第26話 ②
「もうっ!本当に行かないんですね!?」
「ごめんって……だから、そんな大きな声を……」
「………………」
「大人って情けないよなー」
雪凪と陽太は、死屍累々といった様の両親を呆れたように眺めた。父に至っては、最早ぴくりとも動かない。ときたまうめいているので、まあ、大丈夫なのであろう。二人とも立派な二日酔いだ。昨日の夜、泊まったホテルのバーに二人で繰り出して行って、雪凪たちが起きた時にはもうこの有様だった。
「はあ、じゃあ私たちは予定通り帝都観光してきますので!行きますよ、陽太!」
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい……へんな人には……着いてっちゃ……だめ……よ……」
「あまり……遠くには………………」
雪凪と陽太は呆れ返った目で両親を見た。将来、絶対こんなふうにはなりたくないものである。二人はそう思った。音を立てないようにドアを閉めて、タッチカードで鍵をかける。フロントにカードを預けて、外に出ると、清々しい朝の空気の匂いがした。
「わー!都会って、空気もおしゃれなんだな!」
「……」
にこにこと笑う陽太は、今にも走り出しそうだった。
「陽太。調子に乗って飛び出したり、大きな声を出したりしたら置いて行きますからね。おのぼりさんへの生暖かい眼差しを向けられるなんて、真っ平ごめんですから」
「なっ、そんなことしないって!」
「ならいいのですが……」
雪凪は冷たい眼差しを弟に向ける。
「てかさあ。帝都なら宗治郎君がいるじゃん!案内して貰えばいいのに。もしかして喧嘩中?」
「…………ちがいますけど」
「ふうん?」
陽太は、くるりとした目を瞬かせた。
「あっ……もしかして、仲悪くなった?聞かない方が良かった感じ?」
心配そうに続けられた言葉に、ぷちん、と何かが切れた。雪凪は陽太を睨みつけると、ずかずかと彼を置いて歩き出した。
「ちょ、待ってよ姉ちゃん!図星だからって怒ることなくない?!」
「はあああ!?図星じゃありません!!」
ちょっと姉ちゃん!という声を背に聞きながら、それを振り払うように歩き続ける。陽太の言葉が、綺麗に胸に突き刺さっていた。
(……喧嘩したわけじゃ、ないですもん……)
そう。喧嘩したわけじゃない。
けれど、それよりも悪いことに、
初めは、ちょっとした違和感から。
次第に、もしかしたら、という疑惑。
そして、ついに確信。
彼に、宗治郎に……避けられている。
そのことに気がついたとき、雪凪は、ただただ衝撃だった。あまりにもショックすぎて、どうにも動けないまま、夏休み入ってしまった。
そして夏休みに入ってからは、メッセージアプリを開いては閉じるを繰り返し、ため息をつき続ける日々。
今となっては、どうやって話しかけていたのか、そんなことさえ忘れてしまいそうな有様だった。
だから、早足で歩き続けた先。
ふと顔を上げて見た、街角のカフェの中に宗治郎が居るのを見たとき、衝動的に駆け寄っていたのだった。
「宗治郎くん!」
ばん、と机に手をついた衝撃で、カップが揺れる。
周囲の注目を集めてしまったことに気づいた雪凪は、ばつがわるそうに宗治郎に聞いた。
「……ここ、座っても?」
「……どうぞ」
「……」
「……」
無言で向かい合うこと数十秒。
意を決して雪凪が口を開いたときだった。
「そ…」
「ご注文は決まりましたか?」
「え、あ……」
やけに早くないだろうか。
ついつい、不満気に見上げた先にいたのは、学生ほどの女性(もしかしたら、高校生かもしれない)だった。
やけにきらきらとした、まさに興味津々、といった目を向けられて呆気に取られる。何故、と思ったところで思い至った。間違いなく宗治郎のせいだ。
そう言えば絶世の美少年だった。おそらく、喫茶店に入った時から注目されていたのだろう。気付いてみれば周囲の視線もちらちらと感じる。
そりゃそうだ。私でも見る。それに最近、ちょっと大人っぽくなってきたというか、陰があるというか……やっぱり女性ってそういうのに弱いですよね?…ん?あれ?ってことは、私もそれにばっちり当てはまっているってことです?ち、違いますよ宗治郎くん!たしかに始まりは顔でしたが……って始まりから今に至るまで何もかわら「ロイヤルミルクティーをアイスでお願いします」
「かしこまりました!」
「って、え?」
店員の女性は軽やかなステップで去っていった。
「え?二杯目です?」
「そんなわけないだろ。雪凪のだよ」
「ええ……勝手に注文……俺様ですか?俺様なんですか?」
「またわけわからないこと……雪凪が妄想に夢中になってるからだろ」
(……なんか、機嫌悪くないですか??)
