

 朝。












(2022.2.13)


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一と十二と薔薇の花束 藤泉都理 @fujitori

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