第24話 佐々木兄弟、参着のこと

 その佐々木兄弟が、ついに参着した。


 昼すぎ遅く、未の刻のことであった。

 兄ふたりは騎乗し、盛綱は徒歩であった。

 いずれも泥にまみれ、汗だくの顔には疲労の色を滲ませていた。


 知らせを聞くや、頼朝は屋敷から飛び出した。

(来たか、来てくれたか)

 門口で兄弟を出迎え、挨拶もそこそこにねぎらった。


 かれらはすぐさま、遅参を詫びた。

「……大雨のため所々で洪水が起こり、足止めを食らっておりました……」

 全員の分の馬さえも用意できぬ貧しいかれらが、ただただ命だけを携えてやってきてくれたのだ。

(私を選んでくれた。……太郎定綱、三郎盛綱、そして次郎経高まで……。よかった……信じてよかった……)

 頼朝の感動は、並々ならぬものがあった。

 こみあげてくるものを抑えかねた。


 佐々木兄弟……かれらは富貴を求めようと思えば、得られたであろう。

 安寧を求めようと思えば、それも得られたであろう。

 ところがそれらすべてに潔く背を向け、妻子さえもふり捨ててやってきてくれた。

 なんの保証もない、明日をも知れぬ危険な企てに、自ら身を投じようという。

 なぜかれらはやってきたのだろう――? 頼朝は不思議にさえ思った。

 ただひとすじ、光が差し込むように直感したのは、かれらは誇り高い男たちなのだということだ。

 かれらは他人からいくら富を与えられようが、けして満足はしないだろう。

 この男たちが望むのは、自分みずからの手で、みずからの力で、己の運命を掴み獲ることだけなのだ。


手土産てみやげです」

 そう言って長男の定綱が、ひとりの若武者を引っ張り寄せた。

 若者は佐々木兄弟の四男坊、四郎高綱であった。


 従者のごとく背後に控えていた高綱は、堂々と胸をはり、進み出て挨拶をした。

 いかにもいかめしい面がまえ、ひたいの筋肉がもりあがり、両の目玉が野獣のように突き出し、ぎらぎらと輝いている。

 この度の挙兵のことを父から密かに知らされ、都より急ぎ駆けつけたという。


「四郎高綱、よくぞ参った。歳は、いくつだ」

「二十一ッ」

「――二十一」

 たちまち頼朝は、その年齢の意味深さに気づいた。

 かの平治合戦の没落の年に生まれた赤子が、今、このような立派な武者となって馳せ参じたのだ。

 いいしれぬ感興が湧いた。

 それは例えるなら、二十年という埋伏と苦難の歳月が、今、ひとりの生気あふれる若武者の姿へと変化へんげし、羽化して、目の前に現われたようなものであった。


 今、蒼天は澄みわたり、まったく新しい風が吹いていた。

 頼朝は四人の兄弟をかわるがわる見つめた。

 いずれも気概あふれる面魂つらだましいを持っている。


「よいか、私はそなたらを待っていた。そなたらと共にあってこそ、この最初の旗揚げを成し遂げたかったからだ。かの平治の大乱以来、まさに二十年のあいだ、流浪の苦難をともにしたわれらではないか。この心、分かってくれるか」

「もちろんでござります。なればこそ我ら兄弟は、荒れ狂う豪雨と洪水のなかを、命を賭し、全力で駆けつけて参ったのです」


 頼朝は気持ちの昂ぶりをとどめられず、思わず瞳をにじませ、定綱の手を握りしめた。

 その上に、兄弟たちも拳を重ねていった。

 二十年を越える苦難の歳月が、五つの拳の上に燃えたぎっていた。

「天下を覆す」

「応ッッ」

 五人の男たちの胸が、勇ましい感動にうちふるえた。

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