第22話
「皆! 撤退しろ! 連中は暗黒種族じゃない、武闘家種族だ! 相性が悪いんだろう、さっさと逃げろ!」
俺がそう叫ぶ間にも、弓矢は第一陣、第二陣と降り注いでくる。慌てて伏せた俺に当たらなかったのは奇跡だ。
魔術師たちは皆が魔法陣を展開していたが、よくても半壊、酷い場合は貫通され、片腕ごとちぎり飛ばされるやつもいた。
この中で俊敏性があり、かつ武闘家の連中に顔が利くのは俺だけだ。そう思った俺は、魔法陣の破砕される音に背を押される形で敵陣に猛ダッシュを仕掛けた。
まさにその瞬間、武闘家たちは弓矢の第三陣を放ち終えた。待ってましたとばかりに、木々の間から大柄な武闘家共が現れる。あいつらが主力か。
隊列を組み、各々の得物を手に駆け寄ってくる。仕方ない、俺が止められるだけ止めるしかない。
「うおおおおおお!」
俺は身を低くしてタックル、相手の腰を掴んでそのまま横に投げ飛ばした。
「サン! サンはどこだ!」
彼女なら話を聞いてくれるはず。そもそも、不可侵協定が結ばれていると言っていたのは彼女ではないか。
俺は魔術光弾の援護もあり、武闘家共を押し退けつつ前進する。すると唐突に、何かが高速で向かってきた。というより、投擲されてきた。
こいつは、サンが愛用しているサーベルじゃないか!
そこまで見極めた直後、俺の腕は自然と動いた。さっと両の掌を合わせ、サーベルを挟み込む。まさに真剣白刃取りだ。俺はサーベルを握り、逆手持ちにして、刃ではなく柄を使って敵をぶん殴りまくった。
「どりゃあっ!」
柄で殴られて怯んだ相手にドロップキック。相手を突き飛ばしつつ、自らも体勢を崩す。
そこに振り下ろされたのは、これまた見慣れた短剣だった。
「お前、サンだよな? 俺だ、トウヤだ!」
「ふんっ!」
俺の言葉が耳に入っていないのか、サンは攻撃の手を緩めない。素早く転がって剣劇を躱す。その最中、俺は一つの事実に気づいた。
サンの目がルビーのように輝いている……?
どこかで見た。いや、どこかじゃない。機甲化種族の陣地で見た。
この輝き、暗黒種族の目の輝きと同じではないか?
そう言えば。
俺が武闘家種族の陣地を出発した時、皆はジャングルを通過して魔術師種族の陣地に入ろうとしていた。あの土亀の住まう危険なジャングルをだ。
何故反対回りに行かなかったのだろう? どうせ島の中央の山を迂回して進むなら、機甲化種族のいない反対側から進めばよかったのではないか?
島を反対回りに巡っていたら、何か、それも土亀や機甲化種族以上の脅威にぶち当たると思われていたのだろうか?
ええい、それはサンから直接訊き出すしかあるまい。
「おいサン! 気づいてくれ! 今は魔術師たちを攻める気はなかったんだろ? お前は誰か、いや、暗黒種族にでも操られているんだ! 正気に戻ってくれ!」
しかしサンは、ぐるるるる、と獣じみた唸り声を上げるだけで、こちらの言葉など耳に入っていない。
「仕方ない!」
俺はサンがしゃがみ込んだタイミングで、その両頬をがしっと掴み、思いっきり頭突きをかました。人間にとって最も頑丈な頭蓋骨。もし俺に神様の加護があるなら、通用するはずだ。
すると案の定、サンはくらり、と頭部を巡らせ、足元をふらつかせた。
「おっと!」
俺は慌てて背を向け、こちらに倒れ込んできたサンを背負う格好を取った。ばっちりだ。
正直、再びサンの臀部に手を触れるのは気が引けたが、今はそれどころではない。
俺は我ながら意外なほど身軽に、魔術師たちの防衛線に駆け戻った。
「捕虜を取ったぞ! 誰かこいつを正気に戻してくれ!」
「トウヤ殿、ご無事で!」
ベルの父親が駆け寄ってきたので、俺は再び、サンを正気に戻すようにと繰り返した。
「分かりました」
そう答えた父親は、すぐに思念を飛ばした。
(皆、聞いてくれ。敵にも異常事態が発生しているようだ。それを正す間、なんとか敵の侵攻を食い止めてくれ)
あちこちから了解の念が伝わってくる。
父親は、目を回したサンを仰向けに寝かせ、その眉間に手を当てた。僅かに呪文を詠唱する。すると、サンはぱっちりと目を開けた。
が、しかし。
「皆、離れろ!」
俺は慌ててバックステップ。サンの目は、未だにルビー色の輝きを帯びていた。これではまた俺や魔術師たちに攻撃を仕掛けてくる。
卑怯なのを覚悟で、俺はサンの背後から腕を回そうとした。が、その手は空を掴む。
「速い! ベル、気をつけて――」
と言いかけた時、既にベルの魔法陣は、サンの短剣に切り裂かれていた。
腰だめに短剣を構え、サンがベルを殺めんとして突撃する。駄目だ、追いつかない!
そして、血飛沫が舞った。ベルの眼前で。
慌てて短剣を引き抜き、跳び退るサン。その先、こちらに背を向け、ベルを庇っていたのは、他ならぬ父親だった。
「あ、ああ……」
情けない音が喉から漏れる。サンは父親の首筋に手を当て、確実に仕留めたことを確認した。それから一歩、また一歩とベルに近づいていく。
「おいベル、逃げろ! こいつは俺に任せて逃げるんだ!」
しかしベルは動かない。否、動けない。そのガラス玉のような瞳をぱっちりと開いて、倒れ伏した父親の後頭部を凝視している。声を出すことすらできないようだ。
再びサンは短剣を構え、刺突の姿勢に移る。もう誰も彼女を止められない。ベルは自衛の策すら取れない。ここまでか。
そう思った直後、キィン、という甲高い音と共に、視界が橙色に染まった。
「どわっ!」
慌てて両腕を顔の前で交差させる。そんな俺を襲ったのは、ベルの絶望を具現化した波動だった。
俺が爆風に呑まれ、ごろごろと無様に転がりながら見た光景。それは、まさに人智を超越するほどの破壊そのものだった。
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