第61話 景義、鎌倉に入ること
――
景親は
「大庭
「左様か」
「色々ありましたが、本年の収穫も問題なく済ますことができそうです」
……言いながら、景親はなにか別のことを考えているようであった。
「さて、私は少々雑用ができましたので、大庭を離れることになりました。ここに譲り状その他、必要なものをすべて用意しておきました。今日をもって大庭の全権を、平太兄上にお戻しいたします」
狐につままれたような顔をした景義に、景親は仰々しく頭をさげた。
「兄上に従うよう、下々の者たちにもすでに言い渡してあります。ご心配なく。それでは」
景親は、いそいそと席を立った。
「どういうわけじゃ」
次郎が声高に尋ねると、景親はふり返った。
「鎌倉に、行ってみなされ」
……それだけ言い残すと、景親は軍兵を率いて、
「ほっほっ」
景義は殊のほか喜んだ。
(こやつ、自分で戻ってきよったか?)
……それとも景親がどこかで見つけて、取り戻してくれたのかもしれない。
怪我もない。
体調もよいようだ。
景義は赤鹿毛を厩の外に引き出させた。
「次郎」
「おう、兄者」
それぞれの馬にまたがると、ふたりは従者たちを率い、用心しながら鎌倉を目指した。
◆
すぐ南の
前方に軍勢がひしめいていたのである。
「いかんッ、敵軍だ」
次郎が素っ頓狂に叫び、慌てて馬を返そうとした。
「いや、
兄がゆび指すのを見れば、軍勢はみな、源氏の白旗をなびかせていた。
景義たちが近づくと、一騎の若い騎馬兵が近づいてきた。
驚いたことに、それは武蔵の武者、畠山重忠であった。
齢十八の、たいへんに凛々しい若武者である。
「ふところ島殿か」
「畠山殿? どういうことじゃ?」
「昨日、わが軍は大庭三郎殿の軍と交戦し、この地を占拠しました。激戦でした」
景義は青ざめた。
「
――そこには妻子が預けてある。
「神威を畏れ敬い、兵たちには、指一本、触れさせておりませぬ」
「さすがは畠山殿――。貴殿がいてくれて、よかったわい……」
心底ほっとして、景義は胸をなでおろした。
「景親は兵を率い、西へ去ったよ。これより大庭御厨は、わしが
「承知しました。われらも西へ、兵を進めます」
◆
畠山と別れた景義たちは、片瀬川沿いにくだり、稲村路から鎌倉へと入った。
暗く険しい山間の急坂を抜けると、光を満たしたなだらかな盆状地が、ぱっと眼下に開けた。
そこに、兄弟は驚くべきものを目にした。
「兄者……」
「信じられぬ……」
まったく呆然として、目を疑うばかりの光景を、景義は馬上から見つめた。
かつて石橋山で見た、あの三千の景親軍をはるかに上回る、それは恐ろしいばかりの大軍勢であった。
おびただしい人馬の群れが、浜辺を、郷を、
海からの風を受け、無数の
それらがすべて、見るものの目を喜ばせるかのごとくに、まばゆい輝きを放っていた。
「白旗じゃッ、白旗じゃッ」
次郎は叫び、狂喜乱舞した。
ふり返り、景義の手をとった。
「兄者、源氏の白旗じゃ」
「……奇跡が、起こった……」
景義はわが目を信じることができず、目の前に広がるまばゆいばかりの光景を、いつまでもいつまでも、
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