第28話


         ※


 俺たちは、自分たちがやって来たのと同じ向きに、半円を描くようにして進撃した。

 草原、密林、砂漠と、たった一日の移動で随分と様相は変化した。怪物がたくさん現れたが、こいつらは各種族たちの素早い対応で追い払うことに成功している。

 俺や種族の長たちは、完全に体力を温存したままだ。


 さて、問題は――。


「ここが、暗黒地帯か」


 俺は目を凝らし、眼下に広がる広大なクレーターのような窪みを見つめた。そこには薄っすらと黒煙がかかっており、さらにその向こうには、真っ黒な人型の物体、すなわち暗黒種族の姿が見て取れた。


 こちらが気づかれた様子はない。だが、視界があまり利かず、敵の総戦力を推し測れないままに突撃するのは無謀というものだ。空にも暗雲が立ち込めているし。

 せめて、クレーター内の地形でも分かれば。俺がそう思った、その時だった。


 キュイッ、と聞き覚えのある声がした。この声、フェニーか?

 俺がはっとして顔を上げる。すると、見る見るうちに暗雲が切り裂かれ、真夏の日光が降り注いだ。

 そちらに気を取られる暗黒種族たち。しかしその時、既にフェニーの姿は上空にはなかった。


「あそこか!」


 皆より目が冴えていたからだろう、俺はクレーター内部を飛翔し、黒煙を振り払うフェニーの姿を見つけた。と思ったら、すでに暗黒種族の頭部を突くようにして、フェニーは攻撃態勢に移っている。好機到来だ。


「皆、攻撃開始! 俺と、サンを始めとした武闘家が突撃する! 機甲化と魔術師の皆は援護!」


 再びてんでばらばらな、しかし士気旺盛な声がして、皆が自分たちなりの攻撃を開始した。


 武闘家はそれぞれの得物を手に、クレーターを滑り降りるように爆走。目の前に現れた黒い人影を、片っ端から狩っていく。

 もちろん隙はある。しかし、そこは機甲化の巧みな射撃によって見事に埋められた。

 また、一旦距離を取る場合は、魔術師たちの魔法陣がバリアの役割を果たしてくれた。


 かく言う俺はと言えば、ひたすらに四肢を振り回しながら、今までこの世界で出会った人々のことを思い出していた。

 

 神様は言っていた。俺の心にある壁の厚さが、俺の防御力に転嫁されているのだと。

 しかし、今は守るばかりでは勝負にならない。攻めなければならない時なのだ。

 であれば、防御力をさらに攻撃力と俊敏性に転嫁させねばなるまい。


 実際のところ、俺は強かった。

 暗黒種族たちの牙や爪、尻尾には注意が必要だ。だが、跳躍して頭部を踏みつけ、そのまま首をへし折ることができたし、渾身のストレートで胴体をぶち抜いたり、回転蹴りで五、六体の暗黒共をぶっ飛ばしたりすることもできた。


 俺がふっと息をついたその時、一体の暗黒種族が飛び出してきた。どうやら武闘家の剣戟のリーチから逃れ、攻撃目標を俺に定め直したらしい。


 俺たちにはなくて、暗黒種族にはある攻撃。それはずばり、尻尾の先端にある槍で相手を串刺しにすることだ。

 だが生憎、俺はその戦法を知っている。

 突き出された尻尾の先端を目で追って、俺は棘の生えていない、真ん中あたりを両手で握り込んだ。


「ジャイアントスウィングって知ってるか?」


 そう言って、俺は相手をぐるんぐるんとぶん回した。

 すると、猛烈な風圧で相手の身体はひしゃげ、更には竜巻のような突風がクレーター内部で吹き荒れた。


 機甲化と魔術師の巧みな援護により、突風は味方のいない方へと勢いを増して流れていく。それに乗せられた他の暗黒共もまた、凄まじい勢いで吹っ飛ばされる。そうしてあたりには、暗黒種族にとって阿鼻叫喚の光景が広がることになった。


 微かな灼熱感を覚え、俺はシャツの上から腹筋に手を当てた。僅かながら出血している。俺は手先に付着したその血を口に含み、ぷっと唾棄した。


 ふん、俺たちが本気を出せばこんなものだ。皆が力を合わせれば、暗黒種族などどうってことはない。これで皆が一致団結して勝利を収めた、という事実が歴史として語り継がれれば、きっと種族間の対立はなくなり平和が訪れる。


 それが甘い幻想だと知るのに、俺は十数秒の時間を要した。

 ばたばたと倒れていく暗黒種族たち。ん? 攻撃していない奴まで倒れているが、これは一体どういうわけだ?


 濛々と立ち昇る黒煙。それらは上空で、一つの形を取り始める。まるで、暗黒種族たちの魂が凝集していくかのように。


「何をやろうってんだ……」


 俺が目を凝らしていると、そこに見覚えのある姿が現れ出てくるのが分かった。

 こいつは――。


「総員、対空戦闘用意! 敵は飛べるぞ!」


 振り返りざまに俺は叫んだ。

 神様に会いに行く前、エミが見せてくれた書類にあった。ルビーのような瞳を持つ、巨大な怪物。通称『黒龍』だ。


 身体の中央部にある鰓を大きく左右に展開し、後ろ足を思いっきり踏ん張って宙に浮きあがる黒龍。

 俺の声が上手く伝達されたのか、機甲化・魔術師の連中が総攻撃を開始した。黒龍の起こす暴風に巻き込まれないよう、武闘家たちはその場で伏せる。


「畜生! ちゃんと地面で勝負しろ!」

「言ってる場合じゃないぞ、サン! 奴が落ちてきたら、俺たちの手で斬り刻むんだからな!」

「そうか! じゃあさっさと落ちてきて勝負しろ!」


 ううむ、あんまり言ってることが変わらないな。

 俺は状況をよく見定めるべく、クレーターを勢いよく駆けあがった。


「エミ! 状況はどうなってる?」

「地上の暗黒種族たちは、全個体が活動を停止しました! 原因は恐らく――」

「暗黒たちの魂が合体して、あの龍を形作ってる」


 そう言って割り込んできたのはベルだ。

 ベルがそう言うということは、科学的には証明できない、何らかの精神の流れのようなものがあるのだろう。


「トウヤさん、伏せて!」


 言うが早いか、エミは持っていた自動小銃をわきに置いた。流れるような動作で背中に手を回すと、短く格納された筒状の物体が現れる。がちゃがちゃと展開し、組み立てる。すると、それは大口径の機関銃になった。


「あたしが援護する。あなたは銃撃を、エミ」

「お願いします、ベル」


 ダンダンダンダン、と轟音が響き、巨大な薬莢が排出されて俺の目の前に落ちてくる。

 同時にあちこちから、白い尾を引いてロケット砲が叩き込まれていく。

 爆炎と黒煙が交互に現れ、空を真っ黒に染めては消える。


 ゴォン、と巨大な鐘の音のような鳴き声を上げて、黒龍は身をよじった。

 多少のダメージにはなったという証拠だろう。ざまあみろ。

 だが、そんな安易な考えはすぐさま霧散させられることになった。


 黒煙を裂くようにして、赤紫色の光線が発せられたのだ。咄嗟に魔術師たちが魔法陣を展開する。しかし、魔法陣には横一線に傷が入り、割られてしまう者もいた。死者や重傷者が出なかったのは奇跡だろう。


 エミが、隣で伏せている味方から無線機のマイクを受け取る。


「第二射、攻撃準備! 翼を狙って! なんとしてでも目標を撃墜せよ!」


 いつの間にか、エミにも貫禄がついたような気がした。口調もはきはきとして、状況判断と命令内容に迷いがない。

 俺が感心しているうちに、エミは弾倉を交換し、自らも攻撃を再開した。しかし、あっという間に球が切れる。


「くっ!」


 三つ目の弾倉を叩き込もうとするエミ。だが、俺には見えた。黒龍が次の光線のエネルギーを口内にため込むのが。


「エミ、伏せろ!」


 そう言ってエミの肘を引いた、次の瞬間だった。

 再度、黒龍が光線で俺たちを薙ぎ払わんとした。宙を舞った大口径機関銃が、上空で真っ二つにされる。


 皆が怯んだところで、黒龍は思いがけない行動に出た。地上にいる俺たちめがけて突っ込んできたのだ。

 俺ははっきりと見た。黒龍は、ほぼ完全に無傷だ。鱗が剥がれている部分もあるが、それが致命傷だとは思えない。


 ゴオオオッ、と重厚な鳴き声と共に低空にやって来た黒龍は、勢いよく身体を回転させた。その柔軟さと鱗の硬質さを兼ね備えた強靭な尻尾が、凄まじい速度と質量を以て迫ってくる。


「皆、伏せろおっ!」


 向かって左から迫る尻尾。俺は敢えてそちらに跳んで、左端に陣取った。それからすっと両腕を上げ、尻尾にぶつかるようにダッシュした。


「させるかあっ!」


 ドッ、という鈍い衝撃と共に、互いの身体がぶつかり合う。


「ぐっ、はあっ!」


 流石にジャイアントスウィングを決められるような図体の相手ではない。かといって、このまま呆気なく吹っ飛ばされるつもりもない。

 とにかく、時間を稼いで皆が尻尾の軌道上から逃げられるだけの余裕を持たせられればいい。

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