第23話【第五章】

【第五章】


 皆が皆、沈鬱な顔をしていた。

 そこに種族間の差はなく、また、自分の本音を偽っているような輩の姿も見られない。魔術師種族も武闘家種族も、全員揃って荒野に横たわる負傷者の手当と遺体の埋葬に従事している。


 そもそも停戦条約があったからといって、こうして意見を異にする二種族が同じ目的のために活動するのを見るのは、なんとも不思議な感覚だった。


 かく言う俺は、荒野に突き出た岩に腰を下ろし、呆然としていた。その隣には、身柄を拘束されたサンがいる。流石に俺の隣に座らされ、しかも五人の魔術師に包囲されているとなれば、いくらサンでも分が悪い。


 まあ、それをサンが分かってくれているからこそ、余計な身柄の拘束をせずに済むわけだが。

 返り血をいっぱいに浴びた姿で、サンは自分の両の掌を見つめている。


「なあトウヤ、本当なのかい? あたいがベルの親父さんを殺したってのは」

「もう七回目だぞ、それを訊くのは」

「……すまん」


 どうにもサンに暗い表情されていると調子が狂うな。だが、それ以上に調子が狂っている、というかどうにかなってしまいそうなのは、他の誰でもないベルだった。

 

 あの爆発的規模の破壊魔法による死者は、奇跡的に零だった。しかしその魔術を行使した本人、ベルは、メンタル的に相当な打撃を被っていた。

 当然だ。目の前で父親が、自分を庇って命を落としたのだから。


 これはベルの世話係から聞いた話だが、リアンナ家の一族で生存者は今のところベルだけらしい。もしベルまでもが死亡することがあれば(微塵も想像したくないが)、魔術師種族の士気は低下し、完全に他勢力に組み込まれてしまうだろうという。


「本当にすまねえことをした。けど信じてくれ、トウヤ。あたいらはトウヤを助けるために、島の反対側を周ってここまで来たんだ」

「そりゃあ、サンの言うことは信じるけどよ……」


 サンによれば、俺の予想、すなわち『武闘家種族は暗黒種族に意識を乗っ取られているのではないか?』という考えはドンピシャだったという。

 そもそも俺は、最初に武闘家種族の陣地から機甲化種族の陣地を回り込み、そうして魔術師種族の陣地に到達するという道筋に何の違和感も抱かなかった。


 だが、この島の地形上、反対側から回ってもよかったはずだ。


「やっぱり危険な道のりだったんだな? サン、今お前たちが通ってきたルートは」

「面目ない」


 がっくりと項垂れるサン。何があったのか問うてみると、まず一言返ってきた。


「闇だ」

「闇?」

「暗黒種族を生み出す、真っ黒い雲に覆われた土地だ。荒野とも密林ともつかない、全く以て不可思議で不気味な土地……。まともな人間がいるべきではないと、すぐさま感じたよ。皆がね」

「そんな危険なところを通って来たのか、お前ら!」


 俺は思わず立ち上がったが、サンは淡々と語り続けるばかり。


「日程的に、トウヤが機甲化種族の陣地を通る時に苦労してるんじゃないか、って目算はついたんだ。後から追いかけてもよかったけど、機甲化の哨戒部隊と鉢合わせすると大変だしさ。だから敢えて、より安全か危険かも分からない、暗黒の土地に入ったんだ」

「それで、魔術師種族の力を借りて機甲化種族の土地に攻め入って、俺の身柄を保護しようって?」


 こくん、と頷くサン。やはりこの島の三種族における強弱関係――じゃんけんの法則というのは絶対らしい。

 そうでなければ、ベルの起こした大爆発で皆が死傷していたはずだからな。武闘家は魔術師に耐性があるし、魔術師は魔術師同士であの爆発のエネルギーを相殺できる。そういった具合なのだろう。


 俺がそんなことを考えていると、思念がふわりと脳内に浮かび上がってきた。こういう時、伝令を走らせずに済むのが魔術師のいいところだ。


(これより陣地に撤退します。人質及び重要参考人として、サン・グラウンズの身柄を預かります。彼女の無事は保証いたします。そのための書状も用意致しました。武闘家の方々、どなたかから長老殿にお届けいただきますようお願い致します)

「サン、大丈夫か?」

「ああ。暴れる気もねえしな。けど、トウヤ」

「何だ?」


 立ち上がり、尻に着いた泥を叩き落としながらサンは言った。


「あたいが抵抗しない分、いざって時は守ってくれねえか」


 正直、どきりとした。サンは相変わらず影のある表情をしているし、場違いなことこの上ないのだが――それでも異性から、守ってほしい、と言われることがこんなにも心揺さぶられるものだとは、思いもしなかった。


