第18話 だからデートじゃないって!


 そういうわけで迎えた日曜日。親父と澪は揃って夜更かししていたのでお昼近くまでは起きないだろう。休みとはいえあそこまでだらしなくする妹と父(社会人)に情けなくなってしまう俺。血は繋がってなくても親子だということだろうか。


 とはいえせっかくの休日なので俺もゆっくり休もう。そう思っていたのだが……



「さあ楽、こっちこっち!」


「ちょ、待ってくれよ柚姉」



 いきなり柚姉から連絡が来て買い物を手伝ってほしいと呼び出された。特にテストが近いわけでもないし家にいてもやることがなかったので俺は了承したのだが、まさか二日連続でウィンドウショッピングだとは思わなかった。



「それで、何見に行くんだよ」


「えっと、服かな」


「……マジか」



 まさかの二日連続の服選びに俺は意気消沈してしまう。昨日の時点で澪に長い時間付き合ってやったのに、そんなイベントが立て続けて起こるなんて。女の子の服を見て感想を持つのは意外に集中力と語彙力がいるのだ。柚姉は意外と即決するタイプなのだが、それでも身構えてしまうのは仕方がない。



「じゃ、ここにしよ」


「おお、了解?」



 柚姉に徒歩で連れてこられたのは店舗が立ち並ぶショッピングモールや駅ナカではなく、近所のスーパーマーケットに隣接されたチェーン店の服屋だった。どうやらこの店の中で服を決めるらしい。



「柚姉も夏物?」


「すごい、まさかの大正解……って、柚姉?」


「昨日澪の服選びに付き合わされたんだよ」


「……へぇ、ふーん、そーなんだ……ちぇ」


「なんで舌打ちするんだよ」



 どうやら澪の服選びを先に行っていたのが気に食わないらしい。澪と柚姉って普段は姉妹のように仲が良いが、俺が絡むとそれが嘘のように険悪になるからな。そのたびに俺が何かしらの形で損をしているのだ。



「やっぱり店を変えてもっとおしゃれな……」


「俺はここがいいと思うけどな!」


「そ、そう? ならやっぱりここでいっか」


(ふぅ、あぶないあぶない)



 また昨日の二の舞を踏むところだった。今が午前中だということが幸いというべきか、午後は目いっぱい休める。とりあえずここは真剣に服選びに付き合ってやろう。なんならついでに自分の服もここで新調してしまおうかとさえ思い始める。



「あ、楽も服買うの? なら私が選んであげよっか」


「へぇ、そういえ柚姉って結構センス良かったんだっけ?」


「そりゃ、カラーコーディネーターの資格を持ってますし」


「……また変な資格を取り始めたのかよ」



 柚姉、実は色々な検定や試験に挑戦し数多くの資格などを取得しているいわば資格コレクターなのだ。ビジネス系や工業系、果てには娯楽などその知識は多岐にわたり一般の普通科高校生を大きく凌駕している。この前、なぜ柚姉にそんなに資格を取るのかと聞いたところ



『え? だって面白そうだし』



 という、まるで強敵に挑む孫〇空のような回答が帰ってきた。ちなみに柚姉は国家資格を既に三つほど持っているらしく、天文系の資格も一級を所有している。天文部として俺も挑戦してみたが、あれは明らかに大学生以上の内容だった。そこで俺は初めて柚姉が天文学を愛する天文部の部長なのだと思い知ったっけ。



「ほら、そんなことより早く中に入ろ」


「わ、わかったから引っ張んなよ!」


「こうなったら、私の威信に賭けて楽に似合う服をコーディネートしてみせる」


「あ、あれ? 柚姉の服は?」


「そんなの後回し!」



 どうやら柚姉の変なスイッチを刺激してしまったようだ。勉強した知識を披露したいのは分かるがせめてもう少し落ち着きを払ってほしい。


 そうして俺たちは中に入り、マネキンに着飾られている服を眺める。青の半袖シャツにジーパンと、爽やかな服装で俺たちを出迎えるマネキン。ああ、こういう服装もいいなと思ってしまうのがマーケティング戦略の恐ろしいところだろう。



「うーん、私的にはイマイチ」



 だが柚姉はマネキンのコーデをお気に召さなかったようだ。なんでも爽やかすぎて軽そうに見えるのが嫌だとか。服装は人それぞれと言うが、さすがにそれは厳しくないか?



