第78話 頼朝、候補地を巡ること

 まずは、御所の場所が問題となった。


 みっつの候補地の名があがった。

 由比ゆい亀谷かめがやつ大倉おおくら

 いずれも源家ゆかりの旧跡である。

 ……早速、頼朝みずから、それぞれの地に足を運んだ。


 由比ゆいは、海に近い。

 百年以上の昔、頼朝の五代前の先祖にあたる源頼義が、屋敷を構え、若宮八幡社を創建した場所である。

 視察の一行は、若宮に参拝を終えてから、南東の敷地を検分した。

 海が近く、嵐の折には波をかぶる恐れがあった。

 四方にひらけ、いくさの際には、防御が難しいかと思われた。


 第二の候補地、亀谷かめがやつは、鎌倉北西の山際である。

 ここにも代々の屋敷があった。

 父義朝が平治合戦で破れ、賊将となった折、その館は官衙かんがの手によって取り壊されてしまった。

 実際にその場所に立つと、山陵に囲まれた館跡は、頼朝の構想を実現するには、狭すぎた。

 なおかつそこには、年月を経た堂宇が、湿った山気のなかにひっそりとたたずんでいた。


 頼朝一行が堂内に入ってみると、香の匂いに包まれて、白い光条のさなかに如来像の姿が浮びあがり、安置されたみっつの位牌には、義朝公、義平公、朝長公の戒名を読むことができた。

 頼朝は言葉を失った。

 平治合戦に死んだはずの父とふたりの兄が、突如、目の前に現れたかのような思いがした。

 思わず手をあわせ、念仏を唱えた。


「いったい、誰がこのようなお堂を……」

「わしが二十年前に建てさせたもので、欠かさずお世話させてもらっております」

 悪四郎であった。

 人々は驚きをもって、この大柄な老人を見つめた。


 悪四郎は子供のように照れ笑いしながら、

「なに、頭殿こうのとのには、ずいぶんとお世話になり申したからのう……」

 と、昔を懐かしむように、しみじみと呟くのだった。

 それで頼朝は、この堂宇をそのまま残すことにした。


 御所の造営地は結局、亀谷より東へ一里ほど離れた、第三の地、「大倉おおくら郷」に決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る