第12話【第三章】
【第三章】
その後しばらく、俺はエミに案内された個室でぼんやりしていた。コンクリート剝き出しで寒々しいが、真夏の今にはちょうどいい。牢獄でなかったことも安心材料だった。
エミは既に会議に戻り、二十分ほどが経過している。俺はベッドで仰向けになり、後頭部に手を遣りながらこれからのことを考えていた。
あの大佐曰く、俺は外交上のカードなのだという。あれはどういう意味だ?
確かに俺の防御力は鉄壁だし、武闘家種族の連中の攻撃はほぼ無効化できる。もしかしたら、魔術師種族の攻撃も。
だが、そんなことができるのは俺一人。十二、三人のユニットを組んで『鉄壁部隊』を構成することはできない。そんな俺が戦力になるのか? 繰り返すようだが、攻撃面はからっきしなのだ。
となると、やはり俺の価値は武闘家の長老から受け取った書状によるのかもしれない。これを発表したり、あるいは隠滅したりすることで、何らかの有利な状況を創り出すことを機甲化の連中は考えているのかもしれない。
「気になってしょうがねえな」
俺はひょいっと上半身を起こし、最初に通された会議室へと足を向けた。
その扉の前で、俺は思わず足を止めた。こんな大佐の言葉が聞こえてきたからだ。
「エミ・コウムラ隊長、あなたの指揮権を剥奪します」
「げっ!」
あ、やべえ。大声立てちまった。いやそれよりも、大佐の言葉の意味の方が大変だ。
エミの指揮権を剥奪? これっていわゆる、軍閥内のクーデター的なものだろうか?
もし俺が機甲化の軍属なら、この大佐の発言に従う必要があるのだろう。だが、俺はまだ部外者だ。納得できない時はできないと、はっきり言ってやってもいいだろう。
俺は乱暴に扉をノックし、向こう側の反応も気にかけずに会議室に乗り込んだ。
「おい、俺にも話を聞かせてくれ」
「あっ、トウヤさん!」
エミがさっとこちらに振り返る。エミは檀上に立っていて、その奥で同じく大佐が直立不動でいた。微かに顔を顰めながら、俺に尋ねてくる。
「トウヤ殿、あなたには個室を宛がったはずですが?」
「ああ、ありがとよ。でも、誰も外出禁止とは言わなかったぜ」
「何の御用ですかな?」
「エミから指揮権を剥奪する理由を教えてもらいたい」
長身の大佐を睨みつけ、俺は背伸びしたいのを堪えながら唸るように言った。
そんな俺を悠々と見下ろしながら、大佐が言葉を続ける。
「エミ隊長の指揮の下では、我々は生存できない。首脳部でそういう考えに至りましてね」
「その理由を訊いてるんだろうが!」
すると大佐は腰に手を当て、やれやれとかぶりを振った。
「おい、答えてくれ!」
「エミ隊長は優しすぎる」
「や、優しい?」
大佐はぐいっと顎を引いた。
「そうでしょう? トウヤ殿、あなただって見たはずだ。今日未明、土亀との戦闘で消耗した武闘家種族の姿を。彼らを殲滅するのは、あそこで待ち伏せしていた我々にとっては赤子の手をひねるようなものだった。しかし、それを止めるよう命令したのがエミ隊長だ」
俺は再びエミに顔を戻した。
「そうだったのか?」
「はい、事実です」
はあっ、という吐き棄てるような溜息が聞こえた。
「だからせめて負傷者だけでも仕留めておくべきだと進言したのに」
その大佐の言葉に、俺ははっとした。
「お前ら、無抵抗の人間まで殺そうとしてたのか!?」
「倒せる時に倒しておかねば、いずれこちらに余計な犠牲者が出る! そんなことも分からない平和ボケした人間に、口出しされる謂われはない!」
「んだとこの野郎!」
俺はエミを押し退け、大佐に殴りかかった。しかし、やはりへっぽこパンチはへっぽこのままで、俺は下顎を掴まれ、そのまま押し返された。
「うわっととと!」
エミに背後から支えられ、どうにか転倒を免れた。しかし、腕っぷしで戦う武闘家種族はもとより、銃器を主要戦力とする機甲化種族の連中にさえ、俺は歯が立たない。
「どうやらトウヤ殿は身体を動かしたりないようだ。エミ隊長、いえ、元隊長、彼に街を案内してはいかがです? まだ病院と軍施設の間しか行き来していないのでしょう?」
「……はい」
悔しげに頷くエミ。
「決まりですな」
そう言って、大佐は一人の兵士を俺とエミの見張り役につけた。階級は准尉だそうだが、少年と言ってもいいほど若い。
彼は大佐に指名されたのが大変嬉しいらしく、意気揚々と俺たちのそばにやって来た。