 俺は、ああ、だか、おう、だか妙な声を上げて、そっとサンの手を取った。瞬間移動に備えるためだ。


「ありがとう、トウヤ」

「いや」


 すると、サンを包囲していた魔術師の一人が歩み寄ってきた。


「お二人共、心の準備はよろしいか?」


 素直にはい、と答えるサンに、頷いて見せるだけの俺。


「それでは――」


 こうして俺たちは、魔術師種族の陣地である洞窟へと移動した。


         ※


 自室に入り、真っ先に俺が考えたこと。それは、武闘家の長老から預かってきた書状を大っぴらにすることだった。

 今晩の武闘家種族の襲撃で、あの山の結界を破ることのできる高位の魔術師は名誉の戦死を遂げたという。だが、残った皆で力を合わせればどうにかなるのではないか。そう思ったのだ。


 問題は、誰に書状を見せれば信じてもらえるか、ということ。生憎、ベルと彼女の父親以外に、俺はほとんど魔術師たちと面識がない。さて、どう立ち回ったらいいものか。


 その時、心臓が嫌な脈打ち方をした。

 テーブルに置かれた水晶玉が、さっきと同様に赤く点滅を始める。


「今度は何だよ?」


 見下ろすと、すっと赤い光が和らいで外の様子が映し出された。荒野を渡って銃器を構えた連中が進んでくる。先頭にいるのは、あろうことか非武装状態のエミだった。


「あの馬鹿、何していやがる!?」


 と、衝動的に口走ったものの、よく見ればエミは白旗を掲げていた。それに、武装している隊員たちとはだいぶ距離がある。これでわざと自分を魔術師たちに包囲させ、抵抗の意志がないことを示すつもりか。


 俺はそのまま、水晶玉越しに観察を続けた。すると、きちんと音声も捉えられていたらしく、止まれ、という声が響いてきた。


 その声に従い、エミは足を止めた。同時に白旗を片手で持ち、もう片方の手をさっと横に翳す。後方にいる部隊もまた、すぐさま進行を止めた。

 透明になる魔術でも使っていたのか、魔術師たちが次々と姿を現した。皆が魔法陣を展開し、攻撃及び防御態勢だ。


《僭越ながら、貴殿は機甲化種族・次期頭首のエミ・コウムラ殿とお見受けする。確かか?》

《はい。仰る通りです》


 ごくり、と唾を飲む俺。

 すると、ついて来ていた全員が銃火器にセーフティをかけ、ゆっくりと地面に下ろして両腕を掲げた。

 

《ご用件を承ろう》

《我々の使う機械の記録の中に、このような書状がありました。先代の武闘家種族の長老が、我々に手渡したもののコピーと思われます。書状として改めましたので、こちらをお届けに参りました》


 ううむ、『元』とはいえ隊長自ら手渡しに来るとは。エミの度胸も据わっているな。

 エミの方から書状を差し出し、一歩、目の前の魔術師に歩み寄る。魔術師もまた、魔法陣を消して一歩近づく。

 二人共毅然として歩いているようだが、俺にはどうしても書状受け渡しまでの時間が長ったらしく感じられてしまった。


 しかし、それに目を通した際の魔術師の反応には明確なものがあった。これでもかと目を見開き、こう口を動かしたのだ。


『そんな馬鹿な』


「何が起こってるんだ……?」


 俺が呟くと同時に、魔術師はエミに問うた。


《これは一体、いつの書状なのです?》

《ちょうど百年前、前回の異界の人物が現れた時のものと推定されます》


 百年前? 俺が最初ではなかったということか。確かに神様も、俺のことを有能だとか見込みがあるとか言っていたような気はする。

 次に口を開いたのは、魔術師の方だった。


《貴殿の安全は保証します。どうかご同道いただけないでしょうか?》

《分かりました。総員撤退。武装は私が射程外に入ってからセーフティを解除するように》


 すると二人を取り囲むように他の魔術師たちが展開し、魔法陣を展開した。機甲化種族たちは素直に撤収していく。振り返って銃撃するような馬鹿は一人もいない。

 やはり、彼らの中でエミを支持する勢力は少なからず存在しているのだ。


 問題は、たった今エミから魔術師に手渡された新たな書状に何が書かれているか、だな。

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