第80話 大倉御所、完成のこと

 十月かんなづきなかば――


 富士川に出征して平家軍を追い払った頼朝は、北にひるがえり、常陸国ひたちのくにを制圧した。


 景義は、常陸攻めには同行せず、坂東中から職人や人足を駆りだし、新都造営に明け暮れた。

 材木は大庭から、土肥から、三浦から、房総から、海をわたって続々と鎌倉へ集積された。


 やがて、若宮八幡宮の仮宮と、大鳥居が完成。

 はやくも十二月しわす初旬には、待望の大倉御所が披露された。





 寝殿しんでん建築の、豪壮にして優雅なるたたずまいは、坂東人の目を驚かせるに充分なものだった。


 屋根はすっきりと瀟洒な桧皮葺ひわだぶきである。

 東西南北の四棟から成り、南側には大きな池をたたえ、花樹の薫る、造り庭を配してある。

 西の対屋たいのやからはほそどのが伸び、池に釣殿を浮かべている。

 ……まさにみやこ風の、美しい寝殿造りであった。


 しかして特異な点は、寝殿の西側、差し渡し十八間にもおよぶ巨大な侍所さむらいどころである。

 これは頼朝と御家人たちとの接見の場であり、御家人たちの衆議の場となる。

 一般的な貴族の寝殿でさえ差し渡し七間であることを考えれば、十八間という大きさは倍以上、比して驚くべきものであった。

 これぞ、武家の棟梁の館と呼ぶにふさわしい。


 これら豪壮な寝殿と侍所が、ぽつねんとして見えるほど、敷地は有り余るほどに広かった。

 総ずれば、五町にも及ぶ。

 これから順次、いまひとつの寝殿――これは幼い姫のためのもの――と、十間規模の大うまやが建てられる予定である。


 楼門ろうもん築地塀つきじべいの、白い漆喰しっくいの輝きは、触れるのがためらわれるほど。

 建物は内装の細部まで、丁寧な仕事が施されている。

 都を知らぬ者は、今までに見たこともない建造物の有様に驚愕し、憧れを覚えた。

 都を知っている者たちですら息を呑み、まなこを奪われた。

 まさにここから自分たちの新しい時代が始まるのだと、誰もが期待に胸を躍らせた。





 十二月しわす十二日、深夜――


 この新しき御所に、坂東のおもだった御家人三百十一名が初出仕した。

 人々はみな気負いこんで、色も艶もある一張羅に、身を飾ってやってきた。


 敷地の西南に、幕府総門が聳えている。

 きらびやかな八双鋲を打った、桧皮葺の棟門むなもんである。

 左右には巨大な篝火が焚かれている。


 一歩なかへ踏み込めば、まずもって東西横長の、異様な建物が目に飛び込んでくる。

 ――これが侍所である。

 数多の篝火と灯篭にあぶり出され、闇のなかに忽然と浮かびあがっている。


 侍所に昇殿を許されるのは、選ばれし少数の御家人のみ。

 大多数の御家人たち、郎党雑色たち……ゆうに千人を超えるであろうそれらの人々はこの建物を囲繞いにょう群集し、前に一歩でも近づこうと暗闇のなかを騒然とひしめきあった。


 侍所には屋根はあるが、壁がない。

 このため、内部の様子が、高床の舞台のようにありありと見えた。

 ……そう、それはまさに舞台と呼ぶにふさわしかった。


 右手、最奥には、きらびやかな屏風が立てられ、畳が高く積まれ、豪奢な敷物が敷かれている。

 まごうことなき、玉座である。

 昇殿した御家人たちは、南列、北列……縦二列に長々と座して、朝日昇る東の方角に、玉座を仰ぎ拝している。


 この舞台を前に、地下じげの人々は目を凝らし、爪先立ちになり、期待に胸をふくらませながら、今か今かと主の到来を待ちわびた。

 寒夜に明月は冴えわたり、風も穏やかに静まって、今しも最高の舞台が整っていた。


 ひゅんひゅんと風を切り、弦鳴つるなりの音が鳴り響いた。

 陣太鼓が重々しく打ち鳴らされた。

 いよいよ、その時がやってきたのである。


 黄金の衝立の背後から、万騎の盟主、源頼朝の姿があけぼののごとくに立ち現れた。

 すると人々のあいだからおのずと合戦を思わせるときの声が湧きおこった。

 歓呼の声は夜を破らんほどに高まって、鎌倉の山海を圧しながら果てしもなく響きわたるのだった。




※ 大倉御所 …… 現存せず。

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