未だかつてないほど雑な扱いをされて、雪凪の鼓動はうっかり高鳴った。
「なんでしょう、この気持ち……新しい扉を開きました」
なので、思ったことをそのまま伝えたのだが、帰ってきたのは非常に残念なものをみる眼差しだった。それを見て、初めと比べてだいぶ表情が豊かになったなあ……なんて、雪凪はぼんやりと考えた。
「また、変なこと考えている……」
「失礼ですね。宗治郎くんのことしか考えてませんよ」
「……すぐにそういうことを言う……」
単に事実を述べただけなのだが、ふざけていると思われただろうか。
「もはや、宗治郎くんに隠すことは何一つありませんから。あはは」
「そういう問題?」
「嫌なら気をつけますけど…嫌われたくないんで……ってそうでした!最近、わたしのこと避けてますよね?何か、気に触るようなこと、しちゃいましたか……?」
「そんなことないよ」
「じゃあ何で避けてたんですか?」
「……避けてない」
「絶対避けてた」
「避けてない」
「さーけーてーたー!」
「避けてないってば!」
「へー、ふーん、じゃあこのあと帝都案内をしてくださいよ!なんか暇そうだし」
「暇ってわけじゃ……」
と、言葉を続けつつ、その先が見当たらない。そんなことは普段はなくて、嘘でも本当のことのようにすらすらと出てくるのに、雪凪の前だと、うまくいかない。
「ふ……暇なんですね。ぼっちな宗治郎くん、可愛いですね〜」
しかし、流石に今のはイラッとした。
にまにまと馬鹿にしたような笑みを浮かべる雪凪に、宗治郎は青筋を立てながら笑いかける。
「へえ?人のこと言えるの?そっちだって、ぼっちで帝都観光じゃないか」
「ふ、何を言ってるんですかこっちは家族で………………ああああああああああ!」
「雪凪、周りに迷惑だよ…………すみません」
後半の言葉を近くの客に向けて、軽く頭を下げていた宗治郎の肩をがっしりと雪凪は掴んだ。
「わ、何!?」
「あわわわわよ、陽太が!よ、陽太が陽太があ!」
「落ち着いて。陽太くんがどうしたの?」
「よ、陽太を置いてきちゃいました!!!」
真っ青になった雪凪は、慌てて立ち上がり、今すぐにでも飛び出して行きそうな様子だった。
「ど、どうしましょう!?あんな純粋でお馬鹿な子が帝都ふらふらしてたら、連れ去られちゃいます!!」
「わかった。一緒に探そう。でも、それにはまず雪凪が落ち着かないと。詳しく教えて?」
「は、はい……その…………」
穏やかな声に促されて、雪凪は深呼吸をした。そうして、はぐれたときの状況について説明し始めた。
「あ!ねーちゃん!」
「陽太っ!」
陽太は雪凪の姿を視界に収めるや否や、すくっと立ち上がった。
「お姉さん、見つかったかい?」
「はい、お騒がせしました!」
陽太は、紺色の制服を纏った……つまり、交番の警察官に向けて、しっかりとお辞儀をした。
「いやいや、よかったよ。もうお姉さんが
「うん!」
その言葉を聞いて、雪凪は固まった。若手の警察官は微笑ましそうだった。それを見て、宗治郎が口元を押さえる。
「……ふ……んんっ」
「………………笑いましたね?今、笑いましたよね??」
「わ、笑ってな……あはははは」
「!!!!!」
心外!といった様子で、わなわなと震える様が、さらに宗治郎の笑いを誘う。
「あれー?宗治郎くんだ!久しぶり!」
「はは…よ、陽太くん、こんにちは」
「一年ぶりだけど、宗治郎くんって変わらないね!いつも笑ってる」
にこにこと邪気のない笑顔を向けられて、宗治郎は目を瞬かせた。
「そう、かな…?」
「えー、よく言われない?わらいじょうごってやつだよ。多分」
「あんまり言われないかな」
「へえ〜意外〜」
「も、もうとりあえずここから離れますよ!……ありがとうございました……」
顔を赤くした雪凪が、交番の警察官にぺこぺこ頭を下げながら、二人の腕をぐいぐいと引っ張る。
「ねーちゃんどこ行くの〜おれ、暑くてしにそーなんだけど……」
「軟弱ですよ!暑さくらい我慢しなさい!」
「………………ねーちゃん、さっきまでどこにいたのさ」
「…………」
半眼で見上げてくる弟に、雪凪は何も言い返すことができなかった。
「雪凪は、冷房の効いた場所で冷たい飲み物飲んでたよ」
「ええ!?何それー!ずーるーいーーーー!!」
「う……」
ぽかぽかと軽い力で背中を叩いてくる陽太を、雪凪は振り払うことができない。
「きちんと謝れるのが年長者だよね」
「そうだそうだー!ちゃんと謝れー!俺、一人で取り残されて心細かったんだからなー!」
「う……ご、ごめんなさい。連れ去られて人身売買や身代金要求や、富士の樹海で発見だなんてことにならなくて、ほんとーによかったです……」
「……」
「……」
「なんです?二人揃って……」
勢いよく下げた頭をおそるおそる上げると、宗治郎と陽太はなんとも言えぬ顔で雪凪を見下ろしていた。
「……て、帝都……こわい…………」
「陽太くん、そんなことないから……」
学園で絶対王政敷いている魔王様が日々友達のかわりに下僕を量産していることをモブであるわたしだけが知っている まふ @uraramisato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。学園で絶対王政敷いている魔王様が日々友達のかわりに下僕を量産していることをモブであるわたしだけが知っているの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます