坂上君は私の

イースター

第1話 憧れ


坂上 隆臣(さかがみ たかおみ)は完璧な男の子だ。

すらりとした長身に綺麗な顔。

運動も勉強も出来て、おまけにお父さんは大企業の社長。きっと将来は彼が会社を継ぐんだろうな。

私とは住んでいる世界が違うような男の子。


そしてそんな坂上君は私の“好きな人”なのだ。


「わ、私…坂上君の事が好きです。」


高校2年の夏、私は彼に告白をした。

恋人になりたいからではない、諦めたかったからだ。

絶対に手の届かない人間に恋焦がれるのは苦しいから告白をした。

私、波崎 天音(なみざき あまね)は鈍臭くて何の取り柄もない。

坂上君は当然のようにモテて、私を選ぶ理由なんてない。

だからOKを貰えるなんて思ってないし、最初から断られる事は分かっていた。

それでもどうにも落ち着かなくて、私はそわそわと髪飾りを触る。


「…君は隣のクラスの波崎さんだよね?」

「えっ!」


告白しておいて馬鹿みたいだけど、坂上君が私を認知してくれていた事に驚いた。


ほんの少しだけ、ほんの少しだけ…。

彼の答えに期待をする。


「まず、勇気を出して告白してくれてありがとう。

君みたいな素敵な女の子から好きだと言って貰えるなんて本当に幸せだよ。

でも僕なんて君には勿体無いよ。ごめんね。」


……フラれた。こんなに呆気なく。

坂上君の顔を見て、さっきの言葉は全て建前だと分かった。どうでもいいものを見る冷たい目。

諦めたくて告白した、なんて言っておきながら心は悲しみで一杯になっていた。


「あ…う、うん。いきなりごめんね…。」

「どうして謝るの?

君なら僕よりもっと素敵な男を見つけられるよ。

それじゃあ、僕は帰るね。」


坂上君はそう言うと振り向かずに帰っていく。

その後ろ姿が見えなくなった途端、私の目から涙が溢れてきた。

話した事のない子から告白されてフるなんて当たり前だ。

ううん…仮に坂上君と私が友達だったとしても彼は断っただろう。

分かっていたけどそれでも悲しくて仕方なかった。

彼にとっての私はただの背景なんだ、と気付いてしまったから。


どれだけ悲しくても時間は過ぎる。

夜が明けて、また学校が始まる。

フラれたというのに、坂上君と面識がなかった私の生活は悲しいほどに変わらない。


「今日元気なくない?」

「体調悪いの?」


クラスメイトからそう言われても、私は「風邪っぽくて」と笑いながら返すだけだった。坂上君への恋心も、告白も、玉砕も…全て秘密にしていたからだ。

そしていつものように授業を受けて、休み時間がやってきた。

けれど今日の昼休みはいつもと何かが違った。

隣の教室が妙に騒ついている。


「どうしたのかな?何か事件?」


友達の八千代と七海が廊下を覗き込む。


「ちょっと行ってみようよ。」


七海はそう言うと走り出した。

私と八千代も後を追いかけると、同じようにやってきた野次馬が沢山いた。

ひそひそ、と話す声に耳をすませる。


「嘘!?ショックなんだけど!」

「でもお似合いじゃね?」

「坂上ってファンめっちゃいるよね?嫌がらせとか大変そー。」


……坂上君?

坂上君がどうしたの?


