第38話 三浦の使者、到着すること

 そうこうするうちに、別の急使も到着した。

 ……それは三浦からのものであった。

 相模の内陸を通って、景親軍を迂回し、早馬を飛ばして来たのだと言う。


 使者は、熱い汗をふり乱しながら告げた。

「三浦勢、三百騎。お味方の加勢のため、景親方の背後へ迫っております。いざ佐殿が景親軍と交戦に入れば、三浦が景親の背後を突く算段にてございまする」


 軍使の説明によって、ようやく三浦の動向が知れた。

 三百騎の兵を搭載できる大船団を整え、伊豆国めざして海路からの合流を図っていた三浦軍は、海が時化しけつづきのために、これまで船出できずにいたのである。

 事ここに至って、いよいよ痺れを切らし、陸路をとることに決めたのだった。

(三浦は、三百……)

 頼朝は眉間にしわを寄せたまま、唇をかんだ。

 それは心を浮き立たせてくれるほどの数字ではなかった。


 ところがこの時、ぱちり、威勢のよい音が陣中に響きわたった。

 蝙蝠扇を打ったのは、景義である。

 満面、喜色を浮かべていた。

「や、これは朗報。敵が半分に減り申した」

「半分だと?」

 顔をしかめた頼朝に、景義は言った。

「十倍の敵が、たかだか五倍に減り申した。すなわち、半分」

 この一言には、なにやら自然なおかしみが込められていた。

 悪四郎や土肥実平、工藤親子ら、居並んだ宿老たちのあいだに、ふっと軽い笑みが広がった。

 本気とも冗談ともつかぬ景義の言葉を聞いて、すぐに宿老たちは、この遊びに乗った。

「いやはや、ふところ島殿の言うとおり」

「敵は半分になり、味方は倍になった」

「この戦、勝機が見えて参りましたのう」

 宿老たちは互いの顔を見て、笑いあった。

 言った本人たちも、自分たちの言葉をけして信じきっているわけではない。

 しかし人生経験の豊富なかれらには、状況を楽しむだけの余裕があった。


 楽しげにやりあう年輩たちの言葉に、陣中の空気が微妙に変化した。

 頼朝はわれに返った。

 心が、絶望の一歩手前で踏み止まった。

 いや、むしろ希望さえもが浮かんできた。

 宿老たちが言うように、なんとかなるかもしれない。

 なんとかなるのならば、今なすべき事を考えるのだ……かれは忙しく頭を巡らせた。


「……戦場だ」

 唐突に、頼朝は叫んだ。

「敵軍を迎え討つのにが必要だ」

 一瞬の沈黙があった。

 たちまち宿老たちは頼朝の考えを理解した。

 味方に有利な戦場を選び、策を巡らすことによって、数の上回る敵を破ることも不可能ではない。

 宿老たちの顔が引き締まった。

 にわかに軍中があわただしくなった


「地図を持てい。地図が必要じゃ」

「近辺の地理に詳しい者を連れてこいっ」

 すぐに近隣の、早川郷の武者たちが呼び出された。

 いくつかの案が出て取り沙汰された結果、早川の南、『石橋山いしばしやま』という地名が浮かびあがった。


 早川の武者たちは、説明した。

「石橋山は勾配が急で、道幅狭く、敵は大軍とはいえ、一時に攻めかかる事ができませぬ。山を背にしてじょうを成し、山上から敵を迎え討てば、われらが有利になることは間違いございませぬ」

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