第24話
俺は勢いよく部屋を出て、皆が瞬間移動して戻ってくる広間へと駆けた。
エミと彼女を出迎えた魔術師たちが次々に戻ってくる。そういえば、瞬間移動で戻ってくる人間を外から見るのは初めてだな。
天使の環のような白い光が、二メートルほどの高さの部分にいくつか現れる。それがさっと地面に下りていくと、その一つ一つに真っ白な人影が見えた。その輝きが収まる頃には、魔術師たち数名とエミの姿が見えてきた。
「エミ、無事か!」
「ああ、トウヤさん!」
「うおっ!?」
エミは駆け寄ってきて、唐突に俺に抱き着いた。自分たち機甲化と相性の悪い魔術師たちに囲まれていたのだから、よっぽど不安だったのだろう。しかし、くっついてくるのは正直勘弁願いたい。胸が……いや、これ以上は言うまい。
「あっ、ごめんなさい。はしたないことを……」
「ああ、いや」
俺は赤面したのを隠すべく、顔を逸らす。
「ところでさっきの書状だけど、一体何が書いてあったんだ?」
「それがですね、万が一の話なのですけれど……」
大きく頷くと、エミは慎重に言葉を選びながら語り出した。
百年前に機甲化種族の下を訪れた異界の人間は、当時の武闘家種族の長老から書状を預かっていたらしい。
俺の場合と違うのは、二通あったということ。一つは高位の魔術師に結界を破ることを要請するもの。もう一つは、万が一高位の魔術師が不在の場合、皆で協力して結界を破るための特別な呪文を記録したものだそうだ。
この当時から、既に武闘家・機甲化・魔術師の三種族には、密接な関係があったと推察される。
しかし俺の前任者も、俺同様に機甲化種族の陣地で暗黒種族に襲われてしまった。その際、辛うじてデータ化に成功したのが、特別な呪文を記した書状なのだそうだ。
「その第二の書状は、今、魔術師の皆さんが精査しています。魔術師のほぼ全員の力を結集してその呪文を唱えれば、『神の座』に至る山への結界も破ることができると」
「そうか」
俺は大きくため息をついてから、エミを正面から見つめた。
「ありがとう、エミ。お前が勇気を持って来てくれなくちゃ、結界を破れずになんにもできなくなるところだった」
「あっ、いえ、余計なお世話かもしれないとは思ったのですけれど、高位の魔術師様もかなりのご高齢だと聞いておりましたので、お一人の力では限界があるかもしれないと……」
もごもごと言葉を繋ぐエミ。頬を朱に染めながら俯く彼女を見つめていると、くいくいと袖を引かれる感じがした。
「ん?」
振り返ると誰もいない――かと思いきや、三角帽が目に入った。視線を下ろすと、そこにいたのはベルだ。
「おう、どうした?」
「解析終わった。明日の朝、皆で山の麓に行って結界を破るって」
「そうか。お前らにも迷惑かけるなあ」
「気にしないで。これは、あたしたちにしかできないことだから。だけど……」
突然、ベルの顔が曇った。そして見る見るうちに、その両眼から水滴が溢れてくる。
「父様は死んじゃったし、母様ももういないし……。あたし、一人っきりになっちゃった……」
俺は心臓が握り潰されるような感覚に襲われた。ベルの言う通りだ。
これは良い悪いの問題ではないが、魔術師種族はお互いの繋がりというか、関係性が淡泊な気がする。
仮に親代わりの大人が見つかったとして、ベルはそれで大丈夫なのだろうか?