ドキドキと高鳴る胸を抑え、人混みを掻き分けて、教室の扉へと近付く。

そこには坂上君とお昼ご飯を食べている女の子がいた。


中条 千冬(ちゅうじょう ちふゆ)さん。

しっかりと話した事はないけど、この学年で彼女を知らない人は多分いないだろう。


美人。

とにかく見た目が綺麗なのだ。

それなりに可愛い子は他にもいるけど垢抜け方がまったく違う。モデル、芸能人、そういう外見を仕事にしている人間のような雰囲気。

そんな彼女は坂上君の隣にいても、まるで違和感がなかった。


「昨日から付き合い出したんだってさ。中条さんが夜にLINEで告白したんだって。」


坂上君、彼女が出来たんだ。

私が告白してフラれたのと同じ日に。

…理屈としては当然の事だ。

私は選ぶ価値がないと判断され、代わりに中条さんが選ばれた。だってあんなに魅力的だもん。


当然であっても、それを受け止められるとは限らない。

私は涙が溢れそうになるのを必死で堪えていた。

このまま授業を受ける気にはならないし、保健室に行こうかな、と思う。

でもそれを選択する気力さえ私には残ってなかった。


それからの記憶はあまりなく、いつの間にか放課後がやってきた。


「はぁ……帰ろう。」


私は帰宅部で、友達は皆部活をしている。

だから帰りはいつも1人だ。

普通ならすぐに帰るけれど、今日は何だか心と身体がずっしりと重くて遅くまで教室に残っていた。


身体が、足が重い。

何もしたくない。

泣きたいような、それさえ出来ないほど疲れ果ててしまったような気持ちだ。


鉛のように廊下を歩く私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「まったく…今日は疲れたよ。

あんなに騒ぐ必要があるか?

本当、あいつらって下らない事が好きだよな。」

「仕方ないだろ。

にしてもお前、中条の事好きだったの?」


その声の主は坂上君と友人の東雲(しののめ)君だった。


また心臓が動き出す。

聞きたいけど聞きたくない、でも身体が動かない。

やめて…何も言わないで…。

お願いだから。


「好き?まさか、俺があんな馬鹿な女好きになる訳ないだろ?

あれくらいのレベルなら連れてても恥ずかしくないから付き合ったんだよ。

うちの学年はあいつの事を好きな奴多いから羨ましがられるだろ。」


冷淡な声が廊下に響き渡る。

何なく分かっていた事だ。坂上君が優しくない事はどうしてだか、ずっと気付いていた。

知りたくはなかったけど。


扉についた小さな窓から坂上君を見ると、遠くからでも分かるほど冷たい目をしていた。

人を見下す、冷酷な瞳。

前まではその瞳が美しい宝石ように見えたのに、今は氷のように感じた。


「あとヤってる時とかブスだと萎えるだろ?特に終わった後にブサイクな顔見ると腹立つからさ。

モテない奴なら妥協するかもしれないけど、俺はそういうのに困ってないんだよね。」


下品で残虐な言葉。

耳に入る度、心がぐちゃぐちゃに擦り潰される。


聞きたくない。

こんな事は聞きたくない。

フラれて終わり、それで良かったのに。


「……ふーん。

そういや昨日ってもう1人女の子から告白されてたよな。」

「あぁ、別に珍しくないさ。」

「波崎さんだっけ?あっちは断ったんだな。」

「はぁ?当たり前だろ。

何であんな低レベルの子と付き合わないといけないの?」


ヒュッと喉から音がした。

さっきまで重かった足が勝手に動いて下駄箱へ向かう。


告白なんてしなければ良かった。

諦めたくて、なんて強がって結局このザマだ。

自分の心に嘘をついて突っ走って、だから罰を受けたのかもしれない。


帰る途中も、ずっとあの冷たい声と表情がこびりついたままだった。


家に帰って自分の部屋に入ると、そのまま私は泣き崩れた。

悲しみに怒り、それと後悔。

身体で燻っていた色んなエネルギーが爆発して、泣いて泣いても昇華出来ない。

その日はご飯も食べず、お風呂にも入らず、泣き疲れていつの間にか寝てしまった。


朝起きると、何時間も寝た筈なのに私はとても疲れていた。靄がかかった頭と身体を起こして鏡を見ると、案の定、瞼が腫れて酷い顔になっている。それに昨日は朝から殆ど何も食べていないせいか胃もキリキリと痛む。


