第73話 景義、景親を護送すること




   三



 十月かんなづき二十五日。


 広大な荘園である大庭御厨みくりやを、西から東へ、罪人の行列が渡ってゆく。

 罪人は白い直垂ひたたれを着せられ、馬の背に乗せられている。

 なによりもの恥辱は、烏帽子を与えられず、もとどりがあらわなことである。


 道の両脇には大庭の領民たちが群れ集い、この行列を複雑な思いで眺めていた。

 見るにいたたまれず、両手で目を覆う者、扇で顔を隠し、扇の骨のあいだからおそるおそるのぞく者もいる。

「あれが大庭三郎さまじゃ」

「あわれな……」

「三郎さまほどのつわものでも、いざ斬首となれば、あれほどに衰えるものか……」


 ふかく澄みわたった秋晴れの、強い透明な光のもとで、罪人の眼窩はいっそうに落ちくぼみ、頬はこけて見えた。

 二十年来の主人の変わり果てた姿に、人々は身もふるえる思いだった。


「そのうしろが、お子の陽春丸さまじゃ」

「まだもとどりも結わぬのに、むごいのう……」

「そのうしろは?」

「河村の三郎さまだそうじゃ」

 口元を隠し、人々はささやきあった。


 罪人の後から、黒ずんだ木蘭地もくらんじ直垂ひたたれ姿の景義が、馬に乗り、一党を率いてゆく。

「平太さまじゃ……」

 なにか恐ろしい決意を秘めたような厳しい顔をして、唇を力強くひき結んだまま、表情をゆるめない――景義の顔を見た領民たちも、暗い予感にとらわれて、おのずと緊張し、生唾を呑みこみ、ただただ行列を見送るばかりであった。


 馬の背に揺られながら、景親は、故郷の景色をその目にじっくりと焼きつけた。

 途中、遠目ながら、冠雪をいただいた富士の山容も見えた。

 あちらの辻、こちらの小川、あちらの寺社、こちらの草原、胸には様々な想い出がよぎり、浮んでは消えてゆく。

 そのうちに、大庭館に到着した。

 かつてあるじとして君臨したその場所で、景親父子は最後の夜を過ごした。


 翌、二十六日。

 刑場は江ノ島にほど近い、片瀬かたせ川の河原であった。

 預かり人の上総広常とその郎党たちが取り囲むなか、親子はそれぞれ、むしろの上に跪座きざした。

 準備を整えた景義が、重々しく杖をつきながら現われると、覚悟のほぞを決めた景親は、つわものらしく、堂々と背筋を伸ばし、刑の執行を待った。


 深まりゆく季節が、木々の葉を、炎のように染めあげていた。

 銀杏いちょう黄金こがねに、かえで赤銅あかがねに、七竈ななかまどあけに染まり、風がそれらの色を、空中へとさらってゆく。

 吹き燃えるような炎のなかで、鷺が純白の翼を、水面みなもに映していた。

(美しい……)


 景親は、息子に声をかけた。

「先にゆきなさい。私が見守っている」

 武人として厳しくしつけされてきた陽春丸は、気丈にも、胸を張って答えた。

「父上、どうぞお気遣いなされませぬよう。親より先に子が死ぬは、一の不孝でございます。陽春丸は、父上の最期をしかとお見届けいたしますれば、どうぞご安心くださいませ」

 普段教えこまれている通りにそう言った、幼らしい愚直さ。

 年齢としに似あわぬ、堂々たる態度。

 ……その言葉を聞いた父親の心には驚きがあり、同時に、そこいも知れぬ哀しみがあった。


 景親は、幸福とも不幸とも分ちがたい、あふれんばかりの心情で、愛息の瞳をまっすぐに見つめ、声をふるわせた。

「和殿のような立派なつわものと、共に逝けること、この景親、最上のしあわせに思う」

 父のその一言に、陽春丸は無上の喜びを感じ、やわらかな頬を上気させた。


 やがて、最期の時が来た――

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