第20話 締まらないなぁ


「あいつら、マジでどこ行ったんだ?」



 ゲーセンに来てからしばらく四人で楽しんでいたのだが、気が付けば柴山と長谷川がどこかへと消えてしまい、俺は新垣と二人きりになっていた。近くの筐体からの轟音が空しく響く中、俺たちは二人のことを探すが全く見つからない。まるで煙に巻かれているようだ。



(もしかしてあいつら……嵌めやがったか?)



 俺と新垣を二人きりにしてその後に起こる化学反応を見て楽しむためにわざわざこんなことを? そんな考えが脳裏によぎってしまうが、さすがにそれはないだろうとすぐに切り捨て……られないというのが現状だ。あいつら、最近は俺たち二人のことを観察して楽しむことを日課にしている節がある。



「小鳥遊君、見つかった?」


「いや、どこにもいない。あいつら、まさか先に帰ったとかないよな?」


「そ、それはさすがにないんじゃないかな?」



 あの二人でもさすがにそこまで鬼じゃないと思うことにする。きっと今もどこかで俺たちのことを見て二人で盛り上がっているのだろう。しかしどこを探せどあいつらは見つからない。



「じ、事件に巻き込まれてるのかも!?」


「いや、それはない。柴山に連絡してるんだが、あいつずっと意味不明なスタンプを返してくるんだよ。しかも、最後の方は頑張れって手を振ってる猫のスタンプを十回くらい連打してきてるし。まあ、無事だと思う」


「そ、そっか。小鳩の方は既読無視だよ……」



 だが最初の方に柴山が送ってきたスタンプに『見守り中』みたいなスタンプがあったので多分最初の考察はあっていると思う。さて、こうなってしまった以上どうするか……



「ど、どうしよっか?」


「せっかくだし、俺たちは俺たちで楽しもうぜ。あいつらも時間が経ったら帰って来るだろ」


「そ、そうかな?」


「第一、柴山が一緒にいる以上身の安全は保障されてるよ。あいつ、中学生の時に高校生十人相手に喧嘩で勝ったことがあるし」


「ど、どこの世界線の話なのそれは?」



 柴山が長谷川と一緒にいる以上危ないことに巻き込まれても多分大丈夫だ。というか、そんなことが起きた場合には相手の方が心配になってくる。とりあえず俺たちはせっかくゲーセンに来たということでしばらく色々な筐体を見て回った。



「あ、小鳥遊君。これ可愛いね」


「そ、そうか? 目玉焼きのゆるキャラ?」


「ううん、くてたまって言うの」


「ふ、ふーん。よくわからん」



 新垣が指をさしたのは胸に抱きしめられるほどの大きさのゆるキャラだった。こういうのが最近は流行っているのだろうか? ものすごくやる気がなさそうなゆるキャラが目玉焼きのような何かの上でくつろいでいる。澪や柚姉はこういうのが好きそうだが、俺には正直言ってよくわからない。それよりも向こうにあるヘッドホンや腕時計の方が気になるくらいだ。



「え~そう? 私は可愛いと思うけどな」


「確かに二分化すると可愛いに分類されるかもしれないけど、ちょっと微妙かなぁ?」



 こういうところで個性が分かるのも面白いよな。俺たちは一分間くらいこの謎のキャラクターについて討論し合う。最近よく喋るようになってきた俺たちだが、思えばこんな風に真剣に何かを話し合うなんて初めてだ。だからこそ新垣は少しだけ熱を込めてこのキャラクターの魅力を長々と説明していた。



「だからね、この子は人気ハンバーガーチェーン店のおまけに抜擢されるような子で……」



 クレーンゲームガラス越しにキャラクターを眺める新垣は目をキラキラと輝かせており、不覚にも可愛いなと思ってしまった。いや、そういえば新垣はクラスで一番かわいいと言われるくらいには可愛いのだ。下手をすれば学年で一番とのうわさが立っているくらいだが。



