第27話

 神様はパチン、と指を鳴らした。すると真っ白な靄のような天井から、ぬっと艶のある黒い物体が姿を現した。ばさり、ばさりと空を切る音がする。


「あっ、お前は……」

「君たちの言う黒鳥だよ。本来はこんな色なんだけどね」


 再度指を鳴らす神様。すると黒鳥の羽毛が散らばり、光に包まれ、すぐさま新たな羽毛が生えそろった。虹色だ。


 俺が馬鹿みたいにぽかんと口を開けて見ていると、キュイッ、と愛嬌のある声で黒鳥、否、虹色鳥は鳴き声を上げた。


「僕はね、闘也くん。君を見込んだ。君に懸けようと思うんだ。三つの種族を統率し、暗黒種族を駆逐する者として」

「えっ? はっ? お、おいおい、買い被らないでくれよ、俺はただの引きこもりのニートで――」

「それは元いた世界での話だろう?」


 神様は微かに口角を上げた。


「君はこの世界で生まれ変わった。英雄なんて陳腐な言葉は使わないけれど、三つの種族の次期頭首たちに仲間意識を持たせ、停戦に持ち込んだ君は類稀なる才能の持ち主だ。いや、正義漢と言った方がいいのかな」

「む……」

「僕は彼女――虹色鳥を島のあちこちに派遣して、三種族それぞれに、リーダーが一致団結したことを告げて回る。そして暗黒種族の本拠地に攻め込むよう、皆に促すことにする」

「いや、俺は反対だ」


 俺は再び立ち上がり、唾を飛ばした。


「戦いたくない人もいるかもしれないじゃないか!」

「もちろん、僕が洗脳して無理やり戦わせることはできるけどね」


 やれやれとかぶりを振る神様。


「それでは君の信念を裏切ることになる。争い事はできるだけ抹消していきたいという、ね」

「分かってくれてたのか」

「まあね。別に変な能力を使ったわけじゃない。ただの人間観察さ」


 すると、神様の顔からするっ、と感情が滑り落ちた。真顔でぐいっと腰を折って深々とお辞儀をする。


「どうしたんだ、突然?」

「誠にすまない」


 俺が立ち竦んでいると、神様は真剣な態度と声音でそう言った。


「争いが嫌いだということは、君のご両親が離婚した、という過去があることから察してはいたんだ。さぞ辛かっただろう。僕は誰の子供でもないから、想像するのは難しいけれどね」


 それから真顔のまま、すっと顔を上げた。


「頼む、倉野内闘也くん。君の人望と人脈が頼りなんだ。暗黒種族の殲滅を頼みたい」


 正直、肩透かしを食らった気分だった。

 なんだ、俺がやろうとしていたことと同じじゃないか。


 俺は強い目で神様を見返した。


「一つ、条件がある」

「何だい? 何でも言ってほしい」

「隣の部屋にいるサンやエミ、それにベルを説得してほしい。彼女たちが実戦部隊の長だ。もしあんたにそれができなければ、俺はこの話を断る」


 神様が短い溜息をついた直後。


《そいつぁ心配ねえぜ、トウヤ!》

「サン?」


 壁の向こうから明るい声がした。


《そっちの話は聞かせてもらった。エミもベルも異論はないそうだ》

「そうか」


 俺は胸に手を当てて、深呼吸を一つ。もし三人が断っても、俺一人で暗黒種族に立ち向かうつもりだったのだが。


 すると神様は真剣な表情を崩さずに、振り返って虹色鳥に向かって言った。


「聞いていたな、フェニー? 島を半周して、皆に知らせてくれ」


 虹色鳥・フェニーはすぐさま飛び上がり、現れた時同様に靄の向こうに姿を消した。


「では、君と隣室の三人を結界の外へワープさせる。健闘を祈るよ、闘也くん」

「ああ、任せとけ。暗黒種族の連中は、一匹残さずぶっ倒してやる」


         ※


 その日の夜、俺たちは再び魔術師たちの住居である洞窟で世話になることになった。


「はい。――はい、了解。よろしく頼みます」


 無線機を手にしているのはエミだ。


「明朝には、機甲化種族の本隊がここに到着します」


 その隣では、ベルから水晶玉を借りたサンが怒鳴り声を上げていた。


「長老、皆の先導頼むぜ! また暗黒の魔法陣を踏んづけないようにな!」

《分かっとるわい! 皆に伝える! それに儂の耳はそんなに衰えてはおらんわ!》


 協調しようとしているのか喧嘩しているのか分からないが、どうやら連絡は取れたらしい。武闘家種族の連中は、暗黒種族を俺たちと共に挟撃すべく、島を反対回りにやって来るという。


