第17話 奴を許すなぶっ飛ばせ


 俺は澪と帰宅してその人を待った。もちろん夕飯の下ごしらえはばっちり済ませており、待ち人が帰ってきてから数分程度ですぐに用意できる状態になっている。だがその前にどうしても済ませておかねばならないことがあるのだ。


 と、さらにその前に言っておかねばならないことがある。具体的にはソファーでくつろぐ俺の膝に頭を乗せる妹に向かって。



「澪、いい加減起き上がれ。だらしないぞ」


「えーいいじゃん、どうせやることないんだし」


「そうじゃなくて、もっと適切な距離感をだな……」


「なら、これが適切な距離まである」


「なんて暴論な」



 本当は今すぐにでも無理矢理どかしたいが、妹のことを激しく怒ったりはしない。澪がこんな風になってしまった原因は、間違いなくこれから帰ってくる人物にあるのだから。俺は天文関係の雑誌を読みながら時間を潰すことにした。澪も澪で俺の膝を枕代わりにしながらスマホを弄っている。



 そうして待つこと十数分。とうとう家の玄関からガチャリと鍵が開く音が聞こえた。澪は飛び上がり、俺も雑誌を閉じてその人物のもとへと向かう。ちなみに俺はその途中で箒を持っていった。まあ、念のためだ。


 玄関から入ってきたその人物は想像以上の軽装で半袖ジーパンという某検事みたいな恰好をしていた。そして俺は澪と一緒にその人物のもとへと駆け寄る。



「ただいま! お、楽、澪ちゃん、元気してた?」


「親父ぃー」


「おお、楽!」



「とりあえず食らぇぇぇぇ!」


「へぶっ!?」



 俺はその人物、親父に向かって手に持っていた箒で思いっきり親父の胸元を払ってやった。直接殴らなかったのはまだ俺のやさしさだ。だが、俺のここ最近の間に感じたストレスは澪の件だけじゃないのでついでにここで全部ぶちまけとく。



「ちょ、楽やめ……」


「よくも余計なこと言ってくれたな親父ぃ!!!」



 そうして俺は何度も箒で親父の事を払いまくった。胸元を中心に上げ下げして、何度も往復させる。そして俺の息が切れ始めた頃、親父は苦笑いで俺に尋ねた。



「あ、アハハハハ……もしかして、怒ってる?」


「あったり前だろうがぁ!!!」



 あの余計なやり取りのせいでいらない修羅場を生み出してしまったんだぞ! とりあえず俺は箒を元の場所へと戻し、澪は親父のカバンを受け取る。



「はいこれ、フランス土産のクッキー」


「わーありがと!」


「ふふふ、澪は楽と違ってかわいいなぁ」



 そうだ、親父の野郎澪にはとことん甘いんだった。そうして澪も親父が優しいと分かっているから思春期の女子のようにきつく当たったりはしない。まったく、変な関係を築き上げたものだ。



「それで楽、夕飯はできてるか?」


「ったくマイペースな。すぐできるよ」


「そっか! 空港でちょっとだけ食べてきちゃったけど、楽の料理ならいくらでも食べられるぞ!」



 いや、食って来たんかい。それなら気を遣ってローストビーフなどというガッツリ系の肉料理は避けたわ。相変わらず親父はその場のノリと感覚で生きているらしい。澪と血が繋がっていないというのが唯一の救いか?



「ふーっ、久しぶりの我が家は落ち着くなぁ」


「そうか? 俺は時間が経つにつれてどうボコボコにしてやろうかうずうずしてたよ」


「おお、血気盛んだねぇ。何かいいことでもあった?」


「そうだな。長年隠してた秘密が実の親の手によってバラされるということかな」


「おお、やっぱあれいいことだったんだ」


「ハハハ、次は金属バッドでも使うか」


「全く乱暴だね楽は。その性格は誰に似たんだか」


「少なくとも連絡に絵文字を多用している奴じゃないだろ」



 憎まれ口をたたきつつ俺はてきぱきと食卓に皿を運んでいく。ローストビーフだけではなく片手間にポテトサラダやスープも作っておいた。主食はパンにしようかとも迷ったのだが、わざわざ専用に買うのが面倒くさかったのでいつも通り米にしておいた。



「おお、相変わらず無駄のない動き。また腕を上げた?」


「二人が俺に家事を集中させるからだ。俺が倒れたら小鳥遊家は一夜にして滅びるぞ」


「い、言いすぎなんじゃない?」



 親父は大袈裟だと言って笑うが澪という実例があるため笑えない事実である。あいつ、もし俺が倒れたりしたらどうするのだろうか? 多分、この家がごみ屋敷になるのは避けられない運命だろうが。



「ほら澪、お前も頼むから手伝ってくれ」


「まあ、暇だしいーよ」


「おお、相変わらずお兄ちゃんべったりなこって」



 いや、誰のせいで余計にそうなったと思ってやがる。心でそう思いつつもその話は食事の後にすることにして俺は澪に料理が乗った皿を渡して運んでもらう。そうして夕食の準備は整った。



「「「いただきます」」」



 俺たちは久しぶりに親子三人での食事をした。親父の海外での話を聞いたり、こちらでの近況を話したりと、直接話ができなかった分濃厚な時間を過ごせたと思う。俺が作ったローストビーフはすぐになくなり新たにおかずを作る羽目になったりしたが、まあ久しぶりに温かい夜を過ごすことができた。



 夕食の片付けが終わったころ、俺は改めてリビングのテーブルに座る。さて、ここからが本当に大事な話だ。



「それで澪ちゃん、進路は決まった?」


「うん、お兄ぃと同じ高校にする」


「……やっぱりかよ」



 こいつならもっとレベルの高い学校に行ける。進学校はもちろん、海外の学校だって夢ではないだろう。だが、俺と同じ学校を選択する。嬉しいちゃ嬉しいのだが、俺にはその生き方が自分の才能をどぶに捨てているように感じた。



「一応理由聞いてもいいかい?」


「うん、お兄ぃがいるから」


「おお、なんという兄弟愛。愛されててよかったな楽!」


「……」



 まあここで俺が余計な口をはさんでも無駄だということは長年の経験からわかっているのであえて無言を貫くことにした。それに澪も満更ではないような顔をしていたし、あの顔を壊すのはちょっと俺としても嫌だった。



「さて、楽としてもここからが本番かな」


「ああ。何で澪に俺たちのことバラしたんだ」



 しかもあんなに軽い感じで。相手が澪だったからよかったものの、場合によってはショックを受けていたかもしれない。なにより、俺も申し訳なさで胸がいっぱいになったのだ。本当に、澪が受験を控えたこのタイミングでバラす必要があったのか?



「だって、澪ちゃんもなんとなく感づいてたっぽいし」


「……なんて?」



 親父をどう攻め立ててやろうかと思って脳内シミュレーションをしていたのだが、当の親父の口から洩れた言葉は俺が予想していなかった言葉だった。澪が、感づいていた?



「まあ、私とお兄ぃ全然似てないし、お父さんもずっと敬語でよそよそしかったし」


「ほらな。それに、これ以上隠したとしても別に意味はなかっただろ。むしろこれ以上長引かせてしまえば澪を余計に苦しめることになっていた。違うか?」


「それはまあ、そうだけど……」



 だとしても俺としては納得がいかない。俺と澪は兄妹だ。その関係性が壊れることは絶対にないし、俺が絶対にさせない。つまり、別にバラさなくても問題はなかった。どうしてそこをわざわざばらす必要があったのか。澪だってきっとそう思ってくれているはず。俺は改めてその点を親父に尋ねる。



「僕たちは家族だろうが。なら、その家族に嘘をつき続けるのも良くないと俺が判断したまで。それにお前も言っていたな。この関係性が崩れることはないと」


「ああ」


「なら、それでいいだろ」



 何というか、無理やり納得させられた感がある。要するに今回の出来事の発端は親父が嘘をこれ以上つきたくなかったから……か。なんというか、確かに親父らしい。



「ほら、お前も今腑に落ちただろ」


「……ったく」



 確かに俺も嘘をついたりするのは嫌いだ。その点だけは唯一親子で似ているのかもしれない。とりあえず納得しておいてやることにする。きっとそれが、最も早い解決方法だと思ったから。



