第33話 景廉、戦場に駆けつけること

「盛綱、親家ちかいえ

「ハッ」

「もはやこの期に及んで、私の護衛は不要。景廉とともに、すぐさま山木館へ加勢に駆けつけよ」

「ハハッ」


 景廉は翼を得た虎のごとく、いの一番に門口を飛び出して行った。

 かれらは馬を使わず、蛭島のぬかるみを徒歩で近道し、狩野川を舟で渡った。

 全身を泥まみれにしながら戦場へと駆けつけた。





 賜ったばかりの長刀を、ぶんぶんと得意げにふりまわしながら現れた景廉は、騎乗の景義と出くわした。

「ふところ島殿、まだ戦は終わっておりませぬな?」

「まだまだこれからじゃ」

 それを聞くや、景廉は大きな赤い舌をべろりと垂らし、狂気の如くに笑い叫びながら戦陣に躍りこんでいった。


 この頃には、堤館を討ち滅ぼした佐々木兄弟の軍も加勢に駆けつけていた。

 俄然、頼朝方は優勢になった。

 櫓上の敵も用意の矢が尽き、櫓は防御の用を果たさなくなった。

 北条も佐々木も全軍が堀をわたり、たて内に押し入り、まさしく乱戦となった。


 ――ほんの四半刻もせぬうちに、ひとりの武者が髪をふり乱し、火の出るような勢いで館の内から飛びだしてきた。

 ひとつの首を長刀の先に高々と掲げ、狂ったように叫んでいる。

「加藤次景廉ッ、山木判官を討ち取ったり、討ち取ったりィッ」


 景義は呆れ返って、弟のほうにふり返った。

「あやつ、あとから来て、手柄をかっさらっていきよった」

「兄者、見よ、あそこで地団駄踏んでおるの、あれは悪四郎どんじゃなかろうか」

「うむ、悪四郎どんじゃ。若い衆と一緒になって真先に突っ込んで行ったというに、さぞかし悔しかろうのう」

「あちち、火の粉が飛んでくるわ」

 次郎は乱れ飛ぶ燃え屑を、鎧の袖で払いのけた。


 昨日までの雨を含んで、木材が燃えにくくなっていたのだろう。

 合戦前につけるはずの火が、結局、合戦の後になってしまった。

 徐々に燃え広がった炎は山木館を呑みこみ、天を貫いた。


 北東うしとらの空が赤々と染まるのを、頼朝は北条館から見た。

 時政の急使が、勝利の報を告げに来た。

 新平次も守山の頂上から飛んで駆けつけた。いつのまにやら気がつけば、月は西にうつり、東の空も白く明けそめている。


 頼朝は大きく息をつき、知らず知らずに力みづけていた肩の緊張をゆるめた。

 成功の喜びは勿論だが、それよりも安堵のほうが遥かに大きかった。


 炎の舌と黒煙たなびく東の空に、夜のとばりを押しひらいて、今まさに朝暉あさひが昇らんとしていた。

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