第60話 景義、伊豆山をめざすこと
――それから幾日もの間、一行は山中をさまよい歩いた。
用心のために火は起せない。
木の実、山菜、野草、虫、きのこ、くさひら、食べられそうなものは注意深く選び、
夏からの気温が下がる頃あいで、夜は底冷えする。
主従は風を防げる場所に身を寄せあい、ふるえながら野宿した。
遠い
その
樹間をゆけば、羽虫が煙のごとくにたかり、茂みを掻きわければ巨大な蜘蛛の巣がねっとりと顔にへばりつく。
衣の下に、いつのまに忍びこんだのか、拳ほどもある巨大な
悲鳴をあげて取り捨てることも、たびたびである。
……山野での狩猟に慣れた武者たちであってさえ、これはまったく、肉体的にも精神的にも厳しい逃避行であった。
片脚の利かぬ景義を、次郎と郎党たちが根気よく手助けした。
想像を絶する苦難の末、数日後には道をみつけ、ついに主従は相模湾までおりてくることができた。
「とにかく伊豆山を目指すのじゃ……」
人家が見えれば、今度は落武者狩りに用心しなければならない……そう考えた矢先、景義の正面を、助秋と葛羅丸が
どこから現れたか、たくさんの敵兵がわらわらと湧き出てきて、
「怪しいやつらじゃ。源氏の落武者に相違あるまい」
「名乗れ、名乗れ」
景義はみずから進み出て、ふぉふぉ、と笑った。
「これはこれは、武者の方々。われらは都からはるばる旅をして参った、商人でござります。大庭三郎殿に特別に招かれて、
武者の
――着物は汚れに汚れ、まったく匂いもひどい。
生臭い。
正視あたわざる様子である。
ついに武者の頭は、顔をそむけた。
「なるほど。商人か。では、通れ」
部下たちは、道を開けた。
景義たちが、ほっとして行き過ぎようとした途端、武者の頭は後ろから、にたりと意地悪く笑った。
「ああ、そうそう。大庭で思い出したが、大庭三郎殿の兄、大庭平太は、片脚が利かぬらしいよ。しかも口が
「討っ取れッ」
襲い掛かる敵兵を、葛羅丸が上からひっ掴まえ、高々とぶん投げた。
景義と葛羅丸の眼が、一瞬、合った。
『私ほど、役に立つ郎党はおらぬでしょう?』
葛羅丸の眼が、にっこりと笑って、そう言ったように思えた。
――次の瞬間、葛羅丸の頭を、敵兵が背後から、棒で打ちのめした。
数に物を言わせ、葛羅丸にのしかかった。
葛羅丸の大きな体が、倒れ伏した。
「葛羅丸ッ」
たくさんの敵兵が、景義にも掴みかかってきた。
多勢に無勢、敵兵に取り囲まれ、もはや一巻の終わりかと思われた、その時……
「待て、待てッ」と、別の一兵団が現れ、これを制した。
「河村の三郎、義秀である。大庭平太は、殺してはならぬ。囚人となし、われらが護送する。貴殿らには褒賞が与えられよう」
河村は馬をおり、武者たちを押しわけ、
「平太殿、次郎殿、よろしいな」
「いかようにも」
景義たち主従はそのまま、河村館に護送された。
読経の他、するべきこともなく、庭の片隅にひっそりと咲いた青い
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