第79話 新都・鎌倉を構想すること

「構想がある」

 頼朝は景義を呼び、鎌倉の絵図を広げた。


「このたび新設する大倉郷の御所、これは京の都になぞらえるなら……」

「御内裏だいり……でござりまするな」

 景義は恐る恐る、その言葉を囁いた。

 内裏とは、都の中心、天皇の御所のことである。


 頼朝は首を横にふった。

「いや、違う。左京一条である」

 頼朝は少年時代を都で過ごした。

 それゆえ都の様子には詳しい。

 左京の一条あたりは、皇族や位の高い貴族が屋敷を構えている。

 自分の屋敷はそれだと言う。

「ならば内裏の位置には……?」

 困惑して首をかしげた景義に、頼朝は一点――大倉郷の左隣を指し示した。


「この北山の正面が、内裏となる。ここには源家の氏神、八幡神を勧請する」

 つまり、先祖頼義の建てた由比の若宮八幡社を、北山の正面にうつすというのである。

 これが、「鶴岡つるがおか八幡宮」である。

「そして鶴岡八幡宮から由比ガ浜にむかって、真っ直ぐな大路を造る。これがいわば都の朱雀すざく大路おおじだ」


「なるほど。つまりは、神仏を中心にいただいた、新しき都を造るのでござりますな」

「さすがは景義、よくぞ言い当てた」

 即座に意が通じた喜びに、頼朝は顔を輝かせた。

「新しき都……まさしくそのとおりだ。この都は京の都から独立した、坂東の人々のための、新しき都である」


(なんと独創的な……)

 景義の胸にも、頼朝の構想が熱く伝わり、あざやかに色づきはじめた。

「やってくれるか」

「おお、もちろんでござります。そのような輝かしい大作事を、この景義めが承ることができようとは。子孫末代までの喜びにござりまする」

 ふつふつと湧きあがる新しい血潮のうめきに、景義は身をふるわせた。


「御所の作事は可能なかぎり早く進めてもらわねばならぬ」

「承知いたしております。……ならば、このような案はどうでしょう」

 景義は扇の先で、絵図面に縦線を引いた。


「由比ガ浜に届いた材木、石材を、一直線に大倉まで届けるため、まず、資材運搬用の大路を拓きましょう。それによって作事は格段に早まるでしょう。

 御家人たちもまた、自分たちの屋敷の作事にこの大運搬路を利用できるとなれば、便利でもあり、喜びもするでしょう。

 もろもろの作事が終わり、都としての体裁が整って後、この大路を鶴岡八幡宮に至る参道――若宮大路へと整備しなおします。この大運搬路が、まさに新しき鎌倉を生み出す産道となるのです。いかがでしょう?」

「よい考えだ」

 共鳴し、高まりあう鼓動が、ふたりのあいだで豊かな音色を奏ではじめた。

 新都鎌倉の計画が、いよいよここに動きはじめたのである。




※ 松田御亭 …… 神奈川県足柄上郡松田町。現存せず。


※ 由比の若宮八幡社 …… 神奈川県鎌倉市材木座。現存。


※ 亀谷の堂宇 …… 鎌倉市扇ヶ谷。現、寿福寺。


※ 鶴岡八幡宮 …… 鎌倉市雪の下。現存。

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