ベルが父親を亡くしたのも、責任の一端はサンを止められなかった俺にある。
こうなったら――。
「ベル、もし俺でよかったら、お前の兄貴分になってやるぞ」
「あにき? お兄ちゃん?」
「ああ、そうだ」
誤解のないようにしたいのだが、俺はロリコンじゃない。だが、ベルが欲しているのは家族愛のようなものだ。だったら、俺が彼女の保護者的ポジションに就くしかない。
俺はベルと目の高さを合わせ、軽く頬を撫でてやった。と、その時。
「あー、ごほん! お取込み中すまねえな、トウヤ」
「ん? どうしたんだ、サン? 柱の陰から出て来いよ」
「い、いやあ~、その……」
サンは軽く喉を震わせながら、のっそりと姿を見せた。
「あの、だな、あたいからも言いたいことがあってだな」
「だから何だよ? 歯切れ悪いな」
するとサンはキッと目を上げ、俺を睨んでこう言った。
「あたいと結婚してくれ!」
「ぶふっ!?」
俺は思いっきり吹き出した。
「なっ、ななな何を突然……!?」
「ほら、あたいって顔は悪くないだろ? プロポーションだって自信あるし」
「そういう問題じゃねえ!」
「ん……。本当は、ベルに罪滅ぼしをしてやりたいんだ。もしトウヤとあたいが結婚して、ベルの義理の両親になれば、その、そばでベルを守ってやれるな、って」
「まあ、その前に魔術師たちとベル本人の許諾が必要だろうけどな」
俺は冗談半分に言ったつもりだった。しかしサンはベルの前で片膝をつき、項垂れるようにしてこう言った。
「あたいをあんたの保護者と認めてくれ。奴隷でも構わない。あたいはあんたの親父さんの仇だ、ベル・リアンナ。もし殺したければ、人思いにやってくれ」
それから十秒近い沈黙があった。やや荒いサンの呼吸音だけが、俺たちの鼓膜を震わせる。だが、ベルの発した言葉は意外なものだった。
「サン・グラウンズ、あなたは暗黒種族に操られていた。あなたに罪はない」
「いや、ある! 操られていたのは事実だけど……でも、責任を取る義務はある!」
「そうかもしれない。でも、あたしはあなたを許したい。まだ父様が亡くなったばかりで実感はないけれど、でも、あなたはあたしが裁いていい相手じゃない」
その言葉に、サンはゆっくりと顔を上げた。
「ベル・リアンナ、あたいは一生あんたを守るよ。このサーベルに誓ってね」
不敵な笑みを浮かべ、自分の背中に手を遣るサン。どうやら調子を取り戻しつつあるらしい。
なんとか丸く収まったようだ。ふうっ、と息をついて額の汗を拭うと、ちょうどエミと目が合いかけた。しかしその目は、じっとサンとベルを睨んでいる。
「待ってください」
「どうした、エミ?」
「私のことも忘れないでいただきたいのですが」
「わっ、忘れてたわけじゃねえよ! な、サンもベルも!」
「ん? 何の話だ、トウヤ?」
サンのとぼけた言葉遣いに、エミも堪忍袋の緒が切れたらしい。
「これだからあなたたちは! 確かに私は、銃火器がないとまともに戦えないかもしれません。でも、トウヤさんの行く道を、共に歩む覚悟はあります! サン、もしあなたがベルの許しを得られずにトウヤさんとの婚約を破棄することになったら、私がトウヤさんと結婚します!」
今度は開いた顎が塞がらなくなった。どうしてこいつら、俺を取り合ってるんだ?
俺は四方八方からぎゃあぎゃあと怒声が飛び交うのを聞かされ、すっかり体力を消耗してしまった。
まったく、異性というのは何を考えてるか分からんものである。
※
翌日、ちょうど朝日が昇る頃。
洞窟内にいるのにどうして時間が分かったのかと言えば、水晶玉がスマホのアラームのように音を鳴らしてくれたからだ。
何事かと覗き込むと、既に日が昇っていたというわけ。
《お、トウヤのやつ、ようやく目覚めたみたいだな》
《おはようございます、トウヤさん!》
サン、エミが水晶玉越しに声をかけてくる。おはようさん、と返事をしたところで、俺の部屋の扉がノックされた。
「はい?」
「あたし、ベル」
「おう、どうした?」
こちらから扉を開け、ベルに入室を促す。てくてくと入ってきたベルは、昨日と同じ三角帽を被っていた。ということは、魔術を行使する準備を整えてきたということか。
「トウヤ、あなたを皆のいる場所まで瞬間移動させる。手を」
「ああ」
本当は手を翳すだけでよかったのかもしれない。だが、俺はそっとベルの小さな手を包み込んだ。
驚いたのか、微かにぴくり、と上腕を強張らせるベル。だが、俺がこくり、と頷いて見せると、すぐに頷き返してきた。
「それじゃあ、瞬間移動する」
「うん。よろしく頼むよ」
すると最早何度目か分からないが、俺の視界は真っ白に染まった。しかし、なかなか白光が引いていかない。
「ん……」
何事かと手を翳すと、ベルは、到着した、と一言。
真っ白い光は、どうやらいつの間にか日光のそれと被っていたらしい。
「おい、遅いぜトウヤ! まあこっち来いよ」
「ん、ああ」
サンの声のする方へ、ベルと一緒に歩いていく。そこには上空に巨大な魔法陣が水平展開されていて、その下に入るとだいぶ涼しかった。
(それでは魔術師諸君、呪文は覚えてきたな)
その声、というか思念の方を見ると、魔術師たちが列を為していた。その目の前には、青白い縦ストライプ状の光線が地面から生えている。ずっと上空までだ。
どうやら、これが『神の座』に至るための結界らしい。
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