第三章 夕貌 (ゆふがほ)
第34話 頼朝、軍を東へ進めること
第一部 戦 乱 編
第三章
一
頼朝は諸々の指示を出した後、いくばくか眠った。
昼も遅くに起き出してきたかれは、南の間で飯を食いながら、憂鬱そうにため息をついた。
かたわらで給仕していた於政は、夫の気持ちをすぐに察した。
「これからの事、さぞかしご心配でござりましょうか……」
「うむ」
頼朝は正直にうなずいた。
「そなたも存じておろうが、私はこれまで、平治合戦で死んでいった父や兄、家臣たちの霊を
(まあ。お気にされていたのは、仏事のことかや……)
於政は内心、驚いた。
すぐに表情が明るくなった。
「それでしたら、わたしに名案がござります」
於政には、法音尼という母親のように慕う師がいた。
その尼に、日々の勤行を代わりに勤めてもらおうというのだ。
「では、その件は、わごぜに任せる」
「はい。
「なんだ、改まって」
「昨夜、山木の武者たちの多くが三島大社のお祭りに出かけており、館に帰らぬ者も多かったとか……」
「そうらしいな。敵は寡兵ながらよく戦ったものよ」
「この屋敷に忍んでおりました山木館の雑色。考えてもみれば、あれがおかげで、敵の手薄な
もっともなことだと、頼朝はうなずいた。
「なに、今日は
於政は喜んだ。
「いずれ、近くに家も持たせてやりましょう」
「うむ、それがいい」
◆
山木につづいて伊豆国府を押さえた頼朝軍は、
頼朝挙兵の報せはたちまちのうちに近隣諸国に知れわたり、これに共鳴する大名小名たちが続々、加勢に駆けつけた。
主だった諸将が集まって軍議を開いている、その
「もの申さんッ」
と、血相を変えて飛び込んできたのは
「相模国よりの急報でござりまする」
「なにごとだ?」
「佐殿追討を称し、相模国府に続々と軍兵が集まっております。その数は昨晩の時点で、ゆうに三百騎を超えるとか。敵方の総大将は、
「やはり動き出した」
「思うたより動きが早い」
敵将、大庭三郎景親――それは景義と次郎の弟であった。
兄弟は毅然として、人々を見回した。
「みなの衆にご理解いただきたい。この大庭平太景義と弟の豊田次郎とは、平家に
大庭兄弟は頭をさげた。
すると、「われらも、申したきことが」と立ちあがったのは、佐々木四兄弟であった。
「われらが五男、佐々木五郎義清は、大庭家の
「兄弟のけじめとして、戦場では、わが手にかけますれば」
血気にはやる四郎高綱が声高く叫び、座は不気味に静まり返った。
悪四郎が、ひとり派手な笑い声をあげた。
「兄弟が道を
「だが悪四郎よ。兄弟で争わねばならぬというのは、悲しいことだ……」
頼朝は憂いを顔に表した。
「景義よ。定綱よ。そなたらはすでに源家の『御家人』となったのだ。御家人とは、己が家を忘れ、親兄弟を忘れて、源家の郎党になるという意味である。そなたらも御家人ならば、血縁を忘れ、源家の為に尽くしてくれ。さすれば誰も、無用の言いがかりはつけぬ。みなの衆、いかがか?」
頼朝の筋のとおった言葉に、一同深くうなずき、景義兄弟も佐々木兄弟も感じ入って頭をさげた。
「それはともかくも……」
時政が焦りに苛立ちながら口を開いた。
「この事態、早めに手を打たねば、大変なことになり申す」
「その通り。景親めが兵を集めるのを待つには及びませぬ。すぐにでも討って出ましょうぞ」
そう献言したのは西相模の雄族、中村一族の
実平は策を述べた。
「われらはすぐさま東に移動しつつ、途中、伊豆と相模の武者や人足を駆り集めます。伊豆山の僧兵たちにも協力を頼みましょう。そうして兵を増やしつつ、三浦軍と連携をとりながら、景親の軍を挟撃するのです」
「よい策である」
頼朝は、首肯した。
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