第19話 今は楽しもう(現実逃避ではない)
「週末を無駄に過ごした気がする」
そうぼやきながら起床した俺はすぐに家の掃除を始めた。体や心を休めるためにあるはずの週末がデート(?)のせいでまるっきり潰れてしまった。土曜日の外出に関しては自転車の修理というのも兼ねていたので仕方がないが、それ以降のショッピングは精神を消耗するものが多かった。しかも、二日連続で。
「あれ、親父もう起きてたのか?」
俺がリビングに行くと親父が既に着替えてスーツケースに荷物を詰めていた。相変わらずスーツを着ないところが腑に落ちないが、本人的にはそれが仕事着なのだとか。
「おお、相変わらず早いね楽。早速だけど今からイギリスに行かなきゃならなくなってな」
「イギリス? 次は中国とかって言ってなかったか?」
「その予定だったけど、イギリスの商社から緊急での依頼が来てね。もともと中国に行くのは来週だったから、それならば今週中にイギリスに行ってその足で中国に前乗りしよっかなって」
「本当に仕事熱心だな」
今更だが、親父は流通関係や留学関係、果てには海外にある日本語学校の特別講師など海外と日本の橋渡しとなる仕事を多く担っている。今回はイギリスと日本の貿易関係の仕事らしい。最近は日本のオタク文化などが熱いのだとか。
「そういうわけで僕はこれから空港だ。二日間しか面倒を見れなくて悪かったね」
「いや、別に面倒見てもらってないけど」
「酷いな!? ま、そういうことだから。澪にもスマホで連絡は入れておくけど、楽からもよろしく伝えといてね」
「わーったよ」
言ってくれれば弁当の一つくらいは作ったのだが、こういうところは本当に親父らしい。親父は俺に手を振って扉の外へと出ていった。だがしかし、すぐに扉を開けて戻ってくる。
「なんだよ、忘れ物か?」
「忘れものじゃなくて、楽に言い忘れていたことがあったのを思い出したんだ」
「?」
親父はどこかバツが悪そうに、かつ苦笑いしながら俺の方を向いてきた。話ならこの二日間で多く交わしたし、いまさら何があるのだろうか。
「改めて澪のことだけど、楽に一任することにする。二人がどんな関係性に落ち着くかは、二人に任せるさ。僕は楽がどんな選択をしてどんな道を歩もうとも何も文句は言わない」
「……朝からする話かよ」
「どうせしばらく会えないしね。楽だって、澪の気持ちには気づいてるんだろ?」
「……はぁ」
「これでも二人の父親だからね。気づかないわけがないだろ」
ま、あれだけアピールされて気づかないわけがないよな。いや、今まで気づいていないふりをして自分を言い聞かせていただけだ。親父にこのように指摘されてしまうとやはり意識してしまう。
「今の楽には時間が必要だ。僕と違って楽にはたくさんの時間がある。ゆっくりと納得がいくまで考えなさい。爛れた関係になってもいいけど、ほどほどにね」
「いやマジで何言ってんだよ!?」
「ハッハッハ、冗談さ。半分くらいは」
いったいその半分とはどこからどこまでなのか問いただしたいが、俺はそれをぐっとこらえ親父を見送る。次帰ってきたときは鳩尾にボディブローを決めてやるが。
「……」
俺たちの関係性は兄妹で、それ以上でもそれ以下でもない。だが、あいつはその関係性に変化を望んでいるようだ。兄としては複雑な気分だが、俺があいつにそういう感情を抱くことはない。それだけは確かだ。
「……よし! 切り替えて朝から仕事するか!!」
とりあえずこのモヤモヤを解消するために体を動かすことにする。まずは生活習慣を改善する気のない駄妹を起こすところから始めよう。そろそろ起きないとヤバい時間帯だ。
「頑張れ、俺」
そう言い聞かせて、俺は今日も一日を始めるのだった。
※
そしてあっという間に放課後。色々と覚悟を決めたものの特に何かが変わるわけでもなくいつも通りの日常を過ごす。澪も思ったよりいつも通りだったし、一緒に登校できた柚姉もいつも通り。特に真新しいイベントも何もない。
「なぁ楽、今日の放課後遊び行こうぜ~」
そして俺は柴山に遊びに誘われていた。部活もないし特にこれといって用事もないので断る理由もない。というわけで今日の放課後は柴山と遊びに行くことになった。ま、こいつと行くところなんてゲームセンターか近くにあるスポーツセンターくらいだが。
「ほほう、面白そうな話をしているねぇ」
そしてそんな俺たちのところに長谷川が乱入してくる。どうやら俺たちの会話を盗み聞きしていたようだ。そしてくいと顔を近づけ一緒に行きたいと懇願する。
「ねぇいいでしょ? 凛も連れてくからさ」
「連れてくって、勝手に人の予定を決めてやるなよ」
「いや、私と小鳥遊君がいる状態で誘えば高確率で乗ってくると思うよ? 凛って意外と付き合いがいいし、女子のグループで遊びに行くことも結構あるんだ」
そういえば、以前もカラオケに行っていたとか言ってたな。俺と柴山は顔を見合わせどうするか目で話し合う。だが、別に断る理由はないので構わないと長谷川に伝える。あとは新垣次第だ。