今日が祝日で良かった。

1日で元気になるとは思えないけど、それでもいくらかマシだ。

流石にお腹が空いたから何か食べたいけど、こんな顔で両親に会いたくない。

きっと何があったかと心配される。


どうしようと悶々としてはまたあの事を思い出して泣いて、昼前になってやっと私は1階のリビングへと降りた。

何か言われるかな、とドキドキしながら

「おはよう。」とお母さんに声をかけた。


「おはよう、遅かったねぇ。

お父さんはもう車検があるから出かけたよ。」


そう返事をしたお母さんはいつもと変わらなく見えた。

気付いてないのか、知らないふりをしているのかは分からないけど少しホッとした。

テーブルには出来立ての朝食が置いてあって、久しぶりにちゃんとした食事がとれそうだ。


「そういえば天音が寝てる時にね、おばちゃんが来たんだよ。

おばあちゃんの遺品整理出来たから、ここにあるもので欲しいのあったらあげるって。」


半年前に亡くなったお母さんの家のおばあちゃん。

遠くに住んでいたから仲が良い訳ではなかったけれど、かなり破天荒な人だったようだ。

突然心臓麻痺で亡くなったから身辺整理も出来ていなかったようで、家には沢山のよく分からないガラクタが残されていた。

かなりの量だと聞いていたけれど、机にあるのはビニール袋5枚分。ここまで減らしたのかと感心する。


私はパンを齧りながら、ビニール袋の中を漁る。

スカーフに食器、どこかの国の楽器に、謎の置物…。

…正直、欲しいものは1つもなさそうだ。

そう思いながら最後の袋を物色していると、ふと汚れた箱が目に入る。


和風の模様が彫られた古い木箱。

何故その箱に注目したのかは自分でも分からないけど、何となく気になり手に取る。

中身が知りたくて蓋を開けようとするがびくともしない。

おかしいな、と試行錯誤していると蓋部分がすっと左にスライドした。


これは秘密箱だ。

普通の箱のように開く事は出来ず、正しい手順で仕掛けを操作しないと開かない。


「ねぇ、それって…。」


お母さんが箱を見つめて呟く。


「蓋を上にスライドさせてみて。

その後は左の側面を下にして…。」


スラスラと手順を口にするお母さんに私は少し驚いた。

それでも開けた方を知っている理由は聞かず、言われるままに箱を変形させる。


9の手順を終えると「カチッ」と何かが開く音がする。


「凄い!開いちゃったね。

どうして開け方を知ってたの?」

「昔、おばあちゃんが教えてくれたから…。」


そう答えるお母さんの顔は何故か強張っていた。

聞いちゃいけない事だったのだろうか。

もしかすると何か良くないものが入っていて、パンドラの箱のように開けるべきではないのかもしれない。


「その中身、捨てた方が良いかも。

悪いけど処分して良い?」


“ああ、あの声だ”と思った。

子供には秘密にしておきたい事があった時の声。

勝手に何かを終わらせようとする時の、私は知らない方が幸せだと言いたい時の…。


「うん…良いよ。」


そうなった時、無力な私はそう答えるしかない。

どれだけ疎外感や寂しさを抱こうとも従うしかないんだ。


朝食を済ませ部屋に戻るとまた眠たくなってきて、ベッドに倒れ込む。


あんな態度をとられたら箱の中身が気になる。

知らない方が良かったとしても。

私やお母さんの出生の秘密に関わるもの?

おばあちゃんが実は犯罪を犯しててその証拠とか?

そんな事を考えていると、いつの間にか私は眠っていた。


夢の中で私はあの秘密箱の中にいた。

出ようとして壁を叩くが、びくともしない。

……息苦しい。

空気が薄くなってきたのかもしれない。


何とか呼吸をしようとしゃがみ込むと、何か柔らかいものが足に当たった。

足元を見ると、そこには坂上君が倒れていた。


「坂上君?」


坂上君の透き通る白い頬に触れると、まるで死者のように冷たかった。

驚いて私は彼を揺さぶる。


「さ…坂上君…!?

