第25話 頼朝、令旨を読みあげること




  二



 早速、軍議が開かれた。

 大広間から庭にあふれ、三十余名の武者たちが集まった。


 頼朝が上座に着き、左右には佐々木兄弟が控える。

 頼朝に近い場所に、伊豆の豪族たち……北条時政、工藤茂光、親光。

 そして相模の豪族たち……岡崎悪四郎、土肥実平、ふところ島景義。

 末座には藤九郎。

 これらの将星を中心に、直垂ひたたれ姿の武者たちが意気ごみも熱く、周囲を取り囲んだ。

 あらためて血盟の式が行われ、武者たちは源家の「御家人ごけにん」となることを固く誓った。


 頼朝は経机の上の漆箱から一軸の巻物をとりあげ、都の方角にむかってうやうやしくこれを拝した。

 人々の方へ向き直ると、厳かに言った。

「これが、令旨りょうじである」

 いっせいに視線があつまり、どよめきが巻きおこった。

 頼朝はするすると自分の前に巻物を広げ、神託を告げるがごとく、一字一句、よく通る声で、丁寧に読みあげてゆく。


 その内容は、こうである。

 ひとつには、この令旨が、後白河法皇の王子である以仁王の手によって発せられているのだということ。


 ふたつには、平家の暴挙、つまり、平家が強大な軍事力をもって宮中を占拠し、官位や官職をほしいままにし、後白河法皇を幽閉、大臣たちを流罪に処し、そのふるまいが横暴極まりないということ。


 みっつには、全国の勇士にむけ、平家一門とその頭領、平清盛たいらのきよもりの討伐を呼びかけていること。


 よっつには、みごと事成った暁には、以仁王が天皇に即位し、功を立てた者に褒美をとらせること。

 ――それらの内容が、流麗な文字で綴られていた。


「……すでにこのように、この度のわれらの旗揚げは、以仁王殿下の後ろ盾を得ている」

 一部の耳の早い武者たちが、疑問を囁きかわした。

「以仁王殿下は、先の乱で身罷みまかられたのでは?」

 これを聞いた御家人たちは、ざわめきたった。

 時政がその声を打ち消そうと、裏返った声をはりあげた。

「以仁王殿下は生きていらっしゃるッ。身罷られたとの噂、平家の謀略であるッ」


 頼朝は腕を高くあげ、人々に静粛を促した。

「もし仮に、以仁王殿下が身罷られたのだとしても、この令旨の約束が反故ほごになるわけではない。

 私はこの令旨をもたらしたわが叔父、八条院蔵人くらんどみなもと十郎行家ゆきいえの口から直接に言い渡された事がある。これは以仁王殿下の令旨であると同時に、後白河法皇の院宣でもあるということだ。このことが意味するのはただひとつ」


 頼朝はひとりひとりの顔を見回し、力強く断じた。

「われらが『皇軍』である」


 どよめきのなか、頼朝は声を大にして告げた。

「この度の戦大将を、北条四郎時政に任ずる」

「ハハッ」

「先陣は、北条三郎宗時」

「え」

 ふいを突かれ、宗時は目を見張った。

「不服か」

 宗時は、舌を噛みちぎりそうになりながら、慌てざまに叫んだ。

「……いえッ、ありがたきしあわせッ」

 北条親子は、うち揃って平伏した。

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