「ありがと! じゃあ命に代えても凛を引っ張ってくるね!」
物騒なことを言いながら長谷川は新垣の方へと小走りで向かっていった。その様子を見て柴山は悪だくみでもしているのか口の端を吊り上げていた。
「なにニヤついてんだよ柴山。きもいぞ」
「いや、お前もそんなこと言える余裕あんのか? しっかりデートプランを考えとけよ」
「デートって、別にそんなんじゃないだろこれは」
「まあまあ落ち着け。とにかく、これはお前にとってビッグイベントになるぜ。今のうちに指を慣らしとけよ」
柴山はそう言って何やらスマホを操作している。いつ交換したのか長谷川のチャットになにかメッセージを送信している。話があるなら直接言えばいいのに変な奴だなと思ってしまった。
「二人とも、凛も行くって!」
俺が柴山の行動に疑問を持っていると新垣の了承が取れた長谷川が笑顔で戻ってきた。そして長谷川の後を追うように新垣がおどおどしながらこちらへやってきた。
「えっと、ゲームセンターに行くんだよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「わ、私がお邪魔してもよかったのかな?」
「新垣が来て迷惑だと思うやつはいないだろ」
そうして俺たちは一緒にゲームセンターに行くことになった。だが俺たちの会話を聞いていた長谷川が柴山を肘でつついていた。そしてなにやらひそひそと二人で内密な話をし始める。
「ねぇ柴山。小鳥遊君っていつから凛の事を呼び捨てしてるの?」
「ああ、そういえばそうだな。ま、いい進歩だろ」
「そうだね。私としてはちょっと複雑だけど、とことん凛の背中を押すよ。柴山もね」
「ああ、任せろ。あいつの背中は俺が蹴飛ばしてやる」
「それじゃ、今日も……」
蹴飛ばすとか物騒な単語が聞こえてきたが空耳だったと思うことにする。そして俺たちは近くのゲームセンターまで向かうことにした。学校の近くにありアームも強いものが多いから意外と景品が取れるのだ。この前柴山と行った時はう〇い棒を50本くらいゲットした。
「へぇ、小鳥遊君ってそういうの得意なんだ。なんか意外」
「普段節約してる分、こういう娯楽を息抜きにしてるからな。そしたら意外とコツがつかめてきたんだ」
「この前なんてチョコレートの板を30枚くらいとりやがったんだぜ。糖尿病代表かよって」
「ふふふ、そんなにいっぱいチョコがあったら、私ならお菓子作りにつかうかなぁ」
それぞれが思い思いの会話をしながら四人でゲームセンターへと向かっていく。なんというか、すごく青春をしているって気がする。ただ解せないのが、柴山が俺の右側に立ち、長谷川が新垣の左側に立って俺たちを真ん中で押し付けようとしてくるのだ。柴山、新垣と肩がくっつくからやめてくれ。できれば長谷川も。
「おっ、着いた!」
そうして歩くこと十数分。俺たちはとうとう目当てのゲームセンターへと辿り着く。二階建ての大きめな施設で、高校生が遊ぶには十分な場所だ。
「始めて来たけど、結構大きかったんだね」
「あれ、凛は来たことなかったんだ。じゃ、今度女子を誘って行ってみよ? この中プリクラとかもあるし凛と一緒に撮りたい」
女子二人はそんなことを言いながらゲームセンターの中へと入っていく。自動ドアが開くと一気に店内BGMが流れて来るので毎回度肝を抜かれてしまう。一度着たことがあるらしい長谷川はともかく、新垣はビクッと身を固めていた。初めて来たら確かにああなるよな。
「それじゃ、気を取り直してみんなで遊びつくそっ!」
そうして長谷川が(ほぼ)主導のもと、俺たちの先に行って色々なクレーン台を見て回っていた。あいつも結構楽しみにしていたらしいし、俺もせっかくなので楽しみたい。
「楽、今日も何かのゲームで勝負しようぜ」
「ああ、いいぞ」
そして俺と柴山も平常運転。だがまずは長谷川に付き合うことにしよう。俺はあたふたしている新垣を手で招いて、長谷川の後を追う。澪や柚姉の件で色々とあったものの、とりあえず今はゲーセンを楽しみたい。
そうして、俺たちのゲーセン巡りが始まるのだった。
——あとがき——
早朝ラブコメ再開です。引っ越し準備とかでなかなか更新できてませんでしたが、ある程度環境が整ってきたので随時配信していきます。どうかまたお付き合いを。
さすがに毎日更新や隔日更新はまだキツイし四月から忙しくなる予定になるのでほどほどに頑張ります。皆様を楽しませてみせるので、どうか応援よろしくお願いします。<(_ _)>
宣伝:結構前から考えていてストックを貯めていた新作の1話を思い切って公開してみました。是非ご一読を。
『記憶喪失の青年はカフェで働き学園に通う ~失った分の幸せを取り戻すまで~』
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