第18話 ――、カッコ良かったからだよ
家を出て、春人は草壁と共に学校とは真逆の方向へと歩いて行く。
そちらは駅の方へと続く街が広がっており、多くの者が行き交う場所だ。この前草壁と入ったモッスンバーガーや喫茶店、ファミレスはもちろんあるし、他にも映画館やデパート、小規模のテーマパークなども存在する遊び場でもある。
「いやあ。まさか須藤君と街デートが出来る日が来るとはね! 気合が入り過ぎて妙なことを口走ってしまいそうだよ」
「大丈夫だ。いつも口走ってるから」
「流石は須藤君。私のことをよく分かっているね!」
ああ言えばこう言う。そろそろ、彼女の口には勝てないと、達観するべきかもしれない。
「ここら辺。中学の時は、よく部活の先輩や仲間と買い食いしてたなあ」
「ほうほう。仲が良かったのだね」
「ああ。高校に上がってからは、冬馬や和樹と時々繰り出すくらいになっちゃったけどな。でも、時々部活の指導の後とか、先輩達とモッスンバーガーに行ったりはするよ」
高校の剣道部も、ほとんど中学の顔馴染みだ。可愛がってくれた先輩も多く、同級生とも今も
彼らと過ごす時間は、春人にとってはどこかホッとするものだった。
恋人と過ごすよりも、ずっと。
「しかし、須藤君は相変わらず紳士だねえ」
「え?」
「いや。登下校時も思っていたけど、君は必ず道路側を歩くだろう? それがいつの間にか、物凄く自然にやるものだから、私も最初は気付かなくてね。いつもありがとう」
「え? ああ、……まあ」
真正面から感謝を告げられ、春人は少しだけ頬が熱くなる。春人としては危ないからと当然の様にやっていることだが、改めて言葉にされるとむず
「君、親友相手でも同じことをやっていそうだね」
「……それ、和樹にも言われたよ。何か怒られたけど」
「はっはっは。……彼らも、君がとても大切ということさ。そういう友は得難いものだよ。大事にするべきだよ! まあ、大事にしているようだけどね!」
良い笑顔でウィンクする彼女に、ああ、と春人も頷く。二人は幼稚園時代から続く親友だが、今でも付き合いがあるのは貴重だと思う。
そんな風に他愛のない会話を交わしていると、草壁が
「そういえば、須藤君。
「うん? 何?」
「須藤君は、中学までは剣道の部活に入っていたのだよね? どうして高校では入らなかったんだい?」
「ああ、そんなことか」
草壁の質問に、春人は軽く頷く。
彼女は、本気で質問しにくい内容なら、恐らくよほどのことが無い限り踏み込んではこない。それは、約一ヶ月の付き合いで理解した。彼女は、周囲を振り回しながらもかなり人の反応をよく見ている。
だから、この質問自体は大丈夫だと判断したのだろう。実際、春人にとっても特に深刻なものではなかった。
「勉強するためだよ。中学よりも塾へ行く回数多くなるって分かってたし」
「塾かい?」
「ああ。映像授業だから、時間はある程度自由なんだけどな。それでも、部活に入ってたら、大会前だと結構拘束されるし。うちは強豪だから余計にさ」
「ああ。確かに、割と一年通してしょっちゅう遅くまで残ってはいるよねえ」
「そう。先輩とか仲間には、幽霊部員で良いとか、出れる時だけで良いからって言われたんだけどさ。一生懸命やってる部員に失礼だろ? だから、入らなかったんだ」
中学時代の春人の腕前を知っている顧問も入って良いぞと勧めてきたが、断った。
その代わりに、かなりの新人部員がいるので、時々指導のヘルプに来て欲しいという誘いは受けている。春人自身の修練にもなるし、人に教えることで見えてくるものも多いからだ。
「ふふっ。須藤君は、清水さんの言う通り真面目だねえ」
「そうか? でも、一応父さんの道場には籍を置かせてもらっているんだ。家のすぐ裏に父さんがやってる道場があって」
「ほう。お父さんも剣道を?」
「ああ。父さんは俺よりずっと凄い人だよ。もう七段取ってるし」
「へえ! なるほど。須藤君はお父さんの背中を見て育ってきているから、剣道をしてるんだねえ」
「そうだな。それに、俺も段位は取りたいから、道場に籍を置かせてもらっているんだ。時々道場生に混じって稽古したり、時間ある時に父さんに練習付き合ってもらったり。普段は夜に家の庭で素振りとか基本を繰り返してるけど」
「へえ……。須藤君も段位を?」
「去年三段取ったよ」
「ぶっ。……うちの中学でも君は有名人だったけど、本当に凄いようだ。はあ。今度、君の剣道姿を見てみたいね! きっと、見慣れない
――それ、死ぬよな。
彼女は一体何回死ねば気がすむのだろうか。というより、春人のカッコ良さで死ぬとは大袈裟だ。
そして、この口説き文句にも慣れてきてしまっているあたり、春人は本当に毒されてきている。由々しき事態だ。
「まあ、本当は色んな人を相手にした方が良いから、部活に入った方が良かったんだろうけど」
「それでも、勉強がしたかったんだろう? 何を目指しているんだい?」
「理学療法士。……剣道も怪我とは無縁でいられないしさ。将来、道場を継ぐにしても他の道へ行くにしても、剣道に関することを仕事にしたいんだ。だから、剣道を医学の観点からサポート出来たらなって」
「……ははあ。……本当に須藤君は真面目だよ。もう将来のことをそんなにきっちり考えているんだから」
感心した様な彼女の声に、嘘は無い。彼女は見た目通りに、己の感情の発露に素直な様だ。裏表なく接することが出来る彼女は、凄い人だと尊敬する。
「草壁さんは、何か目指しているものとかあるのか?」
「うん、あるよ! 聞いて驚いて欲しい。救急救命士か、総合診療医だよ!」
「ふおっ」
思わず変な声が漏れ出た。どちらにせよ、医学的な道を目指しているらしい。意外なところで親近感が湧いた。
「どうして、その二つを?」
「うむ! 総合診療医は、総合的に色んな
「うわ。それは大変だったな……」
「けれど、最後の頼みとして総合診療科にかかったら、病気が判明してね。そこから、専門医を紹介してもらって、無事に快復したわけさ。だから、憧れがあってね」
さらっと告げられた体験だが、かなり貴重なものではないだろうか。それは、目指すキッカケになるかもしれない。
「ふーん。じゃあ、救急救命士は?」
「ああ、それはね」
ふふん、と得意げに人差し指を立て、草壁は内緒話の様に声を潜めた。
「――、カッコ良かったからだよ」
「……、え?」
単純に「カッコ良かった」という単語の前に、何かが添えられていた気がした。
だが、その肝心な部分が聞こえなくて、春人は首を傾げる。視線だけで問うてみた。
けれど。
「おばあちゃんの時の様に、無力なままではいたくないからね。――いざという時にすぐに動けたり、知識を元にして分かりにくい何かにきちんと気付ける人になりたいと思ってね!」
「なるほど……」
「だから、救急救命士か総合診療医かでちょっと迷っていてね。どちらにせよ猛勉強しなければならないから、私も塾通いさ! 夕食を食べてからいつも塾だよ!」
「そっか。……お互い、夢を叶えるために頑張らないとな」
「もちろん! 須藤君との輝かしき未来のために! 乾杯!」
「違うからな」
グラスを持つ様に右手を掲げ、かんぱーいと叫ぶ草壁に、春人は溜息を吐く。
しかし、最後まで救急救命士の方の理由の全貌は教えてもらえなかった。
それが何となく引っかかったが、彼女はとても楽しそうに鼻歌を歌っていたので、春人はそれで良いかと目的地に集中することにした。
だから。
「……。あれ? 彼って、……」
春人の後ろ姿を見かけ、凝視している女性がいたことに、気付くことはなかった。
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