起き…て…!お…きて……。」


パニックになったせいか余計に呼吸がし辛くなる。それでも何とか坂上君を起こそうと私は揺さぶり続けた。


息苦しさと同じ速度で、視界がぼやけていく。

霞の中でゆっくりと坂上君の口が動き、何かを囁いた。

でも私には聞こえない。


「さか…がみ……くん……。」


坂上君の言葉を聞かなくちゃ。

窒息死する前に、それだけは聞かなくちゃ。

お願いだから。


ねぇ…坂上君。

私達、結局何も分かり合えなかったね。

死ぬ間際になっても聞かせてくれないの?

最後にせめてそれくらいは教えてよ。


『早く言わないと死んじゃうよ。』


暗い箱の中、あの時の坂上君と似た冷たい私の声が響き渡る。


そして私の意識は急に現実へと戻される。

目が覚めた私は夢と同じ息苦しさを覚える。

どうやら本当に息を止めていたようだ。

呼吸と、バクバクと動く鼓動を落ち着かせて辺りを見渡す。


窓の外は暗く、時計を見ると9時を示していた。

いつの間にか夜になっていたようだ。

母親も気を遣って声をかけなかったのだろうか。


とにかくカラカラに乾いた喉を潤したくて、また私は一階へ降りる。


リビングではお父さんがTVを見ていた。


「ずっと寝てたみたいだけど疲れてたのか?

お母さんの次、お風呂入りな。」

「うん…ちょっと最近勉強忙しくてさ…。

お風呂はちゃんと入るよ。」


いつもの会話。

…なのにどうしてだろう。

お父さんが何かに気付いてるように見えて、気まずくなった私は足早に冷蔵庫へと向かう。

小さいパックのオレンジジュースを飲み干し、容器を捨てようとゴミ箱を開ける。


そこにはあの秘密箱が捨ててあった。

お母さんから開けるなと言われたパンドラの箱が。


その時、私の心に小さな青い炎が芽生えた。


本能が、好奇心が、運命が…。

小さな引力が私の手を引っ張る。

そしてその箱を掴ませた。


中身が側面にあたって「からん」と音が鳴る。

気付かれたかと思ってお父さんの方を見るが相変わらずTVに夢中だ。

私は音を立てないように箱をパジャマの中に箱を隠し、キッチンを出る。


早く、この家を出ないと。

出て箱を開けないと。

何故か私はそんな使命感に駆られていた。


「ちょっとコンビニ行ってくる。」


私の言葉に反応し、お父さんはソファーから身を乗り出す。


「こんな夜遅くに?暗いし一緒にいこうか?」

「ううん、大丈夫。お菓子買うだけだから。」


後ろから聞こえる「早く帰りなよ」とか「気をつけてね」とか、そんな声に生返事をして家を飛び出す。


流石に心配されたかもしれない。

それでも私はこの箱を開けなくてはいけない。

どうしてそう思うのかは自分にも分からないけど。


外に出ると本当に真っ暗で少し怖い。

蒸し暑さも相まって、夜がねっとりと重くのしかかってくるようだ。

私はなるべく明かりがある道を通り、コンビニへ行く。


コンビニの前まで到着すると、駐車場の端に立ってパジャマから箱を取り出す。


お母さんの言葉を思い出しながらスライドさせようとすると、すでにしかけが解かれている事に気づく。


お母さんはもう中身を見たんだ。

そしてゴミ箱に捨てたんだ。

本当に危ないものや見て欲しくないものなら家のゴミ箱には捨てないはず。

だから中身を見ても良いよね?


…いいや、そんなのは言い訳だ。

お母さんは私がゴミなんて漁らないと信じて捨てたのかもしれない。


これを開けたらどうなるんだろう?

何か人生が大きく変わってしまうような気もする。

全てが壊れてしまうのかもしれない。

私はそんな恐怖や後ろめたさと同時に胸の高鳴りを感じていた。


そんな気持ちを胸に、私は箱を開けた。


中には木で作られた兵隊の人形が入っていた。

くるみ割り人形に似た洋風の人形。

後ろにはさびたネジまきがついており、その周りには「30m」「1h」「3h」と文字が彫ってあった。


あまりにも普通だったので拍子抜けする。

これは古いおもちゃだろうか?

おばあちゃんかお母さんが小さい頃に使っていたのかもしれない。


少しホッとしたのと同時に、どこかガッカリしている自分がいた。


心の何処かで、この日常を変える“何か”が入っているんじゃないかと期待していた。

でもそんなものだ。

今までの人生だってずっとそうだった。

胸を躍らせてその“何か”を探しても、あるのは落胆と失望だけだ。


もう帰ろう。

お父さんも心配している筈だ。

私は再びトボトボと夜道を歩き出す。


この人形も箱も帰ったら元の場所に捨てておこう。

そして坂上君への気持ちも一緒に手放すんだ。

明日からまたあの退屈で鈍い毎日に戻ろう。きっとそれが1番なんだから。


でも本当にそれで良いのだろうか。

私はそれで満足なんだろうか…?


「波崎さん?」


後ろから声がした。

それは聞き覚えのある声。

よく通るけれど、何処か気取ったような…。


「えっ…坂上君?」


振り向くとそこには完璧な男の子がいた。


すっと伸びた背筋と自信を感じる顔つき。

いつもの、綺麗だけれどどこか作ったような笑顔を貼り付けて彼は立っていた。


何でこんな所で会ってしまうんだ。

気持ちを手放そうと決意したばかりなのに。


「……パジャマだけどどうしたの?」

「あ、これは…!」


パジャマのまま家を出た事を思い出して恥ずかしくなる。

坂上君は高そうなスーツを着ていて、より一層自分が惨めに思えた。


「坂上君こそ…こんな所でどうしたの?」

「僕かい?

父親の会社の用事があってね、その帰り。

波崎さんはこの辺に住んでいるの?じゃないとパジャマでなんて出歩かないよね。」

「うん…家はここら辺。近くのコンビニに行ってて…。」

「コンビニに?その格好で?」

「い、急いでて…。」


またパジャマの事を言われた。

彼なりにオブラートには包んでいるけれど、やっぱり見窄らしいと思ったんだろう。

坂上君は「みっともない」と見下すような目で私を見ている。


心がぎゅっと縮む。

告白した日からずっと厄日だ。


聞きたくないのに、会いたくないのに。

まるで妙な力が働いて坂上君と引き寄せられているみたい。


「それ人形?」

「あ、えっと…うん。おばあちゃんの形見で…。」

「ネジを巻いたら歩くの?」

「多分そうだと思う。やってみようか…。」


何だか不思議な気持ちだ。

告白して振られた後の方が、坂上君を知り坂上君と話している。

そしてその方がずっと辛い。


私は人形の後ろの30mの文字の場所までネジを巻く。


ギリギリとゼンマイが動く音がした。

そのまま人形が動き出すのかと思ったが何も起こらない。

古いから壊れているのだろうか。


「動かない…壊れてるみたいだね…。」


坂上君は何も答えない。

きっと人形に好奇心を刺激されただけで、壊れた人形を持った女に興味なんてないのだろう。


「……あの、私もう帰るね。

今までありがとう。」


決別の意味を込めて私は呟く。

それでも返事をしないので不思議に思って顔を上げると、坂上君が私の視界から消えていた。

よく分からないまま今度は目線を下げる。


彼は騎士のように私の足元で跪いていた。


「…え?」


訳が分からず私はその場で固まる。


「マスター、何かご命令を。」


彼はさっきと違う声色でそう言うと、私を見上げた。

まるで忠誠を誓う主人を見つめるように。


世界の温度が…

リズムが変わったように思えた。

恐れていた事、そして同時に期待していた事。

それが今、目の前で起きている。


混乱する頭の中で、私は“あの日“を思い出す。

坂上君と初めて話したあの日を…。

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