「それで澪、僕たちはお前に家族だと嘘をつき本当のことを長年隠していたわけだが、幻滅して家族をやめるか?」


「え、なんで?」


「……楽、お前はいい妹を持っただろ?」


「……そういうことにしといてやるよ」



 そうして親父は澪に本当の両親のことについて話した。澪の父親は交通事故で他界。母親は親父と再婚するもののもともと体が弱かったらしく病気で他界。そうして連れ子として残された澪のことをまだ幼い俺を含めて親父が一人で育てた。



「大体こんなところだ。澪ちゃん、何か気になることはある?」


「……今は良い。でも、今度お墓参りに行きたい。ダメ?」


「ああ、もちろんさ。楽、場所を教えるから澪を連れてってくれないか?」


「いいけど、親父は?」


「僕は明日にはもう向こうに帰る。こっちに帰ってこれたのは、本当に仕事を切り詰めたからだ」


「ったく、無茶しやがってよ」



 そうして俺は親父からスマホで位置情報を送ってもらう。なるほど、結構遠いな。少なくとも今日や明日に行くのは無理だ。計画を立てて必要なら向こうに宿をとって宿泊する必要がある。



「そうだ楽、僕の部屋に中国語の辞書があるから持ってきてくれないか?」


「いいけど、何で中国語?」


「今度の出張先は中国だ。なら、最低限の言葉は覚えておきたいだろ?」


「今度は中国かよ。世話しねぇなー」



 そうして俺は二階にある親父の書斎に辞書を取りに向かうのだった。




   ※




「さて、澪ちゃん。秘密の話をしようか」


「え、私に?」



 楽が書斎に向かっている隙に、リビングでは新たな会話が始まっていた。澪も普通に話はするのだが、秘密の話とつけられているのには少し眉を顰める。楽には話せないことなのだろうかと。



「単刀直入に言うけど、澪ちゃんは楽のことが好き?」


「好き。異性として好き。大好き」


「おお、迷うことなく即答してくるなぁ」


「だって、お兄ぃ意外の男の人とは考えられないもん」



 数年前から澪はそうだった。もし自分と兄が血の繫がりのない異性だったらどれだけ良かったことだったかと。そうなれば、自分は兄と結ばれることができるのだから。


 澪は今まで中学校で幾度となく男子生徒から告白をされてきた。そしてその度に「好きな人がいる」と言って断り続けていたのだ。この方便は告白を断る際に便利極まりないものだったが、多用すればするほど空しさが増して心が病んだりもした。しかし、今日でその悩みからも解放される。



「日本の法律的に、実子と養子ふたりが結婚することは可能なんだ。お互い血は繋がってないわけだし……って、澪ちゃんならそんなこともうとっくに調べつくしてるよね」


「当然じゃん」


「ハハ、やっぱ澪ちゃんには敵わないなぁ」



 ずっと夢を見て諦めていた妄想。もしそうならどれだけ良かったかと涙を流したシチュエーション。だがその夢に描いていたことがこの数日で現実へと変わったのだ。私の心が落ち着かないのも無理はない。なにせ、兄と本当に結ばれることができるかもしれないのだから。



「お父さんは、やっぱり認めてくれない?」


「いや、二人がしっかりと話し合って決めるなら僕的には何も言うことがない。二人には幸せになって欲しいから」


「ありがと、私がんばる!」


「うん、それでこそ僕の自慢の娘だ」



 澪は決意する。絶対に兄を篭絡して見せると。そして、いつの日か……




 そのタイミングでちょうど楽が帰ってきたので二人は話を切り上げる。そして、楽には何も話すことなくいつもよりやかましい夜が過ぎていった。











——あとがき——

いつもお読みいただきありがとうございます。ここまで隔日更新を保ってきましたが、これからしばらくの間は不定期更新になることをお許しください。

理由として

・引っ越し十日前

・文系の学校から編入して理転するので数学などの総復習に時間を割きたい

・新作の構想を練りたい

などなど、数多くの理由があります。暇を作ってギリギリまで投稿をしますが、安定した環境を手に入れることができたら再び更新を再開しますのでどうかお待ちを。

それでは、また朝7時にお会いしましょう!


追伸:たくさんのレビューや応援をいただきありがとうございます。返信などが満足にできておりませんが頂いたコメントには全てに目を通しており、リワード以上に私の「励み・原動力」となっています。時間を見つけてコメントに返信しておきますのでどうかお待ちを、、、

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