「だからね……って、小鳥遊君聞いてるの?」


「あ、ああ。ちゃんと聞いてるよ」



 新垣の顔をずっと見ていたせいでついつい焦ってしまう俺だったが、新垣はキャラクターに夢中なようで俺の心中には気づかなかったらしい。というか、そこまで言うなら……



「そんなに言うなら、俺が取ってやろうか?」


「取るって、この子けっこう大きいよ?」


「まあ任せておけって」



 俺はこの筐体のアームとぬいぐるみの位置や形などを数秒ほど観察する。さらにはボタンのタイプやアームの大体の可動域を予測。ここら辺は一回実際にやらないとわからないが、事前に予測しておけばその差を調整して埋めるだけで理想通りのプレイが可能になるのだ。これが俺の定石。



(大体……三回くらいか)


「迷いなく五百円玉を投入した!?」



 俺はイメージがかき消されない内に五百円玉を投入する。二百円玉で一回プレイ可能で五百円玉でちょうど三階のプレイが可能。新垣は俺の後ろから覗き込みながらそわそわして見守っている。ま、男として少しはいいところを見せつけるか。



「まずは、こんなもんか?」


「だ、大丈夫なの?」


「ま、見ておけ」



 最初は様子を見るためにアームをそのまま素直にぬいぐるみの方へと向けて停止させる。うん、これでボタンを話してからアームが止まるまで大体どれくらいのタイムラグがあるのかなどが理解できた。


 そしてアームは一瞬だけぬいぐるみを掴むもののすぐにポトリと落ちてしまう。思ったよりアーム設定が弱いことも分かったのでもう十分だ。



「あっ、落ちちゃった」


「まあ逆にこれで取れたら大赤字だからな。にしても、やっぱこの手のゲーセンはアーム設定に悪意があるよな」


「あっ、聞いたことある! わざと取りにくくしてるって奴だよね」


「ちょ、静かに……といっても、周りのゲームの音がうるさいし大丈夫か」



 俺は新垣の期待に応えるべくそのままクレーンゲームを再開する。先ほどこのぬいぐるみを動かしたおかげでタグが良く見える位置になった。だがこのままではうまく利用できないのでぬいぐるみの位置を少しだけ左に移動させることにする。



「あれ、これじゃあアームで挟めないよ?」


「いいんだよ、これで」



 そして俺の目論見通りぬいぐるみはちょうどいい位置へずれてくれた。さらに今の操作で完全にこの筐体の操作に慣れた。次に狙うのはあのタグによって作り出された輪っかの中だ。俺は今まで以上の集中力でボタンに手を置く。



「ふぅー……よし」



 カチャ、カチャ。騒々しいゲームセンターのはずなのに無機質なボタンの音がなぜか大きく響き渡った気がした。そうして俺は最善の位置にアームを置くことに成功する。あとは完全に神頼みだ。



(頼む、上手くいってくれ!)



 そうしてアームはゆっくりとぬいぐるみのもとへと降りてゆく。そしてアームがガバッと開き、そのままゆっくり閉まって……



「よし、入った!」


「え?……あ、ああっ!?」



 そうして見事にアームの先端がタグの輪っかに挟まってぬいぐるみを持ち上げた。そしてゆっくりと獲得口の方へと向かっていく。それまでの瞬間が長く感じたが、着実に出口の方まで近づいてく。そしてとうとう……



「「やった、取れた!!…………って、え?」」



 俺と新垣は興奮のあまり同時に叫んでしまうが、同じく同時に困惑して腑抜けた声を上げてしまう。何故なら、ぬいぐるみが落ちることなくそのままアームにふらふらと引っ掛かっていたからだ。少し台を叩いてみるが、全く落ちる気配がない。俺もこんなことは初めてなので、台を見つめて呆然としてしまう。