エミは事実上の厄介払いを喰らったことになるのだろう。准尉の視線にも刺さるものがある。
「親と子で、こうも指揮能力に差があるとは」
厭味ったらしく言葉を投げる大佐。俺は再びカッとなったが、手も足も出ないことは、俺自身が一番よく知っている。
「行こうぜ、エミ。ここでくよくよしてても始まらねえ」
「……そうですね」
こうして俺たち二人とお守り役の准尉は、会議室を後にした。
※
「で、これからどうする?」
軍司令部のエントランスで、俺はエミに尋ねた。しかし、エミは俯いたまま答えない。いや、答えられるだけの材料を持ち合わせていないのか。
「俺は腹が減ったな~」
そんな呑気なことを言いつつ、ちらりと准尉の方を窺う。彼の鋭い視線は、俺を完全に無視してエミの後頭部に突き刺さっていた。
ううむ、これでは話が進まない。俺が解放され、『神の座』を目指すためには、どうしても機甲化の連中と意思の疎通を図る必要がある。さっき大佐をぶん殴りかけたのは俺の落ち度だが。
「なあ准尉さんよ。この近所に美味いラーメン屋はねえのか?」
「ラーメンをご所望ですね? ご案内します」
冷たい表情を崩さずに、淡々と応じる准尉。警戒を解くつもりはないらしく、ホルスターを吊っている。道案内するのも俺たちの背後からだ。
「この角を右折、三百メートルほどのところです」
案内通りに歩を進めると、確かにそこにはラーメン屋があった。外観も漂ってくる香りも、元いた世界のそれと遜色ない。
そのせいだろう、俺は急に空腹を覚えた。武闘家種族の陣地ではおにぎりを頂戴したが、満腹になるほど食べるにはいささか塩気が強すぎたのだ。
まあそれはいいとして。四人掛けのテーブルに案内された俺たちは、ちょうど揃って薄味醤油ラーメンを頼んだ。さて、話題を振るのはここからだ。
「准尉さん、今いくつだ?」
「十七です」
「若いね」
「はい。よく言われます」
三つ年下か。ちょうど質問しやすい年代だな。
「お偉いさんには聞きそびれたが……。どうして皆、エミを除け者にしようとするんだ?」
除け者、という言葉に、エミと准尉はぴくりと肩を震わせた。
「いっ、いえ、隊長……じゃない、元隊長に対してそんな感情は……」
「嘘つけ。明らかに不満があるだろ? でなけりゃ、大佐に俺たちのお守りを命じられて、あんなに喜ぶはずがないと思うんだが?」
さっきから俯き続けるエミを一瞥しながら、俺は問いを繋げた。
「文句があるならはっきり言ってやれ。人をまとめるってのは大変なんだ。俺がいた世界でもそうだったしな。せめてどこが悪いのか、ちゃんとまとめ役には教えてやらないと」
「む……」
お冷に口をつける准尉。
俺の想像だが、機甲化種族の規律はしっかりしている。大佐の言い草からすると、エミの父親は立派だったそうだ。誰もその座を奪おうとはしなかった様子だし。
では、エミは父親とどう違うのか? そこを指摘してやることもなく、まだ経験未熟なエミに隊長を任せるのは酷というものだろう。無責任極まりない。
「エミ元隊長に不満があるのは事実です。先ほど大佐が仰っていたように、あまりにも敵に対して寛容すぎる」
「ふむ」
「でも、元隊長のお父上は違いました。物事を即断できるし、戦場では冷酷になることもできる。これを見てください」
准尉は半袖の迷彩服をさらにまくり、肩のあたりまで引っ張り上げた。
そこには、大きなミミズ腫れのようになった切り傷、いや、斬り傷があった。
「自分は武闘家の連中に、殺されかけたことがあります。まさにこの左腕が斬り落とされそうになった瞬間、その敵を駆逐してくれたのがエミ元隊長のお父上です」
聞けば、自分の左腕を斬ろうとしていたのも、自分と年の近い、いわば少年兵だったという。それを、エミの父親が殺害した。
「その時、自分は学んだのです。敵は倒せる時に倒しておかなければと。大佐の仰っていたのはそういう意味だと、自分は考えます。それに比べて――」
と言いかけて、准尉は口をつぐんだ。隊長職を下ろされたとはいえ、やはりエミの前では言いづらいのか。
だが、言わんとすることは分かる。優しすぎるのだ、と。
沈黙するテーブルに、三杯のラーメンが運ばれてきた。
正直食欲は失せていたが、それは心配には及ばなかった。天井を破って降ってきた『何か』が、見事に丼をひっくり返したからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます