第19話 待ち望んだゴーたん!


 駅のデパートの最上階。


『みんな、いらっしゃいきゅっ!』


 そんな可愛らしいアーチの文字と共に、春人と草壁を迎えたのは、ゴーたんの楽園だった。



「……ふ、ふおおおおおおおおっ! ご、ゴーたんが、いっぱい、……いるっ!」



 入口のアーチをくぐり抜けた先では、真っ白に飾り付けられたゴーたんのぬいぐるみが、大勢で歓迎をしてくれた。手には各々旗を持ち、『いらっしゃいきゅ』『会いたかったきゅ』『ゆっくり楽しんできゅ』と可愛さ全開で来る人来る人を迎えていた。

 小さな子供から大人まで迎えるためか、低いところから高いところにまできちんとゴーたんが飾り付けられている。そのゴーたんが文字入りの旗をいっぱいに掲げているあたり、配慮が行き届いている。


「く、草壁さんっ。見てくれっ。ご、ゴーたんが、……ぬいぐるみに、文房具に、食器に、食べ物に、なってる……! しかも。……あそこにクジまであるぞ……っ」

「おおう……っ! 須藤君の興奮した姿が可愛すぎるよ……っ。ありがとう、ゴーたん。ありがとう、ゴーたんショップ……っ」


 春人がばしばし草壁の腕を叩いて興奮する横で、草壁は草壁で顔を右手で覆って興奮しながら感謝していた。普段なら草壁のその反応に引いている春人も、ゴーたんラッシュでそれどころではない。


 ショップと言うのでもっとこじんまりとした開催なのかと思っていたが、デパートの一フロア全体を使った、大きな催しものだった。


 入口では写メを撮れる様にゴーたんのぬいぐるみや小さな建物、綺麗なガラスで出来た噴水などが設置されており、家族連れや恋人達がはしゃぎながらスマホで撮影していた。

 文房具などの売り物も一ヵ所に設置されているが、これまたフロアの半分くらいを使用して大きな一つの店と化している。クジを引く場所は店とはまた別に設置されており、クジの景品だけでも物凄い数が置いてあった。ある意味、クジのある場所も一つの店だ。

 しかも。


「パンフレットにも書いてあったけど、奥には喫茶店があるんだね。ゴーたんを模した食事やデザートがたくさんあるみたいだよ」

「行く! もちろん行くぞ!」

「当たり前だよ。ゴーたんと一緒に映る須藤君……こんな絶好のシャッターチャンスはないねっ」

「ああ。今から何食べようか迷うなっ。いや、……そもそも、ゴーたんの顔をした料理を食べられるのか? 困った。いや、でも、ゴーたんは食べて欲しくて料理されているわけで……ああ、でもっ、ゴーたんを食べるなんて……っ!」


 ゴーたんの「食べてきゅ」という姿と同時に、「食べるのきゅ?」と悲しそうに眉を下げる姿が現れ、春人の心を激しく攻撃してきた。今からどう食べるべきかと真剣に悩む。

 そんな春人を眺めて、一人悶えながら胸を押さえる草壁は、「これが、とうとい……というやつだね」と震えてしゃがみ込んでいた。


「はあ……。よし! まずは……」

「うんっ⁉ 須藤君! あれを見たまえ!」

「へっ⁉」


 ぐりん、と春人の頭をつかんで草壁が強引にあらぬ方向へと向けさせる。こきっと首が鳴った気がした。地味に痛い。

 だが、そんな痛みや不満も、視界に飛び込んできた光景でぶっ飛んだ。



『きゅー! みんな! こんにちはっきゅー』

「――――――――っ‼」



 ゴーたんが、尻尾で器用に立ちながら、みんなの前に姿を現した。春人の声が、叫びにならない雄叫びを上げる。



 ――ご、ご、ご、ごごごゴーたん! が! あ、あ、歩いて、る……‼



 春人より低い身長のゴーたんが、喋りながら歩み寄ってきた。わーっと、子供達が歓喜の声を上げて駆け寄っていく。

 それを、ふわっふわに受け止め、頭を撫でて笑顔で首を傾げるゴーたんに、今、春人は昇天に達した。


「ご、ゴーたんが……。め、目の前で、動いている……っ」

「おお……須藤君が、着ぐるみゴーたんを前に、こんなに感動して……っ。いやあ、私は今、須藤君のカッコ良さと可愛さと尊さが感極まり過ぎて、涙が出てきたよ……」


 草壁が相も変わらず変なことを言っていたが、春人はそれどころではない。駆け寄りたい衝動に駆られて、しかしブレーキをかけた。

 あれは、着ぐるみだ。分かっている。アニメの中ではないのだ。本物のあざらしがいるわけではない。

 つまり、あの中には人が入っているわけで。

 もし、万が一その中身が女性だったりなんかしたら。しかも、もし着ぐるみに硬い境界線が無かったりなどしたら。

 春人が、笑顔で抱き着いた瞬間。



 ――俺、変態扱いされて逮捕されるっ!



 手錠をかけられた己を想像し、春人はぶんぶんと頭を物凄い勢いで振った。ついでに、最悪の想像も頭から追い払う。


「ご、ゴーたん……せめて写メだけは撮らせてくれ……」

「え? せっかくなんだし、抱き着いてくれば良いじゃないか!」

「はあっ⁉ 草壁さん、俺を犯罪者にしたいのか⁉」

「はっはっは! 須藤君が何を言っているのか珍しくよく分からないけど、ほら! ゴーたんがこっちに気付いて手を振っているよ!」

「えっ⁉」


 草壁の人差し指と言葉に誘導されて、ぐりんと振り向くと、確かにゴーたんが短い手をぱたぱたさせて春人に向かって振っていた。おまけに、『おいできゅー!』と可愛らしく誘ってくれている。機械でアニメの時の声そのままに変換しているらしく、春人はまたも感動した。


「ご、ゴーたんが……俺に、笑いかけてくれている……っ。俺、もう思い残すことはないな……」

「何を言っているんだい! これから私と一緒にゴーたんに抱き着き、ゴーたんを買い、ゴーたんを食べ、ゴーたんを堪能し、毎日ゴーたんと共に登校する! やり残していることはたくさんあるよ!」


 しっかりしたまえ、と草壁がぶんぶん右肩を掴んで振り回してくるので、春人も少しだけ正気に戻った。

 そして、恐る恐るといった風に近付いて行く。何故か周りではしゃいでいた子供達も、固唾かたずんで見守ってきた。


『こんにちはっきゅー! ようこそだっきゅ!』

「こ、こんにちは。……あの、ゴーたん……」

『さあ。――どんと! おいでっきゅ!』


 どーんとこい、と短い手で胸――までは届かなかったので、腹の辺りを叩き、ゴーたんが春人を招いてくれる。これは中身は男かもしれない。ゴーたんは元々オスだからピッタリな配役だ。少なくとも変態にはならないとホッとする。

 しかし、そんなゴーたん――の中の人――の気遣いが嬉しい。春人は感激しながら、そろそろとゴーたんに手を近付け。



 もふっと、抱き着いてみた。



 途端、ふわっふわな感触が春人の手や腕に、体いっぱいに広がっていく。


「う、わあ。……ふわっふわ!」

『て、てれるきゅー』

「ありがとう、ゴーたん! 俺、……子供の頃とか、こんな風に抱き着いてみるの、夢だったんだ……っ」

『それは、よかったきゅー! ぼくも、あえてうれしいっきゅ!』

「ゴーたん……!」


 ゴーたんの言葉に、春人の胸には温かい熱がいっぱいに満たされていく。周りの子供達も「よかったねー!」「にいちゃん、やったなー!」と一緒に喜んでくれた。ゴーたん好きに悪い大人も悪い子供もいない。ゴーたんは世界を救う。


 もふもふとしばし堪能した後、春人は名残惜しかったが体を離した。他にもゴーたんを触りたい人はいるだろうと引き下がる。――その後ろで、草壁がしきりにスマホを構えて写メを撮っていたのが気になったが、今は寛大な心で許そう。ゴーたん効果だ。

 そんな風に、満足していると。



「わたし! ごーたんのあたま、なでなでしてあげたい!」



 小さな女の子が、右手を元気いっぱいに上げて要求してきた。

 途端、ゴーたんがおろおろと困った様に体を揺らす。

 女の子は身長が小さい。頭を撫でるには、ゴーたんがかがむしかないのだが。


 ――着ぐるみだと、屈め無さそうだな。


 この着ぐるみはよく出来ていて、春人が抱き着いても中の人の感触はまるでしなかったが、どこかで硬い境界線があるはずだ。特にゴーたんは他の人形と違って足がほぼ無いため、歩くので精一杯な気がする。

 だが。


「……ごーたん。……だめ?」

『……ぎゅっ!』


 決意を込めて、ゴーたんが短い手を振り上げる。何をしようとしているのか、春人には分かってしまった。

 故に。



「ゴーたん。ちょっとごめんね」

『――きゅ?』



 言うが早いが、春人はゴーたんの体を支える。

 そして、そのままゆっくりと前へと倒していった。なかなかの重さだったが、力の配分を考えて、何とか負担が少ない様にしながらゴーたんを横たえる。

 そうして、海ならぬ床を泳ぐゴーたんの完成だ。


「はい。これでゴーたんの頭、撫でられるな」

「……! うん! ありがとう、ゴーたん! おにいちゃん!」


 わーい、と女の子が嬉しそうに頭を撫でた。すると、他の子供達も「おおー!」「ゴーたん、およいでるー!」とはしゃぎながら次から次へと頭を撫でて行く。

 ゴーたんが「ありがとう」と言う様に春人の方を向いてぱたぱたと小さな手を振りまくっていた。

 それに、春人も笑顔で答える。あのまま、ゴーたんに決死の床へダイブをさせるわけにはいかなかったので、当然の手助けだ。


「みんな、ゴーたんの上に乗ったら駄目だからな。重すぎて死んじゃうからな!」

「え! わ、わかった!」

「はーい!」

「はっはっは。ここにいる子達は良い子だから。須藤君の言い付けは守りそうだね」

「少し遠くに保護者もいるっぽいしな。……後は、スタッフの人に、起き上がる時に助けて欲しいって伝えておくか」


 ちらりと春人も確認はしていたが、遠くで待機していたスタッフが、ゴーたんに駆けつけようかどうしようか迷っていた様だった。その前に春人が手を出したので、見守ることにしたらしい。


「……須藤君は、ゴーたんにも紳士だねえ」

「え? そうか? 普通だよな?」

「いや、普通かどうかは……。でも、それが須藤君だよね! これは、ゴーたんもうっかり惚れそうだね!」

「え? ……それは、嬉しいなあ」

「おう……やはり、究極のライバルは、ゴーたん……っ」


 春人が頬を緩めると、草壁が右手を額に当てながら大きくよろめく。

 何故、よろめく時まできらきら輝いているのだろうか。疑問を持ちはしたが、今は子供達が幸せそうにゴーたんを撫でたり抱き着いたりしているのを見守るのだった。


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