「えっと、小鳥遊君?」


「……店員さんを呼んで交渉しようか」


「……そ、そうだね」



 その後ゲーセンの店員に交渉して見事に獲得扱いにしてもらいぬいぐるみを譲ってもらったが、何というか締まらない結果だった。俺はもちろん、新垣もなんとも言えない表情になってぬいぐるみをもらっていたし。



「なんか、かっこ悪いな俺」


「そんなことないよ! だってたった三回でこんなぬいぐるみを取っちゃったんだよ? 私だったら十回やっても無理だと思う」


「いや、それでもなんというか、うーん、何か納得いかないなぁ」


「そうだ、お金返すね」


「いや、いいよ。俺からのプレゼントってことで。これくらいは格好つけさせてくれ」


「ア、アハハ……」



 俺の理想はスーパープレイを見せつけてやることだったのだが、変な結果になってしまったものだ。だが、ぬいぐるみが獲得できただけ良しとすることにするか。俺と新垣は最後の奇天烈な結果に苦笑いするが、それ徐々に心からの笑いに代わっていく。



「とにかく、本当にありがと小鳥遊君! これ、宝物にする」


「いや、これを宝物にされてもなぁ。もっといいものあるだろ」


「ううん、このぬいぐるみに勝る宝物なんてないよ! 一生大事にする!」



 そう言って新垣はぬいぐるみを抱きしめた。よくわからないが、そこまで大事にしてくれるなら取った俺としても嬉しい。俺は思わず笑顔になってしまう。



「ねぇ小鳥遊君! お返しってことで今度は私がお金出すから、あのゲーム一緒にやろうよ!」


「ああ、面白そうだしやってみるか!」


「うん!」




   ※




「ふむふむ、いい感じだねぇあの二人」


「クッ……ククッ」


「柴山、いつまでツボってるのさ。二人ともあっちに行っちゃうよ?」


「いや、肝心なところで締まらないって、やっぱあいつらしいなって思ってさ。本当、ある意味で神に見守られてるんじゃないか? 笑いの神だけど」


「まぁ、私も久しぶりに笑い散らかしたかもだけど、それ以上に小鳥遊君のクレーンゲームの上手さに驚いちゃったよ」


「あいつ、ああいう小手先の技術が必要なもん得意だからな。あいつの家庭科の成績、中学からずっと満点だぜ」


「マジか! 私でも七割くらいしか取れないのに」


「それは……お前が大雑把な性格してるからじゃないか」


「な、なにおう!……と言っても、ぶっちゃけ否定できないや」



 そう言って両替機の影で見守る柴山と長谷川の二人組。先ほどからスマホに鳴りやまないほどのメッセージが二人から届いているが、お互いにスタンプの連打で対応している。今柴山が楽に対して返信しているスタンプは、最近ノリで買った構ってほしいメンヘラちゃんスタンプだ。ちなみに意味はない。



「それで、この後はどうする?」


「あいつらあの調子なら俺たちの事忘れて楽しみそうだし、もう少し様子見ようぜ」


「ま、そうだね。それじゃ、私たちも様子見ながら適当にゲームで遊ぶことにしよっか」


「ああ。どうせなら何かで勝負しようぜ」


「おお、柴山と勝負か。負けないぞ~」



 そう言ってこっちはこっちで楽たちとは反対に位置する場所で適当なゲームを楽しむことにした。もちろん随時位置を確認してバレないようにしつつ見守ることは怠らない。



「にしても、柴山が私と同じこと考えるとはねぇ」


「むしろこれくらいしか思いつかなかった。お前も似たようなもんだろ?」


「まあねー」



 そう言ってアイスホッケーを楽しむ二人。もともと二人は結託して楽と新垣を二人きりにしてみようと話し合っていたのだ。最初はガバガバな計画だったが、楽の順応性と新垣の天然が合わさってなぜか上手くいっている。



「とりあえず俺たちは今後も温かく見守るってことで」


「だね~」



 そうして、バラバラになりつつも二組の男女はゲームセンターを堪能するのだった。

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