「それじゃ楽、この服とこれ。あとは……ついでにこれを着けてみて」


「お、おう」



 俺は柚姉に服とズボン、果てには帽子なども渡され試着室に押し込まれてしまう。どうやら柚姉、かなり本気で挑んでいるようだ。その証拠に目はギラギラしていたし、俺を押し込んだと同時に次のコーデを選びに店内を駆け足で回っていた。



(珍しく柚姉が本気を出してるし、ここは俺も本気で選ぶべきだよな)



 普段は面倒くさそうに毎日を過ごしている柚姉だが、ここまで燃えているのを見るのは久しぶりなので俺もその想いに応えようと思う。何より俺のために柚姉がここまでやってくれてるのに、俺がその気持ちをないがしろにするなんてダメだよな、後輩としても男としても。



 そうして俺は着替えて着替えて着替えまくった。十着以上の試着を繰り返し、そのたびに柚姉に感想を求め俺の意見を伝える。すると柚姉はそれを次の服装に反映しさらに一歩上のコーデをして俺を着飾るのだ。さすがに疲れたが、おかげでいい服を買えた。



「よかったね、楽」


「ああ、ありがとうな柚姉」


「ふふふ、百ポイント先取~」



 なにやら訳の分からないポイント制度を作ろうとしていたが、本当によさげな服を選べたので柚姉に感謝する。対する柚姉の試着は俺の四分の一ほどの時間で済み、かなりあっさりと決定された。



「よかったのかよ、もっと吟味できたのに」


「私、自分に似合わないやつは最初から選ばないから」


「消去法で服を選んでるのかよ」


「楽も一人で来たらやってみて。意外と楽しいから」


「まあ、機会があったらやってみるよ」



 そうしてお互いにベストな服をチョイスしたところでちょうど昼飯時だ。最初は家に帰って何かを作ろうとしたのだが、柚姉がどこかお店に行こうと提案してきたので少しだけ悩む。



(出かけるって書置きは残してきたし、親父もいるから……大丈夫か)



 それに昨日の夜、親父に澪と合わせてお小遣いをもらえたのだ。少しくらいは贅沢してもいいだろう……と思ったのだが、柚姉が選んだお店は意外にも近所にあるハンバーガーのファストフード店だった。


 普段から仲が良いとはいえこのようなところに一緒に来たことはなかったので少しだけ緊張してしまう。というより柚姉がこういう店に来るということ自体が意外だった。



「柚姉でもこういうの食べに来るんだな」


「片手で食べられるのがほとんどだし、楽だもの」


「ああ、確かにそう考えると柚姉らしいかも」



 ゲーマー思考というか、柚姉は効率を重視するところがある。柚姉のような人にとってジャンクフードというのは案外重宝するものなのかもしれない。この前読んだラノベには食パンがコスパ最強と言って手足四本を使ってFPSを無双し、果てにはゲームですべてが決まる異世界で人間界の王になったゲーマー兄妹がいたことだし。



「それに、高校生のデートってこんな感じでしょ?」


「いつから俺と柚姉はデートしてたんだよ」


「知ってる? 最近では男女が一緒にお出掛けすることをデートっていうらしいよ」


「広義すぎるだろ」



 そんな冗談(?)を言い合いながら俺と柚姉は入店し、それぞれセットを注文して出来上がった商品を受け取り席に座る。俺は無難にチーズバーガー。柚姉は期間限定のテリヤキに卵が挟まったバーガーを注文した。



「二人で一緒にお昼食べるの、いつぶりだっけ?」


「昔は柚姉が家に来て一緒に食べたりしてたけど、中学校に上がってからは一回もないんじゃないか?」


「わぁ、お久しぶりで」


「なら、スマホで周回しながら食べるのをやめい」


「ふふ、スタミナ消費スタミナ消費♪」



 身内ではないし年上なので厳しくは言わないが、これが澪だったら説教してるところだな。というかあのゲーム、人口少なすぎてもうすぐサービス停止になるって公式に公表されてたゲームなんじゃ?



「それで楽、昨日お父さんが帰ってきたらしいけど楽しかった?」


「どこを楽しめばいいんだよ。澪のことを含めて色々と大変だった」


「あはは、笑ってあげる」


「……」


「謝るから無言でキレるのやめて」



 あの日の夜、親父が澪と何かを話していたらしいのだがどちらに聞いても教えてくれない。だが澪が風呂に入って親父と二人きりになった時、親父が俺にこう言って来た。



『とりあえず、お前は周りの人をもう一度よく見ることだな。僕が思うに、たぶん澪だけじゃないだろ』


『は? 何言ってんだ親父?』


『澪だろうが誰だろうが、相手の心を弄ぶのは許さないが傷つけるのは構わない。それがお前の答えであり相手が向き合う課題だからな。ただその代わり、自分に嘘をつくなよ』


『???』



 何というか、煮え切らないことを言われてしまった。色々とその言葉の意味を考えてみたがよくわからなかったので昨日は二人を置いてさっさと眠ってしまった。ちなみに今日は澪がベッドに侵入しているということはなかった。多分親父がいるから夜遅くまで喋っていた影響だろう。




「あ、楽。そういえば私言ってたっけ?」


「え、何が?」


「ゲームの大会で優勝したこと」


「ブフッ!?!?」



 チーズバーガーとコーラの相性に舌鼓を打っていたところに斜め上の方向から報告が来たので思わずコーラを吹き出してしまった。俺はどういうことだと柚姉に次の言葉を目線で促す。



「昨日の事なんだけど、私ゲームの大会に行って来たの。ノリで」


「ノリで?」


「そしたら優勝しちゃった。ノリで」


「ノリ良すぎだろ!?」



 どうやら柚姉、いつも部室でやっているFPSの大会に出場し、苦戦の末に優勝を勝ち取ってきたらしい。しかもそこそこの賞金まで獲得したのだとか。一見すごいと思えてしまうが、少なくとも受験を控えた高校三年生とは思えない行動力だ。



「柚姉、受験とか大丈夫なの?」


「……多分?」


「そんな間を空けた疑問形で答えるなよ」



 まあ、要領よく数多の資格試験に合格しているのできっと大丈夫だと信じる。そうして俺たちはバクバクとハイペースでハンバーガーを平らげた。俺のポテトを何度かネコババされたが。



「それじゃ楽、今日のデート楽しかったよん」


「はいはい。デートデート」


「ふふ、洗脳完了。それじゃまた明日」



 どうやら知らないうちに洗脳という高度なプレイをされていたようだ。そんな軽口を叩き合い、俺たちは店を出てすぐに別れた。俺はその足でまっすぐ家へと帰る。夏用の服を買えただけでも良しとする。


 それにたくさん歩いて疲れたし、せっかくだから夕方まで昼寝でもしよう。



 そう思って玄関をくぐったのだが……



「……お兄ぃ?」


「あ」



 この数秒後、澪から誰とどこに行って何をしていたのかを事細かに話せと要求され、挙句の果てにもたれかかったり嫉妬したりと俺にくっついて回るので休むことなど到底できず、せっかくの休日を潰されるのだった。あとその光景を見てクスクス笑っていた親父は本当に許さない。











——あとがき——

作中で話題に出したゲーマー兄妹が分かる人は是非ともコメント欄へ!(ヒント:映画化してる)


追伸:引っ越し準備全然終わらない~(>_<。)\

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る