 やれるだけのことをやろう。俺が腹を括って自室に入ると、そこにはベルがいた。

 どうやら俺は、彼女に懐かれてしまったらしい。


「大丈夫か、ベル?」

「平気……だったら今あたしはここにはいない」

「だよな」


 三角帽を脱いだベルは、以前よりも幼く見えた。


「心配ばっかりしても仕方ねえ。俺がなんとかするから、お前も頑張ってくれ。そうでなけりゃ、勝てる戦も勝てやしねえ」

「うん。じゃあ、おやすみなさい」


 あれ? もう大丈夫なのか? 俺が疑問を抱くと同時、ベルはこう言った。


「もし死んでも、父様と母様のところに行くだけだもんね」

「っておい!」


 俺は慌ててベッドから立ち上がり、ベルの肩を掴んだ。

 びっくりして目を丸くするベルを相手に、俺はこう言い放った。


「それはもっと年を食ってから言うもんだ。俺が守ってやる」

「本当?」

「嘘つける状況かよ、馬鹿……」

「……ありがとう」


 はっとした。ベルの笑顔を見るのはこれが初めてだ。

 俺は瞼の裏にその姿を焼きつけ、ゆっくり休めよ、と言ってベルが退室するのを見送った。


         ※


 翌日。

 ずどどどどどどど……という轟音に鼓膜を震わされ、俺は跳び起きた。


「何だ? 何事だ! 暗黒種族の襲撃か!」


 扉のノブに手をかけようとして、俺は手を引っ込めた。テーブルの上の水晶玉で、外の様子を窺えるじゃないか。

 俺が振り返ると、まさに水晶玉が輝き出すところだった。同時に、今度は鬨の声が響き渡る。


 水晶玉に映されたのは、その強靭な筋肉で身を包んだ男たちだった。間違いなく武闘家の連中だろ、これ。一晩で駆けつけるとは、そしてこれほど元気でいるとは、流石というか何というか……。


 すっかり目が覚めてしまった俺は、そのまま起床することにした。筋肉馬鹿共に触発されて、なんだか自分までもが腕っぷしが強くなった錯覚に陥る。

 しかし、脳みそまで筋肉になりかけた時、俺ははっと気がついた。


「あ、ああ、ああああああああ!」


 あの馬鹿共! 武闘家種族は、島を半周して暗黒種族を挟撃するはずだったじゃねえか! こっちに来てどうする!


 俺は慌てて部屋を飛び出し、しかし出入口がどこにあるのか分からずに戸惑った。


「おう、早いな、トウヤ」

「あっ、サン!」


 俺は彼女に詰め寄った。


「どういうことだよ、あれ!」

「あれ、って?」

「武闘家種族の連中! 挟撃するはずなのに、こっちに来ちまったら意味ねえじゃんか!」

「え? マジ?」

「マジだよ、とにかく地上に出ねえと――」


 すると、いつの間に俺の背後に回り込んでいたのか、くいくいと袖を引かれる感触があった。ベルに違いない。


「ベル、一旦俺たちを洞窟から出してくれ! あいつら……!」


 と、俺が言いきる前に、ベルは俺とサンの手を片手ずつ取り合った。

 何度目か分からない、瞬間移動。そうして移動した先にいたのは、大規模部隊を有する機甲化種族だった。そこにはエミの姿もある。


 こちらは計画通りだからいいとして。


「やって来たぞお、サン!」

「おう!」


 野太い声に振り返ると、十人ばかりの武闘家たちがいた。野性味あふれる顔つきで、熊のような笑みを浮かべている。


「あれ? 少なくないか?」

「おお、これはトウヤ殿!」


 十人のうちのリーダー格と思しき男性(大振りの斧を手にしている)が、俺の前にひざまずいた。


「武闘家種族精鋭部隊、只今参上つかまつった」

「そ、それは有難いんだが、他には? 武闘家たちはもっといただろう?」

「申し訳ありませぬ、トウヤ殿。長老が、もうじき暗黒種族が自分たちの下へ攻めてくる、と申しておりましてな。これ以上の戦力を割くことができませんでした。面目ない!」


 ふうむ、それは仕方がない。そっちはそっちで戦ってもらうしかないのか。

 俺がざっと見渡すと、武闘家の連中は確かに精鋭だった。肉団子に棘付き鉄球を装備させたようなやつ、細身だが凄まじい二刀流を繰り出す優男、俊足で跳躍しまくる槍使いの小柄な少年。


 バリエーションに富んだ武闘家たちに比べ、機甲化種族は逆に統率が取れていた。皆同じ規格の自動小銃に迷彩服、手榴弾。

 装備の異なる者がいるとすれば、対戦車ロケット砲や無線機を担いだ者たちだ。


(皆、聞いてくれ)


 魔術師特有の、ふんわりした思念が飛んできた。どうやら作戦概要について説明があるらしい。まあ、暗黒種族の魔法陣に気をつけつつ、敵をばったばったとぶっ倒していく以外の作戦なんてありゃしないんだが。


 まったくその通りのことが皆に伝えられ、勢いよく『押忍!』だの『了解!』だの『御意!』だのと、てんでバラバラな返答がなされた。


 やれやれ、どうなることやら。

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