第23話 与一、喧嘩を収めること
波を蹴り割って浅瀬に押し入った与一は、周囲のこわっぱ小童どもを圧する声で気合を吐くや、巨岩を天へ投げ飛ばした。
岩は宙に返り、一瞬の滞空の後、川面にぶちあたって
腰を抜かした若者たちに、与一は吼えかかった。
「貴様らは、所かまわず噛みつきまわる野良犬か? ごろつきか? それとも
怒鳴りつけられた若者たちはたちまち正気づき、掴みかかっていたものは手を放し、あるいは倒れた仲間を助け起こし、血のまじったしょっぱい唾を吐き捨てながら、しぶしぶ激昂を収めるのだった。
与一は若者たちをひとつ所に集め、喧嘩の原因を問い正した。
事情を飲み込むや、かれはうなずいた。
「あい、わかった。加藤の。私が相模衆を代表して言おう。つわものの意地に賭けてな。三浦は、必ず来る。もし来ねば、私は腹を切ってもよい」
「つまらねぇ」と、景廉はわめいた。「賭けはどうだ。三浦が来るか来ないか。勝てば、米だわら百俵。負けたら土下座だ」
「いいだろう」
「よし、決まりだ」
ニヤリ笑った景廉は、人々が驚いたことに、ざぶざぶと川中へ踏み込むと、やおら流れの上にかがみこみ、与一が担いできた岩石を持ちあげにかかった。
三十貫――ゆうに大人ふたり分の重量はある。
たちまち筋肉が張りつめ、関節が小刻みにふるえ、体じゅうから滝のごとき汗が、どっと噴き出した。
「でるャァァッッ」
咆哮一発、朝日に飛沫を散らしながら、巨岩はふたたび白日のもとへさらけだされた。
「おぉぉ……」
衆人のため息を尻目に、景廉は大岩を手荒く投げ落とし、与一に勝るとも劣らぬ盛大な水飛沫をあげさせた。
こんなクソ岩が、なんだ……景廉は与一を睨みつけ、べろり、大きな舌で唇をひと舐めすると、息巻きながら人々の前から立ち去っていった。
◆
「みな、聞いてくれッ」
ここぞとばかり、叫んだのは宗時である。
「みなの血の
分別あるこの言葉を聞いて、若者たちもすこしは目が覚めたようで、各々うなずきながら、それぞれに解散していった。
「三郎殿は、若いのに堂々としているな」
そう声をかけた与一に、三郎宗時は
「申しわけありません。喧嘩を止められませんでした……力不足です」
「いや、なんの。三郎殿の言うとおりじゃ。伊豆も相模もない。ともに手を携えて行かねばならぬ」
「はい」
尊敬のまなざしに頬を上気させた宗時は、身をひるがえし、川面にざぶざぶと駆け込んだ。
そこには与一と景廉の投げ飛ばした大岩がある。
「私も試してみます」
「ははは、軽くはないぞ。無理はするなよ」
「はいっ」
宗時は、ふぅと息をついて、水の流れをふたつに裂いて鎮まる岩塊を見おろした。
(……自分なりにがんばったけど……駄目だった。喧嘩を止められなかった。……私に先陣の役目は無理であろうか……)
自分の弱気に自分で腹が立った宗時は、川の水を両手ですくいあげると、自分の顔に浴びせかけた。
そして、なんとしても大岩を持ちあげてやろうと、腕に力をこめ、顔を真っ赤にして力むのだった。
◆
土手の上の老人たちは、いまだ立ち去らずに碁をつづけていた。
「おもしろい見ものじゃった」
「与一はさすがじゃの」
「……若い宗時には荷が重かったか……」
「与一が先頭に立ち、若者たちをしっかり統率してくれることじゃろう」
宿老たちは大きな期待を胸に、一様にうなずきあった。
「それにしてもやはり、戦のほうは日延べしたな」
「やはり、佐々木兄弟か」
「うむ、おそらく」
「なぜ殿は、そこまで佐々木兄弟にこだわられるのです?」
五郎親光が問うと、景義が「二十年来の仲だからのう」と答えた。
「平治合戦に敗れて後、源三殿と子息たちは故郷の
長男の定綱、三男の盛綱は、佐殿のそばに
「胸が熱うなる話じゃよ」
皺ぶかい顔を見合わせ、老人たちはうなずきあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます