第七章 悪四郎

第77話 景義、作事奉行となること

第一部  戦 乱 編


 第六章 悪 四 郎




   一



 刻は、しばし遡る――


 治承四年、十月かんなづき初めのこと。



 敗走のなかで死んだと思われていた景義が、ひょっこり生きて鎌倉に戻ってきた時、頼朝はおおいに喜んだ。


 早速、宿所に迎え入れ、互いの無事を祝いあって、さかずきを交わした。


 ふたりは鎌倉という新しい都の造営について話しあった。

 まずは、頼朝の御所を建造せねばならない。

「ただの屋敷では駄目だぞ、屋敷では。都びとに馬鹿にされぬような、格式高い寝殿しんでんでなければ」


 頼朝の言葉を聞いて、さればこそと、景義の目が輝いた。

「そのような作事こそ、われらが鎌倉衆の得意とするところ。ぜひわれらをお使いください。鎌倉衆は、『松田御亭ごてい』の改築、維持管理を行い、寝殿建築を扱う経験も豊富です。

 先の大戦によって多少、工匠が減っておりますが、この度の作事の話を聞けば、離散した者たちも戻ってくるでしょう。みな喜んで腕をふるうでしょう」


「私も『松田御亭』の噂は聞き及んでいる。素晴らしい寝殿造りと聞いたが……」

「左様。かの御亭はそもそも、佐殿の兄君、朝長ともなが公のために造られました。それを平家の御亭に改築いたしましたのが、われら鎌倉衆です。

 要は、都風のみやびな寝殿造りでありながら、巨大な侍所を備え、兵を駐屯させたり、馬場を備えたり、一軍の拠点となりうるような造りになっております。実際ご覧いただければ、一目瞭然なのですが……」


「それは参考になるな。次の出征の折にはぜひ足を運んで、実際にこの目で確かめてみたい」

「それはぜひにも。……松田御亭も素晴らしい造りですが、この鎌倉にはそれ以上の御亭を用意してみせましょう」

「楽しみになってきた」

 少年のように顔を上気させた頼朝に、景義はうなずきかけた。

「お任せを。はるかいにしえより、鎌倉の作事は、われら一族の領分でございますれば」


「実は、言いにくいことではあるが……」

 と、頼朝は、すこし視線をそらし気味にした。「今の幕府にはほとんど財力がない。鎌倉の作事の一切を、そなたら鎌倉一族に任せたいと思っている。ついてはかねてからの約束どおり、そなたを鎌倉一族の総領とおおやけに認めよう。いかがか」

 作事の一切を請け負うとなれば、莫大な私財と労力をつぎ込むことになるが、幕府内に自分の地位を確立する、千載一遇の好機でもある。


 迷いなく、景義は決断した。

「それはまさしく、わが望むところでござります」

「よろしく頼むぞ」

「ははっ」


 こうして景義の目の前に、鎌倉作事さくじ奉行ぶぎょうという新しい道が、忽然